16.現代の魔球
大阪王蔭000 00=0
都富士谷300 00=3
【王】横波、高野―田端
【富】柏原―近藤
5回まではお互いにゼロが続いた。
グラウンド整備の間、大阪王蔭は円陣を組んで気合を入れ直している。
その様子を、相手の西山監督は目を細めながら眺めていた。
「(さーて、この回や。ここまで柏原くんにやられっぱなしやけど、野球っちゅうのは9回まで見据えるスポーツやからな。そろそろ反撃させてもらうで)」
6回表、大阪王蔭の攻撃は1番からの好打順。
上背のある間野さんが左打席でバットを構える。
「(監督の読み通りならアレはこない。打てそうな高さなら迷わず叩くやで)」
直球戦法も精神的に疲れてきたが、スライダーが通用しない以上、この球を信じ抜くしかない。
この打席もストレートを連投していく。しかし――。
「おー、久々の先頭打者や!」
「やっぱ間野は頼れるなあ。中軸のブンブン丸共も見習えや〜」
間野さんはストレートを迷わず叩くと、打球は一二塁間を抜けるヒットとなった。
久々の先頭打者。そして今日初めてストレートを打たれた事になる。
打順は3巡目。三振のペースも鈍ってきたので、タイミングが合ってきたのだろうか。
続く峯岸さんはセカンドフライ。
此方も直球を迷わず振ってきたが、まだタイミングが合っていないようだ。
一死一塁となり、投打でセンスの高い根市を迎える。
「(恐らくアレは来ない。いや、投げられないんだ。そして同じ球種を続けている以上、同じコースまで続けるのは怖い筈。それなら内外どちらかにヤマを張れば一球くらいは当たる……という事になる)」
根市は深呼吸してから左打席に入った。
初球は外角低め、見逃してストライク。
「(定石通り外から来た。けど狙いは変えない、いつか必ず内に来る)」
二球目、ここで変化球を一摘みといきたいが、散々打たれてきたのでストレートを選択。
狙いは対角線の内角高め。枠外に外す覚悟で際どい所を狙っていく。
「(きた……!)」
ややボールにも見えた球を、根市は迷わず振り切った。
詰まった当たりは右方向に飛んでいく。打ち取った――と思ったのも束の間、打球はライト線にぽとりと落ちた。
「ああ〜運がない!」
「根市ぃ! 俺は信じてたで〜!」
「富士谷の奇跡もここまでなんか!?」
大歓声に包まれる中、一塁走者の間野さんは三塁まで到達。
根市は一塁で止まり、一死一三塁となってしまった。
今のは運が無かった。
が、そろそろ直球連投も潮時かもしれない。タイミングは合ってきているし、何より普通に振り切られている。
「(……かと言って、散々打たれたスライダーは怖いやろ。シンカーやチェンジも然りや。そんでもって、どういう訳かスプリットは殆ど投げられへん。
もう投げる球がないやろ。初回の攻防は想定外やったけど、ここから先はウチのペースでやらせてもらうで)」
三塁側ベンチでは、西山監督が不敵な笑みを浮かべていた。
右打席には西日本屈指の強打者・福嶋さん。一塁走者の根市は小さめのリードを取っている。
落ち着け、たかが二周りだ。
捉えたのも間野さんだけだし、ここで意思を曲げるのは悪手に違いない。
体に一番近い内角高め、このストレートで確実にストライクを取る。
一球目、体に当てる覚悟で腕を振り抜いた。
その瞬間――少し軽めの音と共に、福嶋さんはバットを手放す。
「……デッドボォ!」
肘の防具に当たるデッドボール。
痛恨の制球ミスで一死満塁。ここでタイムが掛かり、伝令の島井さんが駆け付けてきた。
「監督から。2点までは仕方ねえって。一個ずつ確実に取ろう」
「ええ、分かってます」
俺は淡々と言葉を返すと、島井さんは目を細めた。
「……緊張してんのか? 何時もなら「ビックリするくらい普通のコメントっすね」くらいは言うだろ」
「そんな毎回はケチ付けてないですよ……。それに緊張もしてないっす。むしろ――」
その瞬間、俺は口元をニヤリと歪める。
