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65.禁断の資金源

 火曜日の放課後、恵に呼ばれて1年3組の教室を訪れた。

 どうやら彼女は、津上から練習環境の改善を要望されたらしく、それで悩んでいたらしい。


「お金はどうしようもないよねー。バイトする暇なんてないし」


 恵はポッキーを咥えながらそう溢した。

 彼女の言う通り、資金面だけは転生者というアドバンテージが活かせない。

 俺達は色々と先を知っているので、小遣いは幾らでも節約できるが、高校生に出来るのはその程度だ。


「はーあ、琴ちゃんから無駄に排泄される琴汁で稼げないかなぁ〜」

「ちょっとそういうのやめてくれます???」


 溜め息を吐く恵に、俺はそう言葉を返した。

 冗談なのは分かっているが、そのネタはタイムリーなので辞めて頂きたい。


「その手の方法でいいなら、お前がパパ活でもすりゃいいじゃね?」

「パパ活?」

「ああ……この時代で言う援交みたいなもんだな」

「ちょっとそういうのやめてくれない???」


 目には目を、歯には歯を、下品な冗談には下品な冗談を。

 勿論、本当にやるのはNGである。売春行為は立派な犯罪であり、マネージャーでも罪を犯せば活動禁止になる恐れがある。


「一応、食事だけってパターンもあるらしいぞ」

「やだ! ってか、将来的にパパ活って呼ばれるなら尚更無理!」

「いや冗談だけどよ。尚更ってのは?」


 俺はそう問い掛けると、恵は少しだけ真剣な表情を見せる。


「だって、私のお父さんは世界で一人だけだもん。他の人をパパなんて呼びたくないよ」


 恵はそう言い放つと、俺は無言で感心してしまった。

 恵は歳相応に品が無い部分もあるが、父親を想う気持ちは本物である。

 本当によく出来た娘だ。世間の父親達は、瀬川監督が羨ましいのではないだろうか。


「ま、そう言う訳だからさ。相沢くんに何か妙案がないか聞いてみてよ」

「へいよ。んじゃ悪いけど今日は帰るわ」

「ばいばい〜。あ、最後にポッキーゲームしてく?」

「する訳ねえだろ。じゃあな」

「(琴ちゃんとだったらする癖に……)」


 恵に別れを告げると、俺はグラウンドには行かず西八王子駅に向った。

 今日は整骨院でマッサージを受けたら、立川で相沢と会う約束になっている。

 関越一高の転生者の件も含めて、彼に相談してみよう。





 やがて立川に向かうと、某ハンバーガー屋で相沢と落ち合った。

 先ずは、転生のほぼ全てを知る彼に、関越一高の転生者の件を報告。

 試合当日の時系列も紙に書いて渡した。


 そして相沢から出た結論だが「関越一高に転生者が居るのは間違いない、けど誰かは絞り込めない」だった。

 先ず、転生者の思考も一枚岩ではないので「試合中にサインが変わったからBランク」という考え方は早計らしい。

 あえて途中まで俺を泳がせていたり、名門であるが故に采配への介入が遅れたなど、色々なパターンが考えれるようだ。


 その上で鍵となる挙動は、やはり松岡周平が俺の動きを警戒していた件だ。

 何故ならサイン盗みという行為は、攻撃時はコーチャーや走者、守備時は捕手が行うのが定番。

 その中で、真っ先に監督代行の俺を疑うという事は、転生者の入れ知恵があったか、本人が転生者である可能性が高いという見解だった。


「まあ転生の件は分かったわ。現状では特定できないと」

「そうだね。じゃ、今日はこの辺でお開きかな」


 転生の話題が終わると、相沢は席を立とうとした。


「あ、そういや一つ聞きたい事あんだけどさ」

「なに?」

「都大二高って資金面はどうしてんの? 私学だから金は元々あるんだろうけどさ」


 俺はそう問い掛けると、相沢はニヤリと口を歪める。

