3.チーム強化案3「環境整備と4スタンス理論」
オフシーズンに突入してから半月以上の時が経った。
選手達は少しずつだが、着実に実力を身に着けている。
一方で、未だに決まらないのが、魔法の紙の使い方だった。
魔法の紙とは何か。
おさらいすると、相沢が記憶した宝クジの当選番号が記載された紙である。
この紙の通りに12月中に宝クジを買うと、運が良ければ1等、順当に行けば2等が当たるらしい。
ここでの問題は「どう使うか」ではなく「誰に託すか」である。
何故なら――未成年者が高額当選券を換金した場合、当選金額は保護者に支払われるからだ。
「……と言う訳で、恵に托そうと思うんだけど」
放課後の教室で、恵にそう問い掛けた。
瀬川監督に預ければ、恵が操作して野球部の為に使えるかもしれない。
そう思ったのだが――。
「無理! お父さんは私のこと溺愛してるけど、それ以上に愛妻家だからね。お母さんの目もあるから大金をホイホイ使うのは難しいよ」
と言われてしまったので、瀬川親子を使う方法は諦めた。
ちなみに、恵の姉に預ける作戦も考えたが、金遣いが凄まじく荒いらしいのでボツになった。
となると――おのずと預ける先は絞られてくる。
「野球部の為に宝クジを買いたいだってぇ?」
そう言って首を傾げたのは、町田の焼き肉おじさんこと畦上先生。
幸い、彼は一人暮らしで彼女も居ない。瀬川監督と違って定年退職もしないので、資金を管理するには適任だった。
「ええ。野球部の為に使いたいので、もし当たったら畦上先生に換金して欲しいんですよね」
「まー構わねーけどよ。ぜってー当たらねーからな! はっはっはっ」
まあ……普通はこういう反応になる。
とりあえず言質は取った。あとは畦上先生を信じるしかない。
もし土壇場で「そんな大金預かれない」と言われたら、使い込まれる覚悟で恵の姉に全てを托そう。
ちなみに、この資金源の使い方はもう決めている。
先ず、グラウンドに黒土を入れる。これは内野の環境を良くして、イレギュラーバウンドを減らす為だ。
現状、富士谷のグラウンドには「川」と呼ばれる雨水が通った跡がある。
これは硬い白土だと、幾ら整備しても完全には埋まらない。
故に、川の凹凸でイレギュラーが誘発されてしまうのだ。
次に、スパイクの特注インソールを購入する。
これは各々の足裏を型取って、一人一人に合った物を手配する予定だ。
狙いとしては、足と靴の隙間を埋める事で、力の伝達効率を飛躍させる。
ちなみに、上記は他スポーツで10年後に流行った案件だった。
最後に、余った資金は全て栄養費に注ぎ込む。
体格は絶対だ。小柄な強打者でも幅はあるし、細身な本格派でも上背はある。
これは毎月の部費も増やして賄う予定だ。それくらいしないと、春から来る後輩の分まで確保できない。
所詮、千万単位の資金で出来るのはこの程度だ。
そう考えると、私学の強豪校――本来在籍していた関越一高は、凄まじい金額を動かしていたのかもしれない。
※
さて――栄養管理は一旦置いといて、インソールをより有効に使う為に取り入れたい理論がある。
その名も4スタンス理論。10年後であれば、知ってる人も少なくないのではないだろうか。
4スタンス理論とは何か。
人間の重心の取り方は全部で4パターンであり、それは先天的に分岐するというものだ。
先ずは前後の重心。爪先側に重心がある人はA、踵側に重心がある人はBに分類される。
次に内外の重心。親指側に重心がある人は1、小指側に重心がある人は2に分類される。
この2つを合わせると、A1、A2、B1、B2の4パターンに振り分けられる。
そして、この4パターンには、それぞれ適した体の使い方が存在する。
この理論を無視してフォームを形成すると、100%の力を発揮できないらしい。
事実、プロゴルファーを目指す人間は、ほぼ全員が4スタンス理論に基づいてフォームを形成する。
他にも、テニス、サッカー、スノーボード、そして野球でも有効な理論だと発表されていた。
「へー。これって有名な野球選手もやってんの?」
「そうだな。例えばだけど、イチロー選手はA1、松井秀喜選手はB2と言われてるよ」
「つまり、B2の人間がイチローのマネしても上手く打てないって事?」
「まあ、凄いざっくり言えばそんな感じだな」
ちなみに、王貞治選手はA2、長嶋茂雄選手はB1という説が有力だ。
また、例として打者ばかり挙げているが、投球にも有効な理論とされている。
尚、具体的な診断方法と体の使い方は割愛。
診断方法は数が多すぎる上に、その殆どが体感で測るので、全て説明すると凄まじい長さになる。
もう一つ、具体的な体の使い方についても、1タイプにつき記事を一つ書けてしまう程度には長い。
ただ一つ補足するなら、A1とB2はクロスタイプ、A2とB1はパラレルタイプに大分類される。
クロスタイプは体を捻った状態、パラレルタイプは体を開いた状態のほうが、力が発揮されやすいらしい。
両投両打や合同練習も含め、オフシーズンに取り組みたい内容は以上の通りだ。
プラスして体の柔軟にも時間を使う。これは怪我の予防になる他、野球の上達にも繋がるらしい。
「じゃー、私がお手本を見せるから、皆もやってみてね〜」
ちなみに、野球部で一番体が柔らかいのは恵である。
その恵が超絶運動音痴な時点で、上達に繋がるかは半信半疑でしかない。
そんな事を思いながらも、恵のお手本を見届けた。
彼女は足を広げて座ると、上半身をべったりと地面に付ける。
本当に軟体動物のように柔らかい。そんな事を思っていると、
「ふむ……悪くないな。他の姿勢も頼む」
「セックス上手そう」
鈴木と堂上が下心を丸出しにした。
この二人は練習よりも人間教育が必要そうだな。
そんな事を思いながら、富士谷高校は冬を迎えるのだった。