2.チーム強化案2「協定と恒例の儀式?」
土曜日、俺達は玉川上水の住宅街を歩いていた。
駅から徒歩15分くらい。畑と民家に囲まれた場所には、私学らしい立派なグラウンドが佇んでいる。
「まさか本当にやって頂けるとは……」
「うーむ、ウチとしてはありがたい限りだな」
指導者達は呆気に取られながら言葉を溢した。
都大二高グラウンド。今日ここで、都大二高との合同練習が行われる。
全ては、都大三高の最強世代を倒す為に。
「やあ柏原くん。よく来たね」
「ああ、今日はよろしくな。取り敢えず練習内容はそっちに従うよ」
「了解。じゃ、選手はその辺で着替えてきて。マネの子には更衣室を案内するから」
そう出迎えてくれたのは相沢だった。
協定の内容は合同練習と練習試合。と言っても、練習試合は間もなく禁止期間に入るので、暫くは合同練習のみとなる。
もう一つ。今日は都大二高Gまで来たが、普段は富士谷Gで行う。
これは富士谷と都大二高Aチームが合同で行い、Bチームは都大二高Gで練習させる為だ。
都大二高の練習はシンプルだった。
変わった事はせず、地味な事を徹底して繰り返していく。
良くも悪くも強豪らしい。人数が居るので、連携の確認もスムーズだ。
その中で、都大二高が力を入れているのがウエイトである。
やはり打撃のチーム、筋肉は欠かせない。そしてプロテインにも拘りがあるらしく、選手によってはオリジナルの調合を行っている。
これは参考にしたい。関越一高では思考停止で全員ズァヴァスだった。
「どう? ウチの練習は」
「関越一高と大差ないな。打撃練習の比重が多いのと、人数が多すぎるのが気になるけど」
「そこはねー。まあ人数に関しては来週からAとBで分けるから問題ないよ」
練習の合間に相沢と言葉を交わす。
都大二高の部員は約70人。推薦が無いというのに、よくここまで集められるものだ。
ちなみに、相沢は同学年のスカウトは行っていない。
一方で、気になる中学生には声を掛けているらしく、既にU―15日本代表と東東京選抜を一人ずつ確保している。
尤も、都大二高は学力がないと入れないので、落ちたら他に流出する事になるが。
「ところで柏原くん、スプリット縛りの件なんだけどさ」
「ん、なんだよ」
「あれから考えたんだけど、全国では少しだけ投げるって、ちょっと漠然としてるよね」
相沢からの指摘が突き刺さる。
彼の言う通り、俺は「甲子園に出たらちょっとは投げたい」としか言っていない。
球数制限の類はないので、俺の匙加減では好きなように投げられてしまうのだ。
「球数制限でもすんのか?」
「うん。ただし、制限内であれば都内でも投げて良いよ。全く投げないというのも感覚が鈍るからね」
「それは助かるな。んで、何球にするよ」
「1日10球にしよう。練習までは監視できないけど、練習でも1日10球にしてね。勿論『昨日投げてないから今日は20球』とかはナシで」
1日10球か。だいぶ緩いような気がしたが、投球練習込みだと非常に苦しい。
ぶっつけ本番で、かつ1打席につき1球だけ使っても、10個しかアウトが取れないという事になる。
これはペース配分も重要になってくるな。
「ま、借りがあるし従うけどよ。ところで確認なんだが、転生に関して何か嘘ついてねーよな?」
ふと、相沢に疑問を投げ掛けてみた。
恵の件もあって、少し転生絡みの事で敏感になっている。
相沢も何か隠しているのでは……と、つい疑ってしまった。
「柏原くん……俺が転生絡みで嘘を付く理由がないよ」
「まあ分かってるけどよ。なんか胡散臭いんだよな」
「酷くない!? まー証明はできないけどさ。けど断言はしとくよ、俺は絶対に嘘をつかないって」
そこまで言うのなら信じるしかない。
それよりも恵だ。結局、本当の死因の手掛かりは何も掴めていない。
かと言って問い詰めると、また機嫌を損ねそうなので、膠着状態が続いているのが現状だった。
「あ、そうだ」
俺が考え込んでいると、相沢は唐突に言葉を溢した。
「なんだよ」
「せっかくだし、一つ小技を伝授しとくよ」
「小技ぁ?」
「まあ見てて」
相沢は辺りを見渡してから、小さく深呼吸した。
右手を前に振り翳す。そして――。
「ステータスオープン!」
と叫び出したが、特に何も起こらなかった。
急にどうした。頭がおかしくなったのか……?
「……もしAランクの転生者なら、これで転生に関する検索エンジン画面的なやつが出てくる」
「嘘だろ……」
ふざけているようにしか思えないが、相沢は表情を崩さなかった。
どうやら本気で言っているらしい。
「柏原くんもやってみてよ」
「なんでだよ」
「いや、柏原くんが本当はAランクで、俺を泳がせて遊んでる可能性もある訳じゃん?」
「俺が騙す理由ねえだろ。まあいいけどよ」
俺は呆れ気味に言葉を溢すと、小さく息を吐いた。
右手を前に振り翳す。そして――。
「ステータスオープン!」
と叫んだが、やはり何も起きなかった。
ふと相沢に視線を向ける。彼は腹を抱えながらゲラゲラと笑っていた。
「顔面に一発いっとくか??」
「ま、待って! これハメたとかじゃなくガチだからね! ただ柏原くんが思ったよりキメ顔だったのが面白くて……ブッ!」
相沢は再び笑い出したので、軽く蹴りをお見舞いした。
やっぱコイツは信用できない。全て話半分で捉えて良いだろう。
「あの二人、初日なのに仲良いな〜」
「1年生の主力同士だから分かり合えるんじゃね?」
「グラスラ打った打たれたの仲だけどな……」
気付けば、都大二高の選手達から注目されていた。
相沢といるとロクな事がなさそうだ。来週からは折坂や湯元(都大二高の1年生の主力)と一緒に居よう。
※
練習後、恵と二人になる機会があったので、ステータスオープンの事を報告した。
「へえ〜、そんな判別方法があるんだね〜」
「ああ。恵もやってもらっていいか?」
一応、恵にもやらせてみる。
彼女は嘘や隠し事が多いので、これも試して貰ったほうが良いだろう。
「えー……ってか、私がAランクだったら、夏の相沢くんには気付いてるよ」
「そうだけど一応な。いいからやってみてくれ」
俺は真剣に訴えると、恵は小さく息を吐いた。
彼女は表情を強張らせて、右手を前に振り翳す。そして――。
「ステータスオープン!!」
と叫んだが、予想通り何も起きなかった。
その瞬間、俺は右手で口を抑える。堪えていた笑いが一気に出そうになってしまった。
「かっしー……流石に怒るよ??」
「いや、これ相沢はガチで言ってたからな。ただ恵が思ったよりキメ顔だったから……ぷっ」
俺は再び笑い出すと、思いっきり左肩を叩かれた。
その後、恵に追いかけ回されたが、運動音痴の彼女が追い付ける筈もなく、秒で音を上げていた。