 その表情は、待ってましたと言わんばかりだった。


「遂にこの日が来たね〜。三高の最強世代を倒すには金が足りないと」

「まあそんな感じだな」


 敵は都大三高だけじゃないけどな、とは言わなかった。

 相沢は何か勿体ぶっている。何か妙案があるのだろうか。


「よし、柏原くん。取り引きをしよう」

「取り引きぃ?」

「うん。この取り引きに応じてくれたら、相応の出資をするよ」


 取り引きか。以前結んだ協定といい、相沢はこういうの好きだよな。

 それはさて置き、取り引きの内容とは如何なる物なのだろうか。


「まず、此方からの条件だけど――最上級生になるまではスプリットを封印して欲しい」


 相沢はそう持ち掛けてくると、俺は小さく息を吐いた。


「つまり、都大三高の春夏連覇阻止に関係ない大会では、ウイニングショットを隠しておけと」

「それもあるね。世代最強打者とも名高い木田哲人も、柏原くんのスプリットは打ててないからね」


 彼の言いたい事は良く分かる。

 サイドスローから放るスプリットは唯一無二の魔球だ。

 研究される機会は少ないに越した事はない。


「他にも理由があんのか?」

「あるよ。ってか、このまえ怪我しておいて、こっちが先に挙がらないのが不思議で仕方ないよ……」

「ああ……関節に負荷が掛かるから消耗を抑えろと」

「うん。体が出来上がる前に、あんな球を多投するのは危険だからね」


 相沢はそう答えると、そのまま言葉を続ける。


「俺は今まで何十人という転生者を見てきたけど、柏原くんは過去最高の転生投手だと思うよ。都大三高の春夏連覇阻止も、俺か柏原くんなら出来ると思ってる。だからこそ、選手生命は最後の夏まで持たせて欲しいんだよね」


 相沢はそこまで語ると、アイスコーヒーに口を付けた。

 元々、スプリットに頼った投球は脱却したいと思っていて、捕手の近藤には態度にも出してきた。

 彼の言う「出資」次第では、この取り引きに応じても良いだろう。


「そっちの言い分は理解したわ。で、出資ってのは具体的に何なんだよ」


 俺はそう問い掛けると、相沢は一枚の紙切れを見せてきた。

 数字が幾つか羅列されている。俺は読もうとすると、相沢は紙切れを引き上げた。


「柏原くん……俺は何十回も転生してるんだよ。この意味が分かるかい?」

「さあな。勿体ぶってないで教えろよ」

「つまり、転生を前提に立ち回って、次回に備えて必要な事を暗記できる訳さ。例えば――宝クジの当選番号とかね」


 相沢はそう言って不気味な笑みを浮かべる。

 その瞬間――俺は驚愕のあまり言葉を失いかけた。


「ま、まさか……」

「今年の12月、この番号で某宝クジを買い続ければ、どこかの週で3等以上は当たる。記憶違いも無いとは言い切れないから、1等が当たる保証はないけどね」


 相沢は笑顔でそう言い切った。

 彼の言う某宝クジとは、買い手が好きな数字を6つ選ぶタイプの宝クジだ。

 1等は1億円、2等は1000万円、3等は100万。それ未満は省略するが、上記の金額がベースになっている。


 この宝クジで特徴的なのは、2等以上は当選者がいない場合、翌週以降の賞金に上乗せされるという点。

 逆に2等以上は当選者が複数居る場合は、賞金が山分けされるという点だ。

 つまり――相沢の手元にある紙切れは、最大で数億円になる紙切れという事になる。


「……高校生が扱っていい額じゃねえな」

「ま、俺は毎月買ってるけど、2等か3等ばっかりだよ。だいたい1つは間違えてるんだよね」

「それでもだよ。バイトガチ勢でも年間100万ちょいだぞ」

「あはは、けど俺達は社会人経験者じゃん?」


 相沢は平然と語っているが、正気の沙汰とは思えなかった。

 そもそも、俺が2等