19.夢と転生と真実と
【9日目】
都大三高(東京)9x―8履秀舎(大阪)
亘星学院(青森)5―2高山都大(岐阜)
大会10日目、準々決勝の後半が行われる事となった。
富士谷と聖輝学院の試合は2試合目。その前に、前橋英徳と幸徳学園の試合が行われる。
「準々決勝って1日で4試合やると思ってたわ〜」
「今回は震災があったからな。節電の関係で1日4試合できないんだよ」
京田は相変わらず何も知らない。
少しは事前に確認するとかしないのだろうか。
「どっちが勝つか賭けようぜ〜」
「ふむ……個人的には前橋英徳を所望する。より強い投手から打って、なおかつ投げ勝つほうが良いだろう」
鈴木と堂上は既に先を見ているようだ。
勝てば次は堂上が先発なので、彼は特に気合が入っている。
さて、前橋英徳と幸徳学園の一戦だが、準々決勝の中では唯一正史通りの対決となっている。
他所の状況が変わっている以上、正史通りの勝敗になるとは限らないが、本来の流れなら前橋英徳が勝つだろう。
試合は予想通り前橋英徳が優勢になった。
今日も安定の高成無双。たった2点差だが逆転する気配すらない。
見るだけ時間の無駄だな。そう思って、一足先にダグアウト裏まで向かうと――。
「やっほ。来ると思ったよ」
水色のカーディガンを着た生徒――恵が先回りしていた。
「お前も来てたのかよ」
「ふふっ。最近は野球ばっかりじゃん? たまにはゆっくり話せる機会ないかなぁーって」
恵はしおらしい表情でそう言った。
確かに、関西に来てからは野球の事しか考えていなかった。
琴穂とも最低限の事しか話せていない。琴穂不足で息苦しいまである。
「ま、連日の調整と試合で疲れて来た感はあるな」
「でしょ〜。やっぱ琴ちゃんが恋しい?」
「ああ。そろそろ琴穂キメないと震えが止まらねえわ」
「ヤバすぎでしょ……。ってか、どうやってキメるのそれ……」
「抱っこして全力で呼吸する。きっとお日様の香りがして良い気分に――」
「たぶん皮脂か香水の香りしかしないよ。何ならお股の近くはおしっこ臭いまであるよ」
「人の夢壊すのやめてくれます???」
そんな感じで、文字通り下らない言葉を交わしていった。
試合前のリラックスタイム。そんな最中、白と青のユニフォームを着た選手が近付いてきた。
「恵、やっと会えたな。久し振り」
そう声を掛けてきたのは、聖輝学院の背番号6――瀬川徹平だった。
相手高校の遊撃手。そして、恵の親戚にあたる人物でもある。
「白々しいなぁ。年末会ったばっかじゃん」
「3ヶ月も空けば久し振りだろ」
「誰かさんが東北に逃げなければ、こんな久々にはならなかったけどね〜」
「はぁ? お前が福島に来なかったからだろ」
徹平に指摘されると、恵はプイッと外方を向いた。
二人の事は事前に聞いている。同世代で住んでいる場所も近く、小さい頃から一緒に遊ぶ事が多かったらしい。
その際、祖父母が福島在住という縁もあり、徹平は「東北に優勝旗を届ける」と恵に誓った。
当時の恵も東北勢の初優勝を願っていて、祖父母の家から同じ高校に通う未来を描いていた。
しかし、そんなのは子供の戯言である。
選手の徹平はまだしも、恵が遠方の高校に入学する理由は無い。
もう一つ、恵には父親と一緒に甲子園を目指すという目標があり、中学生になる頃には都立教師の福島転勤は無い事も理解していた。
夢を追った徹平と、妥当な選択をした恵。
お互いに夢が叶う事を願いながら、二人は別々の道を歩む事になった。
そして――二人共に夢破れるというのが、一周目の出来事だった。
問題は今回である。
転生者である恵は、徹平が約束を果たせないと知っているので、一周目よりも熱心に富士谷に勧誘した。
どうせ東北で優勝できないなら、富士谷の戦力にしようという魂胆だったらしい。
しかし、徹平はブレないどころか「どうせ都立なんて甲子園に出れない」と切り捨てた。
この一言がキッカケで、二人は「どうせ都立は」「どうせ東北は」と言い合う仲になってしまった。
