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15.識者が語る彼の強み

大阪王蔭0=0

都富士谷3=3

【王】横波、高野―田端

【富】柏原―近藤

 2回表、大阪王蔭の攻撃。

 俺は引き続きストレート連投で抑え込んでいった。


 5番、田端さんはキャッチャーフライ。

 6番、笠松さんは空振り三振。


 バットを振られる度に、一瞬ばかりの冷汗に襲われる。

 同じ球種の連投。バッテリーにとって、これほど勇気のいる選択はないだろう。


「(まだ一巡目、焦る事はねえ。スライダー狙いでストレートとスプリットはじっくり見る)」


 7番打者は右打者の辻田。

 富士谷の誰よりも体が大きい。この打順にホームランバッターを置ける選手層には、つい溜め息が漏れてしまう。


 二死無塁、こういったシチュエーションで変化球を見せていきたい。

 という事で、三球目に高速スライダーを放ってみたが――


「(よっしゃ、きた!)」

「おお〜! でかい!!」


 辻田は白球を捉えると、左中間へのツーベースヒットとなった。

 狙い球にしてもミスショットが少な過ぎる。元々の実力もそうだが、相当な変化球対策を重ねて来たに違いない。


 続く打者は投手の高野さん。

 上背はあるが、打者としての力量は他より落ちる。

 ここはストレートでセカンドフライ。変化球に比べると直球の対策は緩めのようだ。



 2回裏は無得点。

 ただ、珍しく京田にクリーンヒットが出た。

 打ち返したのは136キロの内角低め。冬の成果はあったのだと実感する。



 3回表、この回も二死までは楽に奪った。

 迎える打者は峯岸さん。ここも変化球を使いたいが、スライダーは散々打たれたので、久々にツーシームを試していく。


「セカンッ!」

「……アウトォ!」


 四球目、強めの打球はセカンドゴロになった。

 ややタイミングは合っていないが、ストレートと比べると捉えられている。

 色気は出さない方が良いな。攻略されるまではストレート勝負でいこう。





 バックネット裏、常連のおっさん達が陣取る最前列の後ろ側。

 やや一塁側に寄った席で、某球団のスカウト――古橋はメモを取っていた。


「他球団のスカウトはあっちに固まってましたよ〜?」

「私はここで見るのが好きだからね。一応、一般客の体でいるから、デカイ声で言わないでくれるかな……」


 私の横に座っているのは、小金井のポンコツライターこと瀬川瞳。

 お忍びで来たと言うのに、何故こうも見つかってしまうのだろうか。


「ところで、古橋さんって関東の担当なんじゃ?」

「3月下旬に予定されてた東京の春季ブロック予選が中止になったからね。関東各地の春季本大会まで暇だし、初戦だけ見ていこうかと」

「おお〜、なるほど〜。ちなみに成果の方は?」


 瀬川さんにそう聞かれると、私は表情を曇らせる。

 正直、成果らしい成果はない。元から注目していた2年生が活躍している一方で、未だ構想が漠然としている3年生は今一つだ。


 今マウンドにいる高野もその1人。

 185cm80kg、最速150キロ。文字だけ見たらロマンのある本格派だと錯覚するが、その期待からは大きく外れている。


 フォームはスリークォーター気味。

 インステップに踏み込んで、135キロ前後の直球を投げ込んでいく。

 変化球はカーブ(2種類)とシンカーが多く、これらの球の出し入れで勝負するタイプだ。

 所謂アマレベルでの好投手だが、プロでやっていけるような右腕ではない。


「ああん! また抑えられちゃいましたよ!」

「高野も完成度なら高校上位。そう簡単には打てないよ」


 3回裏はヒットを放つも無得点となった。

 攻守交代が行われ、富士谷の柏原がマウンドに立つ。

 テンポ良く、淡々と直球を続けると、あっと言う間に三振を一つ奪った。


「かっしーくん、今日はストレート多いですね〜」

「大阪王蔭がストレートに合っていないからね。しかし、ここまで打てないとは……」


 私はそう言って首を傾げた。

