表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
143/699

71.女神さまの隠し事

 都大三高との試合後、俺と恵は何時もの喫茶店を訪れていた。

 内容は他でもない。今日の反省と今大会の総括である。

 尤も、目標だったベスト4は無事達成。裏側で行われた勧誘も豊作だった為、大して反省するような事はない。

 結局、話は脱線して雑談に移っていった。


「それにしても、かっしーが木田くんに誘われた時はヒヤッとしたなぁ〜」


 恵は白々しい表情で言葉を溢す。

 あの時、恵は何故かドヤ顔を決めていた。大嘘も良い所である。


「嘘つけ。余裕綽々としてた癖に」

「あはは、まあね〜。かっしーなら行かないって信じてたよ。琴ちゃんも居るしね」

「別に琴穂だけじゃねえけどな。お前や卯月も居るから残ったんだよ」

「そっか。……ありがと」


 恵は少しだけしおらしい表情を見せる。

 沈黙が微妙に重い。普段は恵が喋り続けているから尚更だ。


「……それに、京田や近藤も変われそうだったしな。ようやくチームが一つになろうって所で水は差せねえよ」

「あー、それね〜! 陽ちゃんがあんな真剣に悩んでるの初めて見たかも!」


 俺は苦し紛れに言葉を繰り出すと、恵は言葉を続けてきた。

 まあ……色々と語ったが、都大三高に行く気は端から微塵もない。

 木田と同じチームで過ごすなど、金を貰えるとしてもお断りである。


「ふふっ、これで陽ちゃんとも仲良くやれそう?」

「べっつに最初から不仲じゃねえって。お前そのネタで煽るの好きだよなぁ」


 俺は呆れ気味に言葉を溢すと、恵は少し寂しげな表情を見せる。


「ほら、陽ちゃんって正史の富士谷にも居た唯一の1年生だからさ。悪い意味で都立らしい子だけど、仲良くやって欲しいなって」


 恵はそう続けると、俺は言葉に詰まってしまった。

 彼女が招いた事態とはいえ、富士谷の選手は殆どが入れ替わっている。

 そう考えたら、唯一の生き残りである京田には、頑張って欲しいと思う気持ちも分か――。


「いや、野本も居ただろ。ナチュラルに省くなよ」


 理解しそうになった所で、野本の存在を思い出した。

 彼は正史の学年主将である。忘れるなんてとんでもない。


「あ〜……ほら、のもっちはなっちゃん派だったからさ、喋る機会が少な――」


 恵はそこまで言い掛けると、ハッとした表情で口を隠した。


「んだよ、なっちゃん派って。派閥でもあったのか?」

「ま、まっさかぁ〜。あれだよ、本来はかっしーもどのーえも鈴木も居なかった訳じゃん? なっちゃんの貴重な男友達と仲良くし過ぎるのは……その……アレじゃん?」


 恵は目線を逸しながら、白々しく語ってきた。

 彼女は口が滑り易いし嘘が下手だ。そして――この件に関しては少し心当たりがある。


 以前、恵が猥談を持ち掛けて来た時、彼女の口から「卯月に下ネタが通じない」という話が語られた。

 その際、語られた具体的なエピソードは2つ。何れも今史の出来事だった。

 スガオオリジナルの件に関しては「3人で」と言っていたので間違いない。


 今思えば可笑しかったのだ。

 普通、同じ部活で2年半も一緒に過ごせば、下ネタが通じない事くらい分かる筈。

 それなのに、恵は通じない話題を卯月に振った。理解されず、弄りにすらならないにも関わらずに。


「おまえ、本当は卯月と仲悪かったんだろ」


 俺はそう問い掛けると、恵の表情が曇った。

 考えられる理由は一つしかない。正史においては仲が悪く、卯月の事をあまり知らなかったのだ。


「はぁ……そこは気付かないフリして欲しかったなぁ」


 恵は大きく息を吐くと、言葉を続ける。


「けど少しハズレ。今回より時間は掛かったけど仲良くなれたよ。……途中まではね」

「聞いていいか?」

「前に家のこと聞いちゃったし、かっしーに聞かれたら断れないよ」


 何か申し訳ない、と思いつつも耳を傾ける。


「2年目の5月にね、なっちゃんの親戚の子が居る高校と練習試合を組んだの」

「優華……いや華恋だっけ? そんな感じの名前なのは聞いたな」

「そうそう。それでさ、せっかく女の子が居るチームが相手だから、なっちゃんも出たらって持ち掛けたの。その時に口論になっちゃってさ」


 恵はそう言って窓の外を見た。





「なっちゃん、次の練習試合でてみない?」

「んー、いいや」

「1打席か1イニングだけでいいから!」

「断る」

