1.チーム強化案1「夜間練習と左右のバランス」
都大三高に敗北した翌日、富士谷高校では練習前にミーティングが行われた。
先ずは島井さんが中心になって、当たり障りのない反省会が開かれる。
続けて、自由に意見できる場が設けられたので、俺は教壇の前に立った。
要件を黒板に書き連ねる。
内容は他でもない、練習時間の変更だ。
尚、内容は下記の通りである。
・平日の練習時間を20時迄とする。
・ミーティングは火曜日の練習前に行い、月曜日は完全定休日とする。
・土曜日は基本的に都大二高との合同練習or練習試合とする。
練習時間の確保も大事だが、選手のモチベーション維持も重要になってくる。
という事で、不定期的にミーティングを行っていた月曜日を完全に休みにした。
実際、月曜日が休みの強豪校は多い。都大二高も月曜日が休みと聞いた。
「じゃ……顔を伏せて、賛成の方は手を上げてください」
俺はそう言って、静かになった教室を見渡した。
ほぼ全員が自主的に手を上げている。ただ1人、堂上を除いては。
「何か不服なのか?」
「当然だ。20時迄と生温い事は言わず、終電まで練習すれば良いだろう。何なら学校に住んでも良い」
「無理に決まってんだろ。ぜってー教育委員会に怒られるわ……」
堂上は相変わらず席でふんぞり返っていた。
何はともあれ、これで全員が夜間練習に賛成したという事になる。
「皆の合意は得られたんですけど、どうでしょう」
「いいんじゃないか? ねぇ瀬川さん」
「うーん……」
続けて、俺は指導者達に問い掛けた。
畦上先生は肯定的だ。一方で、瀬川監督は首を傾げている。
「だいぶ時間が遅くなるのがな。選手達は心配ないだろうが……」
瀬川監督は顎を擦りながら言葉を続けた。
なるほど、マネージャー達……というか愛娘の恵が心配な訳か。
「じゃあ、マネージャーは今まで通りの時間で帰しましょうか」
畦上先生は小さな声で瀬川監督に囁いた。
瀬川監督は満足気に頷く。しかし、そこで手を挙げたのが恵だった。
「あ、私は大丈夫ですよ。お父さんと一緒に帰るんで。ねっ、それでいいでしょ〜?」
恵はドヤ顔で言い放つと、瀬川監督には媚びた声で言葉を続けた。
瀬川監督は「それなら仕方がない」と諦めた様子だった。
「私も大丈夫です。ってか、バイトしてる連中はもっと遅い時間までやってますし……」
「じゃ、じゃあ私もっ!!」
続けて、卯月と琴穂も便乗した。
流石に琴穂は心配である。あまりにも可愛すぎるので、誰に狙われるか分かったもんじゃ――。
「琴穂、無理してないか?」
「かっしーと帰るから大丈夫っ! 卒業まではお兄ちゃんもいるし!」
卯月の問い掛けに、琴穂は元気良く言葉を返した。
よし、残る事を認めよう。ちなみに、孝太さんは結構な頻度で練習に来ている。まあ出番は遠のいているが。
「(うわぁ、めっちゃ点差開くじゃん……!)」
「(一応、俺も一緒の方向なんだが……)」
恵と近藤は何故か微妙な表情をしていた。
何はともあれ、これで本当の意味で全員が参加する事になった。
※
日を跨いで火曜日、初めての夜間練習が行われる事となった。
甲子園が見えている事もあり、照明設備の使用許可は簡単に得られたらしい。
「んで、具体的には何がしたいんだ?」
「シンプルに時間を増やすだけでも良いんですが……ちょっと工夫したいですね。選手集めて貰っても良いですか?」
俺は畦上先生に選手を集めるよう伝えた。
富士谷の平日練習は、水曜日と金曜日がマシン打撃、火曜日と木曜日がそれ以外(内外野分かれてのノックがメイン)となる。
これを毎日両方行っても良いのだが、あえてベースの予定は変えずに、新たな方法を組み込んでいく。
「えっと、今日から皆さんには、両投両打の練習をやってもらおうと思います」
俺は選手達の前でそう告げた。
練習内容は変えずに、今までの練習を左右両方で行う、というのが俺の案である。
「確かに、富士谷は左打ち少ないもんね……」
「投手に至っては右の本格派しかいねーしな」
「いや、そういう事じゃない。あくまで左右のバランスを鍛える為にだな」
ちなみに、左打者やサウスポー不足を解消する為ではない。
これはあくまで、両腕両足を同じように扱えるようにする練習となる。
「それ意味あんの?」
「うーん……そうだな。よし渡辺、グローブ外してみ」
「え、俺……?」
京田に意味を問われたので、俺はあえて渡辺に問い掛けた。
渡辺はグローブを地面に置くと、俺は白球を軽く放り投げる。
「片手で!」
「えぇっ!?」
渡辺は少し戸惑いを見せると、咄嗟に出した右手で白球を掴んだ。
「なんで右手で掴んだ?」
「えっ? 反射というか、なんか捕りやすかったというか……」
「そう、普通は利き手のほうが捕りやすいんだよ。けど投げるという動作があるから、俺達は左手で捕る事を強いられているんだ」
一般論になるが、何事においても利き手の方が扱いやすい。
それは捕球も同じである。よく利き手にグラブを付けようとする素人がいるが、これは利き手のほうが捕りやすいと脳が判断しているからだ。
また、今のように素手で捕らせると、経験者でも利き手が出てしまう事がある。
これは守備が下手な人ほど顕著に出る。恐らく、京田だったら左手で捕っていただろう。
だから悪い見本として、暫定失策王の渡辺にボールを放ってみた。
「なるほどなー。けどこれって、元々左手で楽に捕れる人は意味ないんじゃ?」
「んな事はない。単純に両手の操作性が上がるし、そもそも守備に限った話じゃないからな」
勿論、この練習は守備が上手い人間にも効果がある。
バッティングでも両手を使うので尚更だ。手足を思ったように動かすという事も、左右の筋肉バランスというのも、野球においては重要な要素なのだ。
ちなみに、これは他のスポーツでも実証されている。
例えばスノーボード、スケートボードと言った横乗りスポーツ。
上記のスポーツは、右利きの人間はレギュラースタンス(左足が前)で滑るのだが、逆を向いて滑るスイッチ滑走の練習をすると、レギュラーの滑りも上達するという報告が出ている。
まあ……総括すると、左右のバランスは非常に大事という事だ。
「確かに、右打ちの人こそ左手の使い方が大事って聞くしね……」
「17年生きてきたけど、この発想は無かったぜ」
「ああ、さすがエース様だ!」
阿藤さん、島井さん、田村さんが言葉を並べた。
その姿を見て、俺はかつてないくらい顔を歪めてしまう。
「そのクソみたいなヨイショ要ります???」
「いや……わりぃ。なんか勝手に口が動いたんだよ」
「ああ、使命感みたいなのが舞い降りたよな……」
そのノリはこの時代に存在しない。
そんな事を思いながら、富士谷野球部の夜間練習はスタートした。
▼秋季東京大会決勝
帝__皇100 000 000=1
都大三高301 000 21x=7
【帝】伊東(2.1)、松川(3.2)、白石(1)、松川(1)―石川
【三】吉田(8)、宇治原(1)―木更津
ちょっと理屈っぽいチーム強化シリーズだけサクサクっと日刊で投稿します。(全4話)
以降は2日に1作のペースで投稿していこうと思います。