5.俺達にイルミネーションは似合わない
2010年12月24日金曜日、富士谷高校では終業式が行われた。
午前中には下校時刻となり、陽キャの方々はクリスマスイブに心を躍らせている。
そんな中――富士谷高校野球部では、瀬川監督の粋な計らいで臨時休暇が与えられた。
「えー! 練習ねえの!?」
そう不満を漏らしたのは京田である。
部室の前では、臨時休暇を知らずに集まった部員達が屯っている所だった。
「はぁー練習したかったわー。今日は一段とやる気あったんだけどなー。あーあー」
京田は白々しく言葉を続ける。
なんてことはない。彼は「クリスマス? 部活だっわー」と言い訳したかったのだ。
「ふむ……それなら俺と自主トレするか? 人は多い方が捗る」
「あっ……そういうのは大丈夫っす……」
ちなみに堂上は休日も練習している。
それは今日も例外ではなく、地元で自分を追い込むようだ。
「あ、じゃあ俺も夕方まで付き合うわ〜」
「俺も俺も。姫子は午後まで授業だし」
「(こいつマジで爆発しねえかな)」
そう続いたのは鈴木と渡辺。
鈴木は渋谷、渡辺は池袋で聖夜を過ごすらしいので、堂上の地元(新宿区)は割と都合が良い。
「じゃー野本、一狩りしようぜー」
「そうだね。予定らしい予定もないし」
「うし、俺はジムにでも行くか」
選手達の予定が次々と埋まっていく。
そんな中、俺の予定は未だに白紙だった。
決して悲しくはない。むしろチャンスである。
予定が無いという事は、これから琴穂を誘えるという事だ。
そう思ったのだが――。
「あれ? 琴穂は?」
「孝太さんに連れ去られてたよ〜」
恵はアイフォンを弄りながら答えた。
あのシスコン野郎、彼女が居るのに妹と過ごすのかよ。
そろそろ重度シスコン罪で逮捕する必要があるな。
「残念。ちなみにお前は?」
「これから3組の皆とクリパ! 夜はお父さんとお買い物に行くかな〜」
「ふーん」
「あ、もしかして私に期待してた?」
「別に。仲が良さそうで何よりだなぁと」
「ちょっとは残念そうにしてよ!」
とは言ったものの、少し残念なのは事実である。
これで当ては無くなった。真っ直ぐ帰って妹に煽られるしかない。
しかし――ここで待ったを掛けたのは卯月だった。
「お、柏原暇なん? ならちょっと付き合ってくれよ」
卯月から誘いとは珍しい。
暇を持て余していた俺は、その提案に従う事にした。
※
西八王子から特別快速で約40分、俺達は新宿駅で電車を降りた。
「立川とか八王子でいいだろ……」
「いや〜、せっかく時間あったしさ。それに雰囲気とか大事だろ?」
日野市民の求める雰囲気は安っぽいな、とは言わなかった。
新宿は日本有数の繁華街なだけあって、イルミネーションも盛んではあるが、全体的に建物が古くチープである。
華やかさでは六本木や丸の内のほうが上だ。
「で、何買いたいんだよ」
「んー……服とか……?」
「え、買いたい物があるんじゃねえの?」
俺は問い掛けると、卯月は恥ずかしげに視線を逸す。
「いやー……正直さ、私って女子力ないじゃん? その辺を何とかしたいというか……」
なるほど、意外と可愛い所あるな。
ただ俺的には、卯月は口調以外は普通に女の子らしいと思うけど。
「別に女子力あると思うけどな」
「二人に比べたら無いだろ。合宿でも思い知らされたし」
「例えば?」
「……ムダ毛の処理とか」
そんな会話をしていると、卯月が唐突にボケてきたので、俺は表情を歪めてしまった。
「卯月……お前だけはボケないと思ってたのに……」
「ボ、ボケた訳じゃねえよ!!」
本気で言ってたのかよ。
正直、そんなの俺に相談されても困る。
「そういうのって普通女子同士で相談しねえ?」
「えー……それで恵とかに「遅れてる」って思われたくねえし……」
乙女心は難しいな。
まあ……ムダ毛の処理は協力できないが、服を一緒に選ぶくらいは出来る。
という事で、俺達は女性向けのファッション店が多い「新宿NYLORD」を訪れた。
「どこがお勧め?」
「インクルージュ。恵もココのロングパーカー持ってた」
「へー、知らないなあ」
せっかくだし楽しもう。
俺の今日の目標は、卯月にインクルージュの服を着せる事。
試着した所を写真に収め、野球部の家宝ならぬ部宝として部室に飾る。
余談だが、インクルージュとは、ツインテールと地雷メイクの子が好みがちな、ロリ系の衣服ブランドである。
俺はここの服を卯月に着せたい。何故なら面白そうだから。
さて、俺達は6Fまで上がると、お喋りをしながら巡っていった。
「そーいやさ、琴穂とベェオハザード見たと思うんだけど、アイツの反応どうだった?」
「ん……何で琴穂と俺が一緒に見たって知ってんの」
「琴穂に貸したら柏原と見るかなー、って思って貸したからさ」
無駄に気が利くな。お陰で気まずくなりかけたが。
「まー怖がってたよ。軽く半泣きだったな」