「楽しいまでありますね。こういう場面を抑えた方が印象に残りますから」
その言葉を聞いて、集まった選手達は目を丸めていた。
別にエンターテイナーを気取る訳ではない。ただ甲子園に出る以上、少しでも魅せたいし、少しでも目立ちたいとは思っている。
正史の俺は存在そのものが忘れ去られた。
人々の記憶から、柏原竜也という投手が消えていった。
だからこそ――という訳ではないけれど、俺は野球選手として生きた爪痕を残したい。
「5番 キャッチャー 田端くん。背番号 2」
そして、俺は魅せる手段を強引に確保している。
迎える打者は右の田端さん。その初球――。
「ットライーク!」
「(き、消えた……?)」
高速で鋭く沈む変化球、スプリットで空振りを奪った。
スプリットの球数制限は10球。練習で1球、初回に1球投げているので、後7球は使う事ができる。
「(そんな連投はできん筈や。迷わず振ってええ)」
「(これは打てんな。むしろ潔く捨てれ――)」
二球目、テンポ良くストレートを投げ込む。
外角低めいっぱいに決まってストライク。
「(……意識するなって言う方が無理やな。中途半端な事してもしゃーないし迷わず振ってくで)」
追い込んだものの、田端さんの挙動は堂々としていた。
ここで余裕を見せてくるあたり、経験値の高さが窺える。
しかし――経験値なら負けていない。何故なら俺は人生2周目だから。
出し惜しみは一切しない。
俺は白球を挟み込むと、渾身の力で振り抜いた。
「ットライーク! バッターアウッ!」
「(えぇ……時空ねじ曲がってるやん……)」
ほぼ無敵の魔球、サイドスローからのスプリットで空振り三振。
しかしピンチは続いている。二死満塁、右打席に入ったのは6番打者の笠松さん。
「(田端に2球スプリットか。時空ねじ曲がってるって言っとったけど、見てみなきゃ分からへんな)」
スプリットは後6球。まだ6回という事を考えたら笠松さんに2球は使えない。
先ずは初球、ストレートから。流石に様子を見てくるだろう。
「ットライーク!」
「(俺には使わんのかい。舐められとるんか?)」
外角低めに決まってストライク。
もう一球ストレートを続ける。但し今度は外のボール球。
「ボォ!」
笠松さんはバットを止めてボール。
更にもう一球ボール球を見せたが、悠々と見送ってボールとなった。
ここまで慎重だと、次は枠内でカウントを稼がざるを得ない。
狙われつつあるストレートか、序盤に攻略されたスライダーか、それとも贅沢にスプリットか。
いや――ここは奇襲を仕掛けよう。
俺は縫い目に沿って指を立てると、セットポジションから右腕を振り抜いた。
白球は中高速域で笠松さんの体に向かっていく。
やがて内角低めに吸い込まれると、笠松さんのバットは空を切った。
「ットライーク!」
「(カーブ……? いやナックルカーブや。こんなん投げるなんて聞いとらん)」
フロントドアの変化球――堂上式ナックルカーブが決まってストライク。
また高速変化かよ、と思われても仕方がないが、新球種でツーストライクとなった。
ナックルカーブの名前の由来は「ナックルと握りが似ているから」である。
俺は以前から新村式ナックルを練習していた。結局モノにはならなかったが、堂上監修のもとアレンジしてナックルカーブを覚えるに至った。
ちなみに、ナックルカーブはサイドスローとの相性も良い。
今まで逆張りを続けてきた中では、珍しく王道の変化球だった。
さて、これで惜しみなく決め球が使える。
俺は白球を挟み込むと、内角低めを目掛けて腕を振り抜いた。
「ットライーク! バッターアウッ!」
「(ストレートにしか見えへんのに消えよる……こりゃ打てるやつおらんわ)」
空振り三振でスリーアウト。
俺の決め球が大阪王蔭にも通用している。三塁ベンチの西山監督も苦笑いを浮かべていた。
大阪王蔭000 000=0
都富士谷300 00=3
【王】横波、高野―田端
【富】柏原―近藤
NEXT→5月18日(火)