 仮にスプリットを捨てていて、スライダーやシンカー系の球種を狙っているとしてもだ。

 大阪王蔭クラスともなれば、サイドスローの140キロは再現して練習できる筈。ここまで合わないのには違和感を覚える。


「あ、回転ってやつじゃないですか? 古橋さんも言ってたじゃないですか」

「……君にしては良い着眼点だな。確かに、柏原のストレートは綺麗な縦回転。これは大阪王蔭クラスでも再現するのは難しい」


 サイドスローは腕を横に振り抜く関係で、綺麗な縦回転を放るのが難しい。

 その中で、柏原は縦回転かつ高回転の速球を放つ事ができる。

 横投げにありがちなシュート回転に慣れていると、真上にHOP―UPしているように錯覚するのかもしれない。


「もっと褒めてください! 私は褒められて伸びる子なんです!!」

「えぇ……。まあ、このまま最終回まで抑えられる訳ないからね。試合後半の投球に注目しよう」

「あ、誤魔化した! 女の子を素直に褒められない人はモテませんよ〜?」

「別にモテたいと思ってないから……」


 さて、相手も名門である以上、終盤までには必ず捉えてくる。

 個人的には活躍して欲しくないのだが、優勝候補相手にどこまで通用するか、素直に注目してみる事にした。





 一方、外野席では都大三高の選手達が観戦していた。

 なんてことはない。木田のキチガイが「決勝のサンドバッグを視察しよう」と言い出したので、仕方がなく観戦するに至ったのだ。


「柏原すげー」

「やっぱスプリットか?」

「投げてなくね? こっからじゃよく見えないけど」

「ストレートが伸びてて打ち辛いのかも」


 そう会話する選手達の横で、木更津健人は溜め息を吐く。

 クソい、あまりにもクソすぎる。明日は西関高校との2回戦、対岸の高校など気にしてる場合ではない。


「木更津先生の見解は?」

「さぁな。ピッチャー見てねえから分かんねえよ」


 俺は呆れ気味に言葉を溢した。

 バッテリーや打者は録画の方が良く見える。あえて外野席から偵察するなら、守備位置や走者の動きに注目すべきだろう。


 と、斜に構えても仕方がないので、俺は4回表だけ柏原に注目してみた。

 結果は三振、中飛、右飛。スプリットどころか変化球すら投げていない。

 その結果に対して、部員達は様々な意見を交わしているが――。


「なんで打てねえか分かった」

「お、流石先生。やっぱ球質かな?」

「灯台下暗しってやつだな。勿論、球質なんかも関係してるけど、もっと可視化された分かりやすい答えが出てるぞ。あそこにな」


 俺はそう言って球速表示を指差した。

 この位置からだと見辛いが、確かに144km/hと記録されている。

 肌寒い選抜でサイドスローから144キロ。ここまで速い横投げ投手は、俺の知る限りだと記憶にない。


 柏原は数値化できない凄みもあるが、単純に数字を叩き出せる投手である。

 球速は勿論、失投の少なさも魅力的だ。夏は時たま見受けられたシュート回転の失投も見受けられない。


 捕手としては、こういう投手の方が捕り甲斐がある。

 数字しか出せない挙げ句、怪我で離脱したクソノーコンこと宇治原にも見習って欲しい物だ。


「夏はもっと速くなんのかなぁ」

「ま、俺らなら打てるっしょ」

「おい根市〜、もっと上から叩かないと外されるぞ〜」

「お前は先ずレギュラー取れよ……」

「……篠原殺す!」


 選手達は気楽そうに言葉を続けた。

 正直、富士谷と大阪王蔭が初戦で当たったのは、此方としてはラッキーだった。

 初回炎上癖のあるウチの吉田さんだと、大阪王蔭打線に何点取られるか分かったもんじゃない。

 ここで大阪王蔭が消えてくれると、都大三高の優勝も近くなる訳だ。


「あれ、ところで木田は?」

「飽きたから僕のサイン会を開いてくるって言ってどっか行った」


 ああクソい。クソすぎる。

 俺は死ぬほど呆れながら、決勝まで当たらない高校の試合を見届けるのだった。

大阪王蔭000 0=0

都富士谷300=3

【王】横波、高野―田端

【富】柏原―近藤

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