「だいたい、恵が東北勢の優勝が見たいって言い出したんだろ」
「そうやって直ぐ過去のこと掘り返す! 昔は昔でしょ〜!」
一応フォローすると、二人は険悪な訳ではない。
ただ経緯が経緯なだけに、進路の話題が絡むと火が付いてしまうようだ。
「かっしーどう思う!? 私のお父さんに野球教えて貰ったのに、他所にいっちゃうなんて薄情だと思わない!?」
「あー、まあそうだな。ウン」
暫く口論が続くと、恵は俺にキラーパスを放ってきた。
俺に振るなよ、と内心で思いながら適当に言葉を返す。
「……薄情なのはどっちだよ」
すると、徹平は舌打ちをして俺を睨んできた。
なぜ俺が睨まれる。その視線と言葉を向けるべき相手は恵だろう。
そんな事を思っていると、徹平は口元をニヤリと歪めた。
「とぼけるのが上手いな。関越一高の柏原さんよ」
それは――唐突な一言だった。
辺りが静寂に包まれる。厳密に言えば、この三人の空間だけが静かになっている。
あまりの衝撃に、俺も恵も言葉を失っていた。
「アンタの本来の第一希望は聖輝学院。そして今後10年――被災から10年が経っても東北勢が優勝しないのも知っている。それなら……って言う訳じゃねえけど、今回は聖輝に来ても良かったんじゃねえの」
徹平は言葉を続ける。
本来の俺は聖輝学院への進学を希望していたが、野球留学を断念して関越一高を選択した。
この件はネット記事にされた事もあるので、知っている人間が居ても不思議ではない。
正史を知る人間――転生者であれば。
「……転生者か。まさか自分から白状してくるとはな」
「隠す必要もねえだろ。親戚でもねえ限りはな」
徹平は恵に視線を向けた。恵は顔を真っ青にして口に手を当てている。
少なくとも、恵は徹平が転生者である事を知らなかったのだろう。
「その口振りだと、瀬川の方は恵が転生者だって知ってたみたいだな」
「そりゃ、富士谷への勧誘が本来よりもしつこかったからな。確信は無かったけど、たぶんそうだろうと疑ってた」
徹平はあくまで推測した体を装ってきた。
ただ消去法で考えたら、彼は転生の全てを知る人間――Aランク転生者の可能性が高い。
ここは相沢から伝授したアレを試そう。そう思った次の瞬間――。
「それに……俺と同じように、恵も若くして死ぬのを知ってたからな」
なんて言うものだから、考えていた事など吹き飛んでしまった。
俺は気付いてしまった。この男は恵の親戚であり、正史を知る転生者であり、少なくとも恵よりは長く生きている。
知られざる恵の本当の死因。徹平はそれを知っているのだ。
「も、もういいでしょ! そろそろ皆来るし、一旦終わりにしよっ!」
嫌な予感を察知したのか、恵は慌てて会話を遮ってきた。
その様子を見て、徹平は少しだけ顔を歪める。
「……もしかして、その辺の事情は隠してんのか?」
「黙って! いい加減にしないと本当に怒るよ!?」
「べっつに黙ってもいいけど、この流れから隠し通すの不可能だぜ?」
「っ……!」
徹平に指摘されると、恵は黙り込んでしまった。
場の空気は最悪。恵も意気消沈しているが、ここまで聞いたら流石に引き下がれない。
「恵、話してくれ。本当は交通事故じゃないんだろ……?」
俺はそう問い掛けたが、恵は視線を逸らしたまま黙り込んでいた。
「交通事故って……大嘘もいい所だな。その困ったら嘘吐く癖は治したほうがいいぞ」
「うるさい……」
「ま、そんな事よりもだ。恵が言わないなら俺から言うぜ?」
「……」
徹平はそう言って言葉を続ける。もはや恵は止めようともしない。
その様子を、俺は黙って見届ける事しか出来なかった。
固唾をゴクリと飲み込む。
恵はどの様にして命を落としたのだろうか。
俺に1年間隠していた、恵の本当の死因とは一体――。
「……恵は今から約1年後、高校3年の夏に――急性白血病で命を落とす」
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