16.小さいようで大きな一歩
恵と約束を交わした翌日、俺は病院を理由に野球部を休む事となってしまった。
勿論、理由は建前。全ては今日の放課後、バスケ部を辞める金城琴穂をマネージャーに誘う為、恵に無理矢理取らされた。
一体、何て声を掛けたらいいんだろう。
怒らせてしまったあの日以降も、金城とは普通に会話している。ただ、以前ほど彼女は笑わなくなった気がする。
それは俺に対してだけではなく、苗場や昴、他の友達と話してる時もそうだった。
放課後、金城に一緒に帰るよう提案した。
金城は「いいよ!」と一言で返してくれたので、見つかったら面倒臭そうな堂上に警戒しつつ、俺達は学校を抜け出した。
学校を出て1分くらいは沈黙が続いた。
やっぱ二人で帰っていると、この前の事を思い出してしまう。
金城も同じことを思っているのだろうか。ここは男らしく俺から切り出そう。
「金城、この前はごめんな。流石に無神経だったわ」
「えっ……いや! こっちこそごめんね! いきなり泣いたりして……」
金城は戸惑いながらそう返した。
不味い、また沈黙の時間に戻りそうだ。
「金城が謝る事はないよ。俺が悪かった」
我ながらクソみたいな繋ぎだった。10秒前に転生したい。
「あー……えっと、じゃあさ、あの日の事は忘れよっ! もう謝るの禁止ね!」
けど、金城がそう言ってくれて俺は救われた。
それから、俺達は他愛もない会話を続けた。
この他愛もない会話というのも、ジャンルによっては凄く難しい。
例えば音楽の話だと、未来の記憶がある俺は、うっかりリリース前の曲を挙げる恐れがある。
実際、この日はやらかした。好きな曲を聞かれたので、
「ゴールデンガールかな」
と言ったら、キョトンとした表情で見つめられた。
今から4年後にリリースされる曲の名前を挙げたのだから、無理もない反応だ。
俺は慌てて気まぐれロマンティックに訂正したけど、これが記憶力の良い相手だったら、4年後に未来人だとバレる所だった。
そんな感じで、気付けば二人の降車駅である北府中駅に辿り着いていた。
不味い、勧誘とか1ミリもしてない。ここはヤケクソで切り出そう。
「ところで金城……バスケ部辞めて、これからどうするんだ?」
とりあえず聞いてみたけど、この先のビジョンは全くない。
たぶん「バイト」って返ってくると思うけど、そこからどうやって勧誘に繋げればいいんだろう。
「えーっと……それはかっしー次第じゃないかなぁ」
しかし――その返答は、予想の斜め上を行く物だった。
「俺次第?」
「うん! だって、かっしーは野球部のエースなんでしょ?」
金城は言葉を続ける。
「かっしーが頑張れば、お兄ちゃんの夏も長くなるからねっ」
彼女はそう言って、久し振りに満面の笑顔を見せた。
ああ、なるほど。先ずは孝太さんの応援という事か。
それなら――。
「なぁ金城。だったら、もっと近くで孝太さんを応援してみないか?」
「えっ?」
「その手じゃできる事は限られるけど……孝太さんはきっと喜ぶと思う」
俺も嬉しい、とまでは言う勇気は無かった。
彼女はキョトンとした表情で俺を見ている。誘うなら今しかない。
「金城、もしよかったら……マネージャーやってみないか?」
俺は勇気を振り絞ってそう言った。
言ってしまった。もう後戻りはできない。平静を装ってるけど心臓がバクバクする。
金城に笑顔はない。ただただ不思議そうに俺を見つめたあと、
「えー」
と、ジト目で返してきた。
やっぱダメだよな。怒られなかっただけ感謝しなきゃいけないまである。
落胆する俺を見て、金城は「ふふっ」と笑うと、
「じゃあ……琴穂って呼んでくれたらいいよっ!」
と言って、とびきりの笑顔を見せた。
思わず頭が真っ白になった。たぶん顔も赤くなってたと思う。
「えっ……それって……」
俺にはわかる、この言葉を意味する事が。これはきっと――。
「だって、お兄ちゃんも金城だからねっ」
「うん、そうだね」
俺のハッピーエンドはまだまだ遠い。