13.投げない勇気
選抜高校野球
2011年3月27日(日) 阪神甲子園球場 第2試合
都立富士谷高校―大阪王蔭高校
スターティングメンバー
先攻 大阪王蔭
左 ⑦間野(3年/右左/184/82/高槻)
二 ④峯岸(3年/右右/170/75/姫路)
右 ⑪根市(2年/右左/178/78/飛騨)
中 ⑧福嶋(3年/右右/181/82/茨木)
捕 ②田端(3年/右右/174/81/佐世保)
三 ⑤笠松(3年/右右/184/78/八尾)
一 ⑬辻田(2年/右右/186/92/勝山)
投 ⑱横波(2年/左左/193/88/彦根)
遊 ⑥原島(3年/右左/178/70/福知山)
後攻 富士谷
中 ⑧野本(2年/右左/177/69/日野)
遊 ⑥渡辺(2年/右右/174/68/武蔵野)
一 ③鈴木(2年/右右/178/74/武蔵野)
投 ①柏原(2年/右右/179/76/府中)
右 ⑨堂上(2年/右右/180/79/新宿)
左 ⑦田村(3年/右左/175/73/新宿)
二 ④阿藤(3年/右右/171/61/八王子)
捕 ②近藤(2年/右右/170/72/府中)
三 ⑤京田(2年/右右/165/58/八王子)
大会5日目、空は雲一つない晴天となっていた。
風も心地よい絶好の野球日和。ただ個人的には猛暑日の方が好きだったりする。
富士谷の出番は第2試合。
その前に、同ブロックの鳴島(徳島)と北翔(北海道)の試合が行われた。
結果は6対2で鳴島の勝利。勝てば次の相手となるが詳細は一旦割愛する。
何故なら――次を気にする余裕がないくらい、今回の相手は強すぎるからだ。
俺達は鳴島と入れ替わる形で一塁側のベンチに入った。
ほぼ普段通りにアップ等をこなしていく。ただし、ブラスバンド自粛に伴いシートノック曲は流れない。
もう一つ、卯月の球出しは予想通り指摘されたが、選手が少ない事もあり今回は許して貰えた。
次回はどうなるだろうか。卯月がまたグラウンドに立てるよう、世間からは擁護の声が欲しい所である。
「ふぅ……」
1回表のマウンドに上がる。
そこから見える景色と言うのは、非常に懐かしく、少し物足りない。
俺は肌寒い選抜には2度出ている。真夏の甲子園のマウンドからは、一体どんな景色が見えるのだろうか。
「1回表 大阪王蔭高校の攻撃は。1番 レフト 間野くん。背番号 7」
1番打者の間野さんが左打席に入る。
上背のある左の強打者。名門の中の名門なだけに、油断できる打者など居る筈もない。
さて――投球を始める前に、正史の1回戦(大阪王蔭vs静谷)を振り返ってみよう。
大阪王蔭と静谷のカードは、計23点を取り合う乱打戦になった。
その内、大阪王蔭が奪ったのは12点。ただ半分は1回表に取っていて、残りの半分も8回以降に取っている。
つまり、2回から7回は無得点が続いているのだ。
この攻撃を紐解いていくと、静谷のプロ注目左腕・池山さんの投球術に行き着く。
彼は初回から6点を失ったが、その全ては失策と変化球を打たれてのヒットだった。
そして――静谷バッテリーは変化球狙いに気付き、2回から7回を直球のみで抑え込むに至った。
つまるところ、大阪王蔭打線は狙い球を徹底して絞っている可能性が高い。
俺に対して変化球を狙うとは限らないが、この狙い球を探る価値はある。
「(悪いけど容赦せんで。こっちは野球に命掛けとるからな。点差付くまでは本気の本気や)」
間野さんは力強くバットを構えている。
初球、先ずは全力のストレートから。長打を恐れず枠内に投げ込んでいく。
「ットライークッ!」
間野さんは悠々と見送ってストライク。球速表示は見損ねた。
どんどん投げていこう。二球目は球数制限のあるスプリット。これも枠内を狙っていく。
「……ボォッ!」
「(うわっ、ホンマに落ちた。物理法則どうなってんねん)」
高さが足りずにボール。これも悠々と見送られた。
三球目、次はスクリュー。この球は左打者で試しておきたい。
「……ファール!!」
間野さんは迷わずバットを出すと、打球はレフト線に切れていった。
ここで振ってきたという事は、狙いは遅い球なのだろうか。
次は高速スライダーを試したい。
左右の違いはあれど、スライダーは池山さんの決め球でもある。
しかし、正史の一回戦では無情にも滅多打ちにされた。
四球目、バックドアの高速スライダー。
振らなければ見逃し三振になる球。白球は枠内に吸い込まれると、間野さんは鋭くバットを振り抜いた。
「(まぁこんなもんよ。ほな、峯やん頼みますわ)」
