15.助けて女神さまっ!
好きな人を怒らせてしまった翌日、野球部では内野と外野に分かれて、各々でノックを行った。
投手の俺は外野。ノッカーは畦上先生、ボール渡しは恵で、返球はネットに投げる形式だ。
どの高校にもある平凡な練習。その筈なのに、俺は全く集中できず、些細なミスを連発していた。
『かっしーにはわからないよ! バスケも下手で……みんなに嫌われてる私の気持ちなんて!!』
この一言が頭から離れない。
普段は無邪気な金城が、あんなに感情的になっているのは初めて見た。
今思えば全てが間違っていた。
俺は勝手に「金城が部活を続ける」というゴールを作って、そこに導く事だけを考えていた。
彼女に対して全く親身になれていなかった。
発言にしてもそうだ。
俺は集団に迫害された経験がない中で「気持ちはわかる」だなんて、間違っても口にする事じゃなかった。
「ひゃっ!?」
「柏原ゴルァ!! 監督の愛娘を怪我させたら一生干されるぞ!!」
やべ、投げたボールが恵の足を掠めた。
いつも自信ありげな恵が、変な声で叫ぶ姿は少しだけ可愛らしい。
って、そんな事を考えてる場合じゃない。
俺は集団に迫害された経験はない。ただ、個人で言えば近い経験はある。
土村の暴言――は対抗心の裏返しだが、転生前の妻からは邪魔者として扱われていた。
悪意は無かったとはいえ、酷使に関しても被害者と言える。
その中で、転生した俺は被害者になる事から逃げた。
そんな俺がよくもまあ「部活を続けろ」だなんて、偉そうに言えたものだ。
「ぎゃっ!!」
「かーしーはーらー!!」
あ……投げたボールが恵の尻に直撃した。
一旦、練習が中断されたので、慌てて駆け付ける。
「ごめん恵。大丈夫か?」
「いったぁ~。あ、私は大丈……ぶじゃないかも」
恵は俺の顔を見ると、少しだけ微笑んだ。
「畦上先生、ちょっと保健室いってきます。あ、かっしーは責任とって私を連れてってね」
恵がそう言ったので、俺は彼女をおんぶして保健室に向かった。
大きい胸が背中に当たってるとか、太股に挟まれているだとか、そんな事は全く気にならないくらい、周りからの視線がめちゃくちゃ恥ずかしかった。
※
保健室に辿り着くと、恵が「何かあったの?」と聞いてきたので、全てを話した。
「そっか……バスケ部でそんな事があったんだね」
「ああ、ほんとすまん。せっかくヒントくれたのに、全く活かせなかったわ」
「ううん。私も詳しいことは知らなかったし、これは仕方がないよ」
俺達は二人で肩を落とした。
「……それで、無理に引き留めようとしたら怒らせちゃったと」
「言葉もねぇ」
「ま、そりゃそうだよね~。いくら相手が反省しててもそう簡単には仲良くできないし、琴ちゃんはプロ目指してる訳でもないしね~」
落ち込む俺を見て、恵はそう続ける。
そして、ハッと何かを閃いたかのような表情を見せると、
「ねね。じゃあさ、野球部に誘ってみようよ」
なんて言うもんだから、俺は思わず「はぁ!?」と返してしまった。
なに言ってんだコイツ。バスケ辞めるなら野球部でマネージャーしてよ、だなんて言えるわけがない。火に油とはこの事だぞ。
「おいおい、いくらなんでも無茶だろ」
「え~、琴ちゃんって結構ブラコンだし、案外いけると思うけどなぁ」
孝太さんで釣る気かよ。
他人事だからって気楽そうだな、全く。
「まあ理由くらいは聞いてやるわ」
「んー、かっしー的には来てくれたほうが嬉しいでしょ? それに私達も楽になるしね~」
「おいおい、お前が楽したいだけかよ……」
俺はそう返すと、恵は少しムッとした表情を見せる。
「今のは聞捨てならないなぁ。マネージャーの仕事ってすっごく大変なんだよ?
そりゃ運動量は選手より少ないけど……男の子みたいに力もないし、どんなに頑張っても勝敗には繋がらないしね~」
恵が少しだけ不機嫌そうに言ったので、俺は思わず「ごめん」と返してしまった。
マネージャーが楽だとは言ってないし、論点をすり替えられた気がする……が、気にしても仕方がない。
「それに……私はまだしも、なっちゃんは守備にもついてるでしょ?」
「ああ、あれは大変そうだよな。主力は凄い打球飛ばすし」
「そそ! 私が来れない日が増えると、負荷はもっと増えると思うから、もう一人欲しいなって」
来れない日とは何だろう。バイトでもすんのか?
そう思った次の瞬間、ふと恵との出会いを思い出した。
「お、おまえ……まさか今年も女神ゴッコを……」
「当たり前でしょ! だって1年生は7人しかいないんだから。今年の夏に結果が出せれば、正史よりもいい選手が誘えるしね~」
得意気に語る恵に対して、俺は呆れ気味に息を吐いた。
「だから誘ってみてよ。来て良かったって思って貰えるように、私達も頑張るからさ」
「ああ、少し落ち着いたらな」
「だーめっ! 明日声かけてっ!」
「はいはい。じゃ、俺はそろそろ行くぞ」
とんでもない約束をしてしまった。
俺は練習に戻る為、先に保健室を出ようとすると、
「あ、そうだ」
と言って足を止めた。
今日は珍しく恵に失言があった。
いつも言われっぱなしだし、たまには反撃してみよう。
「さっき『マネージャーはどんなに頑張っても勝敗には繋がらない』って言ったけど……そんな事はねーと思うけどな。
マネージャーが頑張ってるお陰で、選手達は練習に集中できるし、二人の為にも勝とうって思えるんだからさ。勝敗にも繋がってんだろ」
俺は得意気に言い放ってみた。
恵は一瞬、目を丸くして固まると、
「……ありがと」
と、頬を赤くして呟いた。
その珍しくしおらしい表情に、不覚にもトキメキかけた。