17.四度目の夏が始まる
6月も下旬に入り、カーディガンを脱ぐ女子生徒が目立つようになった。
金城――いや、琴穂もその例外ではなく、最近はポロシャツを着て来るようになった。
相変わらず色は日替わりで、どの姿も似合っているが、個人的には白色が良いと思う。
先日、新たにマネージャーに加わった琴穂だが、取り合えずは怪我が完治するまで野球部に在籍し、その後の事は治ってから決める事になった。
やはり、まだバスケに未練があるのだろうか。未練があるのなら戻ったほうがいいと思うし、俺も背中を押したいと思う。
この結果について、恵は「かっしーにしては上出来だね」「まあ後は任せて!」と、やたら得意気に語っていた。
最近、マネージャー達は、大きな厚紙にカラフルな文字を描いている。
この厚紙は、応援席に応援曲と選手名を伝えるカードで、これを見ると夏が始まると実感する。
「ねね、二人は応援曲なにがいい?」
休憩中、恵は俺と堂上にそう尋ねてきた。
「ほう、それは何でもいいのか?」
「うん、今ならリクエストも間に合うってよ~」
堂上が珍しく食い付いた。
曲とか拘るタイプなのか、意外だな。
すると堂上は一切表情を変えずに、
「ふむ……ならば怪盗少女を所望しよう」
なんて言うものだから、俺と恵は吹き出してしまった。
少しは自分のイメージを大切にしろよ。意外すぎるだろそれは。
「へー、そんな曲あるんだな」
「知らなかったー!」
俺達に大ウケした反面、卯月と琴穂の反応は薄かった。
無理もない、この曲が全国的に有名になり、高校野球の準定番曲になるのは、もう少しだけ先の話だ。
「よく知ってるな……意外とアイドルとか好きなのか?」
「悪いか? アイドルの多くは容姿と歌声に優れている。魅力に思うのは自然な事だろう」
堂上は無表情で言い放った。
コイツでも人並みに音楽や異性に興味を示すんだな。
意外と言っては失礼かもしれないけど、あまりにも意外すぎる。
そういえば、堂上の野球以外の趣味を知らなかったな。
いや、堂上だけじゃない。近藤以外の選手の趣味を聞いた事がない。
大会が終わったらもう少し親睦を図ろう。
特に、推薦組はどんな口車に乗せられて「女神ゴッコ」に釣られたのか気になる所だ。
「ふふっ……か、かっしーはどうする?」
笑いすぎだろ恵。いや気持ちはわかるけど。
「んー、定番のやつならなんでも」
「つまんないのー、みんなそう言うんだよね~」
どうせ打席に入ったら応援曲どころじゃない。
それに俺達はまだ1年生。転生者の俺はまだしも、皆はまだピンと来ないだろう。
ちなみに、正史では、一貫して「さくらんぼ」だったけど、これも裏方に一任して決まったものだった。
「じゃ、俺が決めるわ。恵ちゃん膝とペン貸して~」
「ペンはいいけど膝は貸せないなぁ」
「いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃないしさぁ~」
「だーめーでーすー!」
結局、堂上以外は鈴木チョイスで決まる事になった。
※
週末、蒼山学院の体育館で、全国高等学校野球選手権西東京大会・東東京大会の抽選会が行われた。
抽選に行ったのは孝太さんと卯月。残された人間は都立鷺谷高校との練習試合に勝利し、着替えてから結果を待つ事になった。
「孝ちゃんパイセン、いいクジ引けっかなぁ~」
「実にくだらん。どこが相手でも勝てばいいだけだろう」
鈴木と堂上がそんな会話をしていたが、俺は既に結果を知っている。
厳密に言えば恵にネタバレされた。なのでドキドキもクソもない。
「もうすぐじゃない? 楽しみだね~」
白々しい演技だな、恵。
ちなみに、恵の夏服はポロシャツだったりYシャツだったりするが、一貫して水色の服を着用している。
下品な話になるが、階段で下着が見えた時も水色だった。春はカーディガンも水色だったし、何か拘りがあるのだろうか。
「あ、来たよ!」
恵はそう言ってアイフォンを差し出した。
まだガラケーの部員が多いので、転送して共有したりはせず、皆でアイフォンを覗き込む。
さてさて、富士谷の位置は――やはり恵の言ってた通り、あまり良い組み合わせとは言えないな。
東西東京大会において、殆どの高校は2回戦からの出場となる。
シード校は3回戦からで、貧乏クジを引いた幾つかの高校は1回戦からの出場となってしまう。
残念ながら、富士谷高校は1回戦からの出場となった。
相手は都立青瀬高校。正史では乱打戦の末に負ける事になるが、今の富士谷ならサクッと勝てるだろう。
そして2回戦は――。
「ふむ、東山大菅尾か。相手に不足はないな」
「いやーヤバイっしょ、これ」
東山大学菅尾高校。
甲子園出場経験もある強豪校で、かつて孝太さんが所属していた高校。
そして――正史であれば今年の西東京を制覇する、この世代の王者様だ。
「ま、まあ菅尾も今年はノーシードだし……」
「つーかその先もきつくね? 八玉学園とか都大三高とかいるじゃん」
先の事は勝ってから考えればいい。
まずは青瀬、そして東山大菅尾だ。
その後の相手なんて、実際に予想した高校が上がってくるとは限らない。
ま、俺と恵は知ってるけど。
「かっしー。ぶっちゃけ、どこまで勝つつもり?」
恵がそう聞いてきた。
目標か。できれば現実的な目標が望ましいけど――。
「無難に一勝にしとけって!」
「敗北は許されん。優勝でいいだろう」
京田と堂上が煽ってきた。けど俺は答えを変えるつもりはない。
俺は孝太さんを――金城兄妹を、甲子園に連れていきたい。
「んなもん決まってるだろ、優勝しよう」
「ふふっ、流石だね」
俺達の夏が始まる。
瀬川 武司(富士谷)
173cm85kg 監督 満59歳
甲子園に2回ほど出場している名将。
全国ではまだ未勝利の為、娘である恵と共に甲子園初勝利を挙げるのが夢。
6児の父であり、末っ子にあたる恵が可愛くてしょうがない。
畦上 翔平(富士谷)
180cm83kg 助監督 満31歳
次期監督の体育会系独身教師。
活躍する描写こそないが、一応アドバイスは積極的に行っていて、選手達からも割りと慕われている。
焼き肉を奢る事に定評があるとかないとか。