14.遅すぎた初動
柏原視点に戻ります。
明神大八玉戦の翌日、俺を待っていたのは、あまりにも無惨な姿の金城だった。
「あ、かっしー……おはよ」
金城は今にも泣きそうな声でそう言った。
左手首は包帯が厳重に巻かれている。その様子は見るからに、ちょっと捻ったってレベルではない。
「おはよ。その左手どうした?」
「ちょっと練習中に転んじゃって……」
そこに無邪気で明るい金城の姿は無かった。
まだ1年生の彼女が、怪我でここまで落ち込む物だろうか。
まさか……選手生命に関わるような怪我なのか?
聞きたい。けど今ここで聞いたら、彼女の心にトドメを刺してしまいそうな気がする。
「あっ……ごめん、ちょっとといれ」
金城が席を立った。
教室から消えるのを確認してから、俺は苗場春香の席へと向かう。
「苗場、何があったんだ?」
「ああ、うん。それがね……」
彼女は淡々と語り始めた。要約するとこうだ。
金城は、主将の新野さんに贔屓にされていて、それが原因かはわからないが、2年生達から反感を買っていた。
その中で、紅白戦の最中、2年生の田中さんに足を掛けられ、転倒の際に左手首を怪我してしまった。
「……ひでぇ話だな」
「そう! みんな酷いんだよ! 真希や紗良も見て見ぬふりだし!」
その2人は1年生か。
人の名前を覚える必要はないな。俺は復讐だとか制裁だとかには興味がない。
金城を救えるか否か、それだけだ。
今日は練習の無い月曜日。
本来なら、最近影の薄い畦上先生の奢りで焼肉に行く予定だったが、今は肉を食ってる場合じゃない。
サッカー部の昴を代役にしよう。恵や鈴木と仲良いみたいだし大丈夫だろう、うん。
放課後、先ずは金城の様子を窺った。
何やら苗場と話している。やがて席を立つと、体育館には向かわず帰路についた。
俺はその後を追う。最寄の西八王子駅で追い付くと、同じ電車に乗った。
「朝はごめん! 感じ悪かったよね?」
金城は精一杯、いつもの自分を演じているように見えた。
「ああ、全然。それより怪我は大丈夫か?」
「う、うん! 2ヶ月くらいかかるけど……ちゃんと治るって!」
手首の怪我は、長引くと1年かかるとも聞いていたが、思ってたよりは軽傷みたいで安心した。
「そうか。じゃあ秋の新人戦? には間に合うんだな」
「あっ……いや……その……」
金城は言葉に詰まり、少しだけ狼狽える。
「私、もうバスケ辞めるから……」
彼女はそう続けると、そっと俯いた。
恵の言った通り、金城はこのままだと部活を辞める。
それも、先輩からの虐めによって。
「治るのにか」
「うん。春ちゃんから聞いてるでしょ……? 私、あんまり好かれてないんだよね……あはは……」
中学の頃、バスケに夢中だった彼女をずっと見てきた。
だからこそ、周りの影響で辞めてしまう彼女を見過ごせない。
説得しよう。俺は恵みたいに口が上手くないし、どこまで響くかはわからないけど。
「苗場から聞いたけど、先輩達は凄く反省したみたいだよ。もう大丈夫じゃないかな」
嘘ではない。
今朝、主将の新野さんにも滅茶苦茶怒られたとかで、だいぶ大人しくなったと聞いた。
「け、けど私あんまり上手くないし……1年生の友達も少ないし……」
「大丈夫だよ。これから上手くなるし、苗場がいるだろ」
「でも……」
戸惑う金城を前に、俺は少しだけ間を置いた。
そして、
「俺も一度、挫折……しかけた事があるから気持ちはわかるよ。
けど、部活ができるのって今だけだからさ。諦めるなんて勿体無いんじゃないかな」
俺はそう言って、少しだけ笑みを見せてみた。
正史においての俺は、投手生命を絶たれて不貞腐れて野球を諦めた。
大学では野手で続けるという道を選ばなかった。それは今でも後悔している。
普通は人生はやり直せない。そして辞めてから後悔しても遅い。
今は辛くても、最後までやれば「やってよかった」って思える日が来る筈だから。
金城は瞳に涙を滲ませて、ずっと下を向いていた。
「………………ないよ……」
聞こえない。何て言ったんだろう。
「かっしーにはわからないよ! バスケも下手で……みんなに嫌われてる私の気持ちなんて!!」
金城は叫ぶように訴えると、ポロポロと涙を流した。
近くに座っていた大学生の視線が痛かった。
「あっ……ご、ごめん……! せっかく励ましてくれたのに……そんなこと言うつもりじゃ……」
金城はハッとした表情を浮かべ、消え入りそうな声でそう続けた。
俺は落ち着いた声で「こっちこそごめん」と返したけど、心臓はかつて無いくらい鼓動していた。生きた心地がしなかった。
「えっと……今日ちょっと用事あるから……またね!」
彼女は逃げるように国立駅で降りていった。
国立に用事なんてあるわけねぇだろ、とは言わなかった。言えるはずもない。
俺はただただ、自分の失言を後悔した。
今日はもう1話投稿します……!