表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/699

20.優しい嘘、非情な運命

 瀬川徹平から病名が宣告されると、俺は暫く言葉を発せずにいた。


「きゅ、急性白血病……?」

「……うん。急に発症するんだって。予防らしい予防もないらしいし、ほんと困っちゃうよね」


 人気の少ない場所に身を移して、俺と恵は言葉を交わす。

 急性白血病。一般的な癌とは違い、発生から症状が出るまでが非常に早く、具体的な予防策も存在しない。

 長期生存率は6割前後。死亡する場合、発症から2ヶ月前後で亡くなる事例が多い病気だ。


「なんで黙ってたんだよ……」

「だって……心配かけたくなかったんだもん……」

「だからって隠す事ねえだろ」

「知ったらプレーに集中できなくなるでしょ。特に死期が近くなると」


 恵は拗ね気味に言葉を溢す。

 死因もそうだが死期も衝撃だった。以前に聞いた19歳より1年も早い。


「ああ……それと3年の夏って、具体的にはいつ頃なんだよ」

「それが聞いてよ。なんと倒れるのは西東京大会決勝の日。そして最後に意識があったのは甲子園決勝の日だよ。

 野球部の皆と中継を見た後に容態が急変して、それが最後だったと思う。凄いよね〜、高校野球の神様に愛されてるって感じがして」


 恵は半笑いを浮かべていた。

 どう見ても無理している。今にも泣き出しそうだが、決して涙は溢さない。


「元々、体は弱い方だったんだよね。だから激しい運動は出来なかったし、小さい頃は学校も休みがちだったなぁ」

「その辺は思い当たる節があるな……」

「でしょ! 実は琴ちゃんよりも遥かに弱い子なんだよね〜。あ、これで評価上がった?」


 恵は冗談っぽく言ってきたが、俺は言葉に詰まってしまった。

 彼女は強い子である。ただそれは精神的な部分の話で、肉体的には非常に脆い。


「はぁ……めちゃくちゃ気にしてるじゃん。だから言いたくなかったのに」

「心配するなって言う方が難しいわ」

「ふふっ、かっしーはホントに優しいね。私を置いて福島に行った人とは大違いだな〜」

「だからお前が福島に来りゃ良かっただろ」


 恵はそう言って挑発すると、徹平は舌打ちして言葉を返した。

 一方で、俺は未だに困惑を隠せない。そんな姿を見てか、恵は優しく微笑んできた。


「まあ……アレだよ。今回は食事や睡眠にも気使ってるし、サプリメントもいっぱい飲んでるからさ。こうやって抵抗すれば回避できるかもしれないじゃん? だからそんな気に病まないでよ」


 恵は気楽そうに語っていた。

 病は気からとは言うが、そんな事で回避できるのだろうか。

 分からない。分からないけど――具体的な解決策が無い以上、今は奇跡を信じるしかない。


「あ、そろそろ応援の準備いくね。かっしー頑張って! 徹平は試合に勝たない程度の活躍を期待してるよ〜」


 恵はそう言って一足先に去っていく。

 見慣れた可愛いらしい後ろ姿が、なんだか遠く感じてしまった。


「……試合前に悪かったな。暗い話をする流れを作った事は謝る。少しムキになっちまった」

「別にいいよ。恵の本当の死因も知りたかったしな」

「そうか。なら良かった」


 今度は徹平と言葉を交わす。

 正直、あんまり話した事がないので、この空気で取り残されるのは非常に気まずい。


「じゃ、俺も戻るけど……試合はぜってー負けねーからな。俺達は東北の――被災地の想いを背負ってる。そして今後10年は優勝しない以上、俺が居る間に優勝しなきゃ次はねーんだよ」


 瀬川徹平はそう言い残して去っていった。

 重い話に重い話を被せるなよ、という心の声は届かなかった。


「どうすりゃいいんだよ……」


 独りでに言葉が漏れてしまう。

 正直、どうしたら良いか分からない。

 急性白血病を回避する、或は容態の急変を凌ぐ方法なんてあるのだろうか。

 そして――俺は今後、彼女とどう向き合っていけば良いのだろうか。


「かっし〜、アップ始めるってよ〜」


 一人で考え込んでいると、鈴木の声が聞こえてきた。

 1試合目も後半に差し掛かっている。もはや野球どころではないが、そろそろ準備をしなくてはいけない。


 と……その前に、どうしても言いたい事がある。

 それは不謹慎かもしれないし、死を回避できる俺ごときが言う資格はないのかもしれない。

 ただ、富士谷のエースとして、次の試合に先発する投手として――どうかこれだけは言わせて欲しかった。


「このメンタルでマウンドに上がるの無茶振りすぎない??」

「えっ、どしたん? 琴ちゃんに振られた?」


 言わずにはいられなかった。

 今から野球に切り替えろと言われても、それは無理難題である。

 今は恵の事で頭が一杯だ。鈴木にツッコミを入れる余裕すらない。


「ちょっと先行っててくれ……」

「うぃ〜(これガチで振られたやつじゃん、どのーえに教えてやるか〜!)」


 先に鈴木を送り出すと、俺は相沢にメールを送った。

 彼なら何か知っているかもしれない。そう思ったのだが――今度は返信が気になって、やはり野球どころではなくなってしまった。

【10日目】

幸徳学園(兵庫)1―2前橋英徳(群馬)

富士谷(東京)〈試合前〉聖輝学院(福島)


NEXT→5月25日(火)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