71.女神さまの隠し事
都大三高との試合後、俺と恵は何時もの喫茶店を訪れていた。
内容は他でもない。今日の反省と今大会の総括である。
尤も、目標だったベスト4は無事達成。裏側で行われた勧誘も豊作だった為、大して反省するような事はない。
結局、話は脱線して雑談に移っていった。
「それにしても、かっしーが木田くんに誘われた時はヒヤッとしたなぁ〜」
恵は白々しい表情で言葉を溢す。
あの時、恵は何故かドヤ顔を決めていた。大嘘も良い所である。
「嘘つけ。余裕綽々としてた癖に」
「あはは、まあね〜。かっしーなら行かないって信じてたよ。琴ちゃんも居るしね」
「別に琴穂だけじゃねえけどな。お前や卯月も居るから残ったんだよ」
「そっか。……ありがと」
恵は少しだけしおらしい表情を見せる。
沈黙が微妙に重い。普段は恵が喋り続けているから尚更だ。
「……それに、京田や近藤も変われそうだったしな。ようやくチームが一つになろうって所で水は差せねえよ」
「あー、それね〜! 陽ちゃんがあんな真剣に悩んでるの初めて見たかも!」
俺は苦し紛れに言葉を繰り出すと、恵は言葉を続けてきた。
まあ……色々と語ったが、都大三高に行く気は端から微塵もない。
木田と同じチームで過ごすなど、金を貰えるとしてもお断りである。
「ふふっ、これで陽ちゃんとも仲良くやれそう?」
「べっつに最初から不仲じゃねえって。お前そのネタで煽るの好きだよなぁ」
俺は呆れ気味に言葉を溢すと、恵は少し寂しげな表情を見せる。
「ほら、陽ちゃんって正史の富士谷にも居た唯一の1年生だからさ。悪い意味で都立らしい子だけど、仲良くやって欲しいなって」
恵はそう続けると、俺は言葉に詰まってしまった。
彼女が招いた事態とはいえ、富士谷の選手は殆どが入れ替わっている。
そう考えたら、唯一の生き残りである京田には、頑張って欲しいと思う気持ちも分か――。
「いや、野本も居ただろ。ナチュラルに省くなよ」
理解しそうになった所で、野本の存在を思い出した。
彼は正史の学年主将である。忘れるなんてとんでもない。
「あ〜……ほら、のもっちはなっちゃん派だったからさ、喋る機会が少な――」
恵はそこまで言い掛けると、ハッとした表情で口を隠した。
「んだよ、なっちゃん派って。派閥でもあったのか?」
「ま、まっさかぁ〜。あれだよ、本来はかっしーもどのーえも鈴木も居なかった訳じゃん? なっちゃんの貴重な男友達と仲良くし過ぎるのは……その……アレじゃん?」
恵は目線を逸しながら、白々しく語ってきた。
彼女は口が滑り易いし嘘が下手だ。そして――この件に関しては少し心当たりがある。
以前、恵が猥談を持ち掛けて来た時、彼女の口から「卯月に下ネタが通じない」という話が語られた。
その際、語られた具体的なエピソードは2つ。何れも今史の出来事だった。
スガオオリジナルの件に関しては「3人で」と言っていたので間違いない。
今思えば可笑しかったのだ。
普通、同じ部活で2年半も一緒に過ごせば、下ネタが通じない事くらい分かる筈。
それなのに、恵は通じない話題を卯月に振った。理解されず、弄りにすらならないにも関わらずに。
「おまえ、本当は卯月と仲悪かったんだろ」
俺はそう問い掛けると、恵の表情が曇った。
考えられる理由は一つしかない。正史においては仲が悪く、卯月の事をあまり知らなかったのだ。
「はぁ……そこは気付かないフリして欲しかったなぁ」
恵は大きく息を吐くと、言葉を続ける。
「けど少しハズレ。今回より時間は掛かったけど仲良くなれたよ。……途中まではね」
「聞いていいか?」
「前に家のこと聞いちゃったし、かっしーに聞かれたら断れないよ」
何か申し訳ない、と思いつつも耳を傾ける。
「2年目の5月にね、なっちゃんの親戚の子が居る高校と練習試合を組んだの」
「優華……いや華恋だっけ? そんな感じの名前なのは聞いたな」
「そうそう。それでさ、せっかく女の子が居るチームが相手だから、なっちゃんも出たらって持ち掛けたの。その時に口論になっちゃってさ」
恵はそう言って窓の外を見た。
※
「なっちゃん、次の練習試合でてみない?」
「んー、いいや」
「1打席か1イニングだけでいいから!」
「断る」