「三振してもエラーしても誰も笑わないって。だから出てみようよ〜」

「嫌って言ってんだろ。あんましつこいと怒るぞ」

「華恋ちゃんは出るのに……。あっ、もしかして怖いの? やーいやーい意気地なし〜」

「は……? お前もういっぺん言ってみろよ!!」

「ちょっ、そんなに怒ることないじゃん! なっちゃんの意気地なし!!」

「っ……! お前に私の何が分かるんだよ!! 素人の癖に!!」

「二人とも止めろよ! くそっ、誰か中里か野本呼んできて! これヤベーって!」





 当時の事を語り終えると、恵は少し辛そうな表情を見せた。


「それから先は地獄だったね。半泣きのなっちゃんにガチビンタ食らったよ」

「まあ……これはお前が悪いわ」

「分かってる。なっちゃんがどんな想いで野球を辞めたかも知らなかったし、意地になっちゃったのも認めるよ」


 恵は「けどね」と言葉を繋ぐ。


「なっちゃんが野球する所、どうしても見たかったんだ。それなのに仲違いしちゃって、『卯月さん』『瀬川さん』って呼ぶ仲になって……」


 そんな恵夏は見たくない……と茶化す隙も無いくらい、恵は俯いてしまった。


「それで今回は仲良く終わろうと立ち回ってる訳か」

「うん。けど、それだけじゃないんだよね」


 恵はアイスコーヒーに口を付けると、再び口を開いた。


「死ぬ間際にね、野球部の皆がお見舞いに来ててさ、なっちゃんは私に抱き着いてたの。ずーっと泣きながら謝ってた。悪いのは私なのにね」

「派閥っぽいのまで出来ちゃったけど、本当は向こうも仲直りを望んでいたと」

「そう! 正史の富士谷じゃ甲子園は遠すぎたし、これが一番の未練だったまであるよ!」


 なるほどな。

 かつて相沢は、転生条件の一つとして「高校時代に未練がある」というものを挙げていた。

 正史の富士谷では、瀬川監督と甲子園に行くのは不可能に近い。そう考えたら、転生のトリガーになったのは、卯月への未練だったのかもしれないな。


「ま〜長々と話したけど、今回は大丈夫だから心配しないで。都大三高に転校して春夏連覇するより簡単だよ」

「そうかもな。ま、お前は口が滑りやすいから、それだけは気を付けろよ」

「余計なお世話ですぅ〜。じゃ、今日はそろそろ帰ろっか」


 そんな感じで、恵とは別れて帰路に着いた。

 本来は仲違いする相手への罪滅しか。少しばかり尊みを感じるな。


 さて――なにはともあれ、チームは一つに纏った。

 今なら夜間練習も理解されるかもしれない。そうなったら出来る事も増えてくる。

 それと例の資金源。アレの使い方も考える必要があるな。


 後は選抜出場が決まれば言う事はない。

 選抜は楽しみながら勝てる所まで勝って、待望の新入生を歓迎して――。


「あれ……?」


 ふと、そこで異変に気付いた。

 何かがおかしい。その不可解な矛盾に辿り着く迄に、そう時間は掛らなかった。


 俺は確かに覚えている。

 東山大菅尾に勝利した2日後、何時もの喫茶店で、恵に死因を聞いた時の返答を。


『んっと……交通事故。たぶん即死だったんじゃないかなぁ』


 何故――交通事故でたぶん即死だった人間が、お見舞いに来て貰い、その光景まで覚えているのだろうか。

 そもそも、交通事故で即死しているなら、死ぬ間際は公道にいる筈。

 どう考えても、今日のエピソードと交通事故で即死が繋がらないのだ。


 おかしい。

 今日の証言と以前の証言で矛盾がある。

 ただ聞く限りだと、今日聞いたエピソードが嘘には思えない。

 つまり――交通事故で死んだという証言が嘘という事になる。


「恵……お前は何を隠してるんだ?」


 恵はまだ何か隠し事をしている。

 それも――3年以内に訪れるであろう死期の事で。

 その事実に不安を覚えながら、シーズンオフを迎える事になった。

これにて2章完結になります。

本当はもう少し手短に纏める予定でしたが、色んな意味で長めになってしまいました。

高校野球は夏が本番という部分で、他の期間はもう少しコンパクトにできるよう頑張ります……!


3章は4月25日(日)からスタートです。

その間に2章で新規登場したキャラの紹介と閑話等を投稿できたらな〜と考えています。


最後になりましたが、いつもブクマ、評価、コメント等々ありがとうございます!

凄く励みになってます。糧にして投稿頻度を上げられるよう頑張ります……!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