4.チーム強化案4「栄養管理」
すっかり寒気に包まれた12月の2週目、俺が買った宝クジは予定通り2等が当たった。
繰り越し金も含めて3000万円の当選。想定よりも多くなったので、ピッチングマシンの更新も検討できるようになった。
尚、当選金は畦上先生が預かる事になった。
最初は困惑していたが、最終的には「お前の覚悟は受け取った」と言ってくれた。
瀬川監督同様、理解が早いので非常に助かる。
なにはともあれ資金は確保できた。
という事で、先ずは栄養管理から取り入れていく。
平日は夕食、休日は昼食。1日1食ではあるが、野球部で食事を用意する事が決まった。
さて、この栄養管理で問題なのは、学校での食事を誰が作るかだ。
富士谷に寮母のような人はいない。となると、父兄の方に協力して貰うのが無難である。
そう思ったのだが――。
「え、何これ……」
俺は困惑のあまり言葉を溢した。
ここは富士谷高校の家庭科室。俺に加え、野本、琴穂、恵、卯月が居る。
そして、その全員が制服にエプロンという格好だった。
「折角だし僕達で作ろうよ。選手は当番制にしてさ。仕組みを知るって大事だし、知れば食生活も変わると思うんだよね」
そう語ったのは野本である。
なんてことはない。ここに来て、チーム1の頭脳派が方針に介入してきたのだ。
「恵、これ正史でもあったのか?」
「ある訳ないでしょ。まー、のもっちはこういうの好きだからね〜……」
恵と小声で言葉を交わす。
これは想定外だった。ただ彼の言い分はご尤もで、仕組みを知るのは非常に大事である。
合法的に琴穂の手料理も食べれるし、ここは野本に従おう。
「三号飯でいいんじゃねえの?」
「アレは有名だけど、糖質に偏ってるからね。先ずはその辺から解説していくよ」
「(さんごー飯? サンゴさんって食べれるの……?)」
卯月と野本が言葉を交わす。
話とは関係ないが、首を傾げている琴穂が絶妙に可愛かった。
さて、栄養についての座学だが、知っている人も多いと思うので端折って説明する。
先ず、エネルギーになる三大栄養素は「糖質」「脂質」「蛋白質」である。
基本的には糖質=エネルギー、脂質=脂肪、蛋白質=筋肉になると捉えて良い。
ここで注意したい点が幾つかある。
先ず、消費エネルギー以上に糖質を摂取した場合、余剰分は脂肪に変換される。
逆に、消費エネルギーに対して糖質が足りないと、脂質(内臓脂肪)や蛋白質(筋肉)がエネルギーに変換される。
その際、脂質が変換されると体に負担が掛かり、蛋白質が変換されると体内にガスが発生する。
また、全ての栄養素に言える事だが、動物性の物は吸収が速く、植物性の物は吸収が遅い。
もう一つ、蛋白質と脂質に関しては、一度に吸収できる量に限界のような物がある。(一定ラインを越えると吸収率が悪くなる)
まあ……何を言いたいかというと、高校球児に必要な栄養は「消費エネルギーを越える糖質」+「大量の蛋白質」という事だ。
「……というのを踏まえた上で、今からマネージャーの3人には、1人1食作ってみて欲しいんだよね」
解説を一通り終えると、野本はそう打診した。
「なんで私達が?」
「そりゃ、マネージャーの3人は毎日作る訳だからね」
「現状の力量を知りたいと。まーいいけどよ、この二人には負ける気しねーぜ?」
少し上機嫌な卯月が腕を捲くった。
いつの間にか勝負する事になっている。そして、珍しく乗り気な卯月が少しだけ可愛いく見えてしまった。
「じゃあ僕と柏原くんが採点員だね」
「お前もノリノリだな……」
「まあ楽しもうよ。あ、食材は好きなの使っていいから」
野本はそう言って教室全体を見渡した。
これから料理番組でもするのだろうか、と言いたくなるくらい食材が並んでいる。
もはや楽しむ気しかないな。琴穂の手料理を食べられるので構わないが。
「あっ……!」
ふと、琴穂は言葉を溢すと、肉の入ったパックを手に取った。