「三振してもエラーしても誰も笑わないって。だから出てみようよ〜」
「嫌って言ってんだろ。あんましつこいと怒るぞ」
「華恋ちゃんは出るのに……。あっ、もしかして怖いの? やーいやーい意気地なし〜」
「は……? お前もういっぺん言ってみろよ!!」
「ちょっ、そんなに怒ることないじゃん! なっちゃんの意気地なし!!」
「っ……! お前に私の何が分かるんだよ!! 素人の癖に!!」
「二人とも止めろよ! くそっ、誰か中里か野本呼んできて! これヤベーって!」
※
当時の事を語り終えると、恵は少し辛そうな表情を見せた。
「それから先は地獄だったね。半泣きのなっちゃんにガチビンタ食らったよ」
「まあ……これはお前が悪いわ」
「分かってる。なっちゃんがどんな想いで野球を辞めたかも知らなかったし、意地になっちゃったのも認めるよ」
恵は「けどね」と言葉を繋ぐ。
「なっちゃんが野球する所、どうしても見たかったんだ。それなのに仲違いしちゃって、『卯月さん』『瀬川さん』って呼ぶ仲になって……」
そんな恵夏は見たくない……と茶化す隙も無いくらい、恵は俯いてしまった。
「それで今回は仲良く終わろうと立ち回ってる訳か」
「うん。けど、それだけじゃないんだよね」
恵はアイスコーヒーに口を付けると、再び口を開いた。
「死ぬ間際にね、野球部の皆がお見舞いに来ててさ、なっちゃんは私に抱き着いてたの。ずーっと泣きながら謝ってた。悪いのは私なのにね」
「派閥っぽいのまで出来ちゃったけど、本当は向こうも仲直りを望んでいたと」
「そう! 正史の富士谷じゃ甲子園は遠すぎたし、これが一番の未練だったまであるよ!」
なるほどな。
かつて相沢は、転生条件の一つとして「高校時代に未練がある」というものを挙げていた。
正史の富士谷では、瀬川監督と甲子園に行くのは不可能に近い。そう考えたら、転生のトリガーになったのは、卯月への未練だったのかもしれないな。
「ま〜長々と話したけど、今回は大丈夫だから心配しないで。都大三高に転校して春夏連覇するより簡単だよ」
「そうかもな。ま、お前は口が滑りやすいから、それだけは気を付けろよ」
「余計なお世話ですぅ〜。じゃ、今日はそろそろ帰ろっか」
そんな感じで、恵とは別れて帰路に着いた。
本来は仲違いする相手への罪滅しか。少しばかり尊みを感じるな。
さて――なにはともあれ、チームは一つに纏った。
今なら夜間練習も理解されるかもしれない。そうなったら出来る事も増えてくる。
それと例の資金源。アレの使い方も考える必要があるな。
後は選抜出場が決まれば言う事はない。
選抜は楽しみながら勝てる所まで勝って、待望の新入生を歓迎して――。
「あれ……?」
ふと、そこで異変に気付いた。
何かがおかしい。その不可解な矛盾に辿り着く迄に、そう時間は掛らなかった。
俺は確かに覚えている。
東山大菅尾に勝利した2日後、何時もの喫茶店で、恵に死因を聞いた時の返答を。
『んっと……交通事故。たぶん即死だったんじゃないかなぁ』
何故――交通事故でたぶん即死だった人間が、お見舞いに来て貰い、その光景まで覚えているのだろうか。
そもそも、交通事故で即死しているなら、死ぬ間際は公道にいる筈。
どう考えても、今日のエピソードと交通事故で即死が繋がらないのだ。
おかしい。
今日の証言と以前の証言で矛盾がある。
ただ聞く限りだと、今日聞いたエピソードが嘘には思えない。
つまり――交通事故で死んだという証言が嘘という事になる。
「恵……お前は何を隠してるんだ?」
恵はまだ何か隠し事をしている。
それも――3年以内に訪れるであろう死期の事で。
その事実に不安を覚えながら、シーズンオフを迎える事になった。
これにて2章完結になります。
本当はもう少し手短に纏める予定でしたが、色んな意味で長めになってしまいました。
高校野球は夏が本番という部分で、他の期間はもう少しコンパクトにできるよう頑張ります……!
3章は4月25日(日)からスタートです。
その間に2章で新規登場したキャラの紹介と閑話等を投稿できたらな〜と考えています。
最後になりましたが、いつもブクマ、評価、コメント等々ありがとうございます!
凄く励みになってます。糧にして投稿頻度を上げられるよう頑張ります……!