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68.No.1は誰の手に

都大三100 100 01=3

富士谷200 000 00=2

【三】吉田―木更津

【富】堂上、柏原―近藤

 二死満塁となった所で、田村さんは主審の元へと駆け寄った。

 続けて、畦上先生が俺の名前を叫ぶ。田村さんからは投手用のグラブが手渡された。


「富士谷高校。シートの変更をお知らせ致します。ピッチャーの堂上くんがライト、ライトの鈴木くんがファースト、ファーストの柏原くんがピッチャーに入ります」


 その瞬間、球場はどよめきに包まれた。

 1点ビハインド、二死満塁、打者は世代No.1内野手の木田哲人。

 そして――マウンドには、今大会26回1/3を投げて無失点の柏原竜也がいる。

 客としては、これ以上とない見所なのだろう。


 この交代はやむをえなかった。

 21世紀枠という保険があるとはいえ、一般選考での出場も狙える展開である。

 一人だけなら問題ない筈。瀬川監督もそう判断した。


「わざわざグラスラを打たれにくるなんて、凡人くんは実に物好きだなぁ!」


 7球の投球練習の最中、木田がそう煽ってきた。

 別に好き好んで登板した訳ではない。俺は監督の指示で登板しただけである。



――ま、投げたかったのは当たってるけどな。



 二週間ぶりのマウンドで、俺はセットポジションに入った。

 たった二週間。その筈なのに、ここから見える景色が懐かしく思える。


「さあ始めよう凡人くん! 僕が一番という事の証明をね!」


 木田は左打席でバットを構えた。

 満を持して登板したが、コイツを抑えるビジョンは全く無い。

 相沢との取り引きの関係で、スプリットが投げられないから尚更だ。


 一つ可能性があるなら、合宿で教えて貰ったナックルだが――ここで試すのはリスキー過ぎる。

 あれから少しは上達したものの、死球で押し出す可能性がある以上、精度の低い球は投げられない。


 既存の持ち球でやり過ごそう。

 さて、先ずは初球。近藤のサインはスプリッ――。


「ちょっと待てや」


 そこで俺はタイムを取った。

 伝令は使い切っているので、近藤だけをマウンドに呼び出す。


「どうした?」

「いや、故障明けなの分かるよな????」

「けどコイツ抑えるには使うしか……」

「いいんだよ秋なんて打たれても。いいから他の球でやり過ごすぞ」

「ウィッス」


 相沢との件は話すと長くなる……というか話す訳にはいかないので、適当にお茶を濁した。

 しっかし、決め球ゴリ押しマンの近藤にリードは期待できないな。

 ここは自分で組み立てよう。


 先ずは初球、外角低めのサークルチェンジ。

 木田は悠々と見送る。少し外れたように見えたが、審判の右腕が上がった。


「広いなぁ。ま、天才の僕なら打てるから問題ないけどね!」


 そう口にする木田は、審判に物凄く睨まれていた。

 今更ながら彼の弱点が一つ分かった。審判に嫌われすぎてゾーンが広い。

 ただ、その実質ボール球でもヒットにしてくるので、このキチガイの相手は本当に疲れる。


 二球目、もう一度サークルチェンジ。

 今度は初球よりも大袈裟に外す。しかし――木田はバットを出すと、特大の当たりがレフトのポール際に飛んでいった。


「ファール!」


 打球は僅かに切れてファール。客席からは安堵と落胆の息が漏れた。

 大袈裟に外してこの当たりだ。普段なにを食べたらこんな打者に育つのだろうか。


 さて、追い込んで三球目。

 彼に釣り球は必要ない。というか、ぶっ叩かれてスタンドに運ばれる可能性すらある。

 三球勝負で問題ないだろう。


 俺はセットポジションから腕を振り抜いた。

 ここで選択したのは外のスクリュー。サークルチェンジよりも落差のある球で、打ち損じか空振りを狙う。


 俺が放った白球は、外角の地面スレスレに曲がっていった。

 しかし――木田はバットを出すと、凄まじい弾丸ライナーが三塁側スタンドを襲う。

 判定は当然ながらファール。幸い観客には当たらなかった。


「だからさ、そういうの無駄だって前も言ったじゃん? 早く決め球で勝負しようよ!」


 木田はそう言って煽ってきた。

 成程、夏にスプリットを全く打てなかった事を根に持ってる訳か。

 2球で追い込めたのも納得だ。そこまで意識してくれているなら、付け入る隙は十分にある。


 四球目、ワンバウンドするスクリュー。見逃されてボール。

 五球目、外角に外れたサークルチェンジ。綺麗に流されたが、レフト線への当たりはファール。

 六球目、更に遠いサークルチェンジ。これは流石に見逃されてボールとなった。


 徹底した遅い変化球攻めで、その場を何とか凌いでいく。

 木田は流石と言わざるを得ない。スプリット待ちにも関わらず、遅い球をしっかり待てている。

 段々とフェアゾーンに近付いているので、そろそろ年貢の納め時かもしれない。


 さて、この二球種では決められない以上、夏に投げた球で決める事になる。

 通用したスプリットは投げられない。ツーシーム、高速スライダーは簡単に打たれた。

 となると――投げられる球は一つしかない。


「茶番は終わりにしよう凡人くん! グラスラを打たれるか、スリーベースでサイクル安打を献上するか、今なら好きな方を選んでいいよ!」


 木田は相変わらず口が減らないな。

 俺は無視してセットポジションに入る。あまり長くは持たず、テンポよく左足を上げた。


 俺が投げられる魔球はスプリットだけじゃない。

 シンプルかつ物珍しい一球で――このキチガイを抑え込む。


 俺は腕を振り抜くと、スピンの掛かった速球は内角低めに吸い込まれた。

 木田は豪快なフルスイングで迎え撃つ。その瞬間、けたたましい金属音が球場に響いた。


「おおおお〜!!」


 白球は歓声と共に高々と上がっていった。

 天をも貫きそうな打球を、少し眩しい太陽に耐えながら見上げる。

 そして――。


「アウトォ!」


 ちょうどマウンドに落ちてきた打球を、俺はグラブでしっかりと捕えた。


 最後の球はストレート。

 サイドスローから放つバックスピンの掛かった球は、打者から見て浮き上がるように見える。

 スプリット待ちなら尚更、この軌道は伸びるように感じただろう。


 残念だったな、木田。

 こっちは人生二周目。そう簡単には世代最強の座は譲れないぜ。

都大三100 100 010=3

富士谷200 000 00=2

【三】吉田―木更津

【富】堂上、柏原―近藤


NEXT→4月17日(土)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 実際に高校野球を経験していないと分からないであろう舞台裏や大小の細かい諸々が垣間見える事。 21世紀枠の選考基準に関する生臭さには笑いましたw [一言] ランキングから来ました。 通しで楽…
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