表面のラップには「飛騨牛(100g)2870円」の表記と共に、半額シールが貼ってある。
「私これにするっ!」
琴穂は目を輝かせながら、俺に飛騨牛を見せびらかしてきた。
その無邪気な表情が凄まじく可愛い。じゃなくて――何でこんな物まで用意してるんだよ。
もはや罠以外の何物でもない。
「じゃあ柏原くん。僕達は隣の部屋で待とうか」
「えっ、料理の解説とかしねえの? 俺そこそこ出来るから自信あるぜ?」
「僕達も時間を無駄には出来ないしね。食事の前に筋トレしようよ」
意外と計画に隙がないな。
そんな事を思いながら、隣の教室でガッツリ筋トレに励んだ。
※
全員の料理が終わった頃、俺達は再び家庭科室を訪れた。
「じゃあ琴穂ちゃん、夏美、恵ちゃんの順番でいこうか」
先ずは琴穂から。と言っても、彼女だけは料理は分かっている。
特盛ご飯と飛騨牛のステーキ。端には火の通りが甘そうな玉葱と人参が添えられている。
「うん……まあ美味しいね……」
「ああ、流石琴穂だ。ここ数年で一番美味いまである」
「でしょ!」
琴穂はドヤ顔で勝ち誇っていた。
可愛いし美味いし優勝決まったな。尚、野菜は明らかに半生だったが考慮しない。
「けどこれ蛋白質たりてないよね。それに金銭的にも――」
「野本、ロジハラやめろ」
「ロジハ……えっ、なに……?」
野本が長々と指摘し始めたので、俺は咄嗟に食い止める。
「野本、認めよう。琴穂の料理に隙はないって」
「柏原くん……真面目にやって」
「ウィッス」
そんな茶番をしてから、続けて卯月の採点に移った。
料理は生姜焼きと鶏モモ肉のチキンソテー。これって――。
「合宿初日の晩飯とほぼ一緒じゃねーか」
「これなら料理選びで失敗する事はないだろ?」
俺は指摘すると、卯月は得意気に言葉を返した。
意外と狡賢いな。そして料理に関しては普通に美味い。
「普段料理とかするんだ?」
「お菓子作りの延長でちょっとだけな」
「卯月は意外と万能だよなあ」
「へへ、さんきゅ。意外は余計だけどな」
「友達少ないのと口悪いところ以外は」
「やっぱ死ね」
胸も小さいしな、とまでは言わなかった。
そんな会話を他所に、恵はドヤ顔で笑みを見せる。
「ふふっ……どうやら今回も私の勝ちみたいだね」
そう言えば、彼女の力量は如何なものなのだろうか。
歌は凄まじく上手かったが、ボウリングは異次元に下手だった。
体は無駄に柔らかい。勉強は苦手だと自称していた。
そんな恵の料理は――。
「……何これ」
「恵スペシャルだよ」
大皿には、ブツ切りになった皮無し鶏胸肉、ブロッコリー、謎の豆が大量に盛られている。
全て茹でただけっぽく、見るからに味気ない。
「なっちゃんも琴ちゃんも脂質多いよね。植物性の蛋白質もないし。その点、恵スペシャルは全部揃ってるからね〜」
そして得意気に語り始めた。
確かに、この恵スペシャルは栄養的には素晴らしいのだろう。
しかし――。
「柏原くん……」
「ああ……」
野本は視線を交わす。
この瞬間、俺達の思想は驚くほどシンクロしていた。
「じゃあお前が食ってみろや」
「じゃあ恵ちゃんが食べてみてよ」
「……」
俺達は口を揃えると、恵は苦笑いしながら視線を逸した。
この恵スペシャルを完食するのは無理がある。白米と食べるとなると尚更無理だ。
結局、高校生なら脂質は大して気にする必要はない。
富士谷は全体的に細身なので尚更だ。脂質を余分に摂ってでも、食が進むような味付けが望ましいだろう。
「じゃ、皆でこれ処理しよっか……」
「処理て……酷くない!?」
「酷いのはお前の料理だよ」
「うわっ……リアルな不味さだ……」
「なんでブロッコリー半生の癖に鶏肉はこんな硬いんだよ……」
その後、俺達は恵スペシャルの処理に追われた。
微妙な歯応えと現実的な不味さは、料理が下手なヒロインが作りがちな暗黒物質よりタチが悪かった。
NEXT→4月30日(金)
季節イベントだけ消化してサクサクッとシーズン再開までいく予定です。