「だよな! 面白かったって言い張る割に、内容のこと全く話せねーんだもん!」
本当は半泣きどころか大洪水だったが、琴穂の名誉の為に伏せておく。
そして開幕10分くらいで中断したのだから、内容など語れる筈もない。
面白かったと言い張る琴穂は流石である。見栄を張っちゃう所も凄まじく可愛い。
「卯月はホラーとか好きなんだな」
「ホラーってよりは非日常かな? 脱出モノとか、無人島でのサバイバルとか、あと未知の感染症とかなー」
「なるほど。じゃ、もし現実に起こったら?」
「もちろん生き残る自信あるぜ。先ずは武器になりそうなもん確保して――」
未知の感染症か。10年後に流行してたな。
ただ残念ながら、彼女が期待しているような非日常にはならない。
結局、少し不自由なだけの日常を繰り返していた。
その後も下らない会話は暫く続いた。
というのも、卯月はなかなか店に入らないので、会話が止まりようがなかったのだ。
「お、ここいいかも」
その中で、彼女はようやく足を止めた。
店の名前はロックorハーツ。女性モノの下着店である。
「そこは俺じゃない誰かと行ってくれ……」
「あ……悪い。けど制服とジャージしか着ないから、実はあんまり服要らないんだよな」
新宿まで来た理由を根本から否定してきたな。
まあ事実ではあるのだが、そうなるとアクセサリーしか買いようがない。
結局、新宿NYLORDでのショッピングは空振りに終わった。
ちなみにインクルージュは無かった。この時代の新宿NYLORDには入ってないらしい。
その後、少し早めの夕食を食べてから、モゼェク通りを二人で歩んだ。
イルミネーションがキラキラと光っている。その景色を、卯月は退屈そうに眺めていた。
「……琴穂とか恵だったから、こういうの見てキャーキャーはしゃげるんだろうな」
「べっつに無理にはしゃぐ必要もねえと思うけど」
「いやー、こういう所だと思うんだよ。実際、恵と琴穂はいつも楽しそうに戯れてるけど、私から見ても微笑ましいなって思うし」
「それもうちょっと詳しく」
「この流れで出る言葉がそれかよ!」
ようやく卯月らしい反応が出たが、彼女は直ぐに溜め息を吐いた。
一応、今日はクリスマスだ。一緒に居る人を退屈させてしまっては、プロ注目右腕の名が泣くというもの。
人には向き不向きがある。
恐らく、ここは俺達の戦場ではないのだろう。
それなら――。
「卯月、歌舞伎町いこうぜ」
「えっ……危なくねえの? 正直あんま知らないけど……」
「大丈夫。まあ任せてくれ」
卯月が無駄に純情で助かった。お陰でスムーズに事が進められる。
時間も押しているので、俺達は足早に歌舞伎町に向かった。
※
ここは歌舞伎町某所。
所謂「夜の店」が並ぶ通りを抜けた先にあり、施設に居る人の多くは棒を握っている。
棒を握って白いやつを飛ばす場所。そう、ここは――。
「へぇー、こんな所にバッセンあるんだ」
「むしろ新宿でバッセンとなると、ここまで来なきゃねーんだよな」
ただのバッティングセンターである。
高校球児と野球少女が揃っているのなら、やる事は一つしかない。
野球をすれば良いのだ。
「よしっ。じゃ、どっちがたくさん打てるか勝負しようぜ! 負けたらジュース奢りな!」
「それ100%俺が勝つ案件だからな??」
「そりゃ右で打たれたら勝てねーわ。柏原は左で打てよ!」
卯月のテンションが露骨に高い。
ちなみに、彼女は覚悟を決めて野球を辞めているが、バッティングセンターはセーフなのである。
これは野本から事前に聞いていた。
彼らは月曜日のみ、親戚のバッティングセンターでバイトしていて、空いてる時間で打つ事もあるらしい。
「ふむ……話は聞かせて貰った。その勝負、俺も乗らせて頂こう」
ふと、聞き慣れた声が降り掛かった。
堂上である。何故こんな所に――と思ったが、直ぐに合点がいった。
単純に、彼の自宅から一番近いバッティングセンターが歌舞伎町なのだ。
「ああ、そういやお前のテリトリーか」
「うむ。しかし……珍しい組み合わせだな。柏原の担当は琴穂だろう」
堂上は無表情のまま首を傾げた。
もしかして、天下の堂上様が妬いていらっしゃる……?
と煽りたい所だったが、どうせ堂上は動揺しないし、むしろ過剰反応するのは卯月の方だ。
ここは触れないでおこう。
「おー堂上じゃん! じゃ、3人で勝負しようぜ!」
「最初からそのつもりだ。卯月の財布が空になるまで勝ち続けてやろう」
「やめろ! 帰れなくなるわ!」
そんな言葉を交わしてから、俺達はバッティングに精を出した。
しかし――わざわざ新宿まで来てバッティングセンターか。
これが俺達に合っているとはいえ、移動時間と電車賃の無駄も良い所だったな。
その後、堂上は大人気なく結果を残してきた。
卯月に二人分も奢らせる訳にはいかないので、俺は仕方がなく調子が悪いフリをするのだった。
ストックに余裕が出来たので、GW後半あたりまで日刊で投稿します。