打球は二遊間を抜けてセンター前ヒット。
スイングに迷いが無かった。となると、狙いはスプリット以外の変化球だろうか。理屈も理解できる。
スプリットとストレートは打者から見ると判別が難しい。
また、弱小校の投手が格上を相手にする際は、変化球を多投する傾向がある。
俺という投手と富士谷の立場を加味した上での狙い球。適当に打たせないあたり、指導者の力量が窺える。
次は右打者の峯岸さん。
さて、ここから全球ストレートで無失点――というのは少し軽率かもしれない。
正史の池山さんは変化球で6点も与えたからこそ、後の直球ゴリ押しが活きたと考えられる。
ある程度は変化球も見せていきたい。その方が直球戦法も長く保つだろう。
初球、枠外に逃げる高速スライダー。
峯岸さんは一度バットを寝かすと、バスターから振り抜いてきた。
「げっ……!」
弱めの打球は鈴木の頭を越えていく。
ライト線へのポテンヒット。間野さんは快足を飛ばして三塁まで到達した。
甘かった。いや――あまりにも甘すぎた。
相手は超が付く程の名門校。狙い球なら多少のボール球はヒットにできる。
これが優勝する高校、大阪王蔭の強力打線。甘えた選択が命取りになるという事は、十分に分かっていた筈だった。
「(外野フライや併殺でも1点の場面。狙いは変化球をセンターから右方向へ。データ通りなら序盤はスプリットも少ない筈)」
無死一三塁、3番打者の根市が左打席に入る。
投打でプロ注目の好選手。富士谷の面々と違って頭も良いと聞いた。
けど、そんな事は関係ない。何故なら、ここから先は――。
「ットライーク!」
「ットライーク!」
「ットライーク! バッターアウッ!」
考える要素などない、全身全霊のストレート勝負だ。
「……全く手が出ませんでした。思ったより伸びます
」
「おう。あんま気にすんなや」
見逃し三振に倒れた根市が、ネクストの福嶋さんと言葉を交わした。
福嶋さんは右の強打者。そして彼もプロ注目なのだから名門校の相手は疲れる。
尤も、正史ではプロ入りしなかったが。
「(外野フライでも1点や。欲張らずコツコツ行くで)」
考える事はコースのみ。
内外高低をフルに使って、サイドスローから縦回転のストレートを放っていく。
「ットライーク!」
内角いっぱいのストレート。
「ファール!」
今度は外角低め。当てただけの打球はバックネットに飛んでいった。
「(コイツは三球勝負多いんやっけ。ほな次は振らなアカンな)」
次は逃げる変化球を使いたい。
そんな欲求を必死に抑えて、白球の縫い目に指を掛ける。
三球目、枠より少し高い釣り球。
この球を強引に打てる高校球児は世界で1人しかいないだろう。
「スットライーク!! バッターアウッ!!」
「(っ! やってもうた……!)」
福嶋さんはバットを止めるも、ハーフスイングが取られて空振り三振。
浮き上がるように見える、サイドスローからの高めの釣り球。
例え名門といえど、初見での見極めは非常に難しい。
「あの東京の兄ちゃんええやん!」
「さすが俺達の柏原! 指標最強は伊達じゃないぜ!」
客席からの歓声が富士谷を後押しする。
関西は大阪王蔭の地元ではあるが、現地に来る客は判官贔屓になりやすい。
プレーで魅せれば魅せるほど、彼らは此方に靡いてくれる。
アウトカウントが増えて二死一三塁。
迎える打者は右の田端さん。ただ、俺の事を研究している大阪王蔭なら、そろそろ仕掛けてくる頃だろう。
「(そんな直球ばっか投げられるとスタート切り辛いわ。しゃーない、リードを少し大きめに――)」
その瞬間、俺は右足をプレートから外すと、素早い動きで一塁に球を放った。
「嘘やろっ……!」
「……アウトォ!!」
「(……牽制は滅多にないんちゃうんかい。こんなん聞いとらんわ)」
鈴木がタッチして牽制アウト。
俺が滅多に使わない一塁への牽制。しかし、実のところ牽制も得意だったりする。
「何やっとんのや峯岸ゴルァー!」
「けど時間の問題やろ。幾らでもチャンスありそうやで」
「富士谷いけるやん! 打つ方はどうなんや!?」
「うおー! 流れ来るぞこれ!!」
ヒートアップする甲子園球場。
しかし、試合はまだ同点である。
大阪王蔭の本来の初戦は11失点。本当のショーはこれからだ。
大阪王蔭0=0
都富士谷=0
【王】横波―田端
【富】柏原―近藤
多分作中で初めての牽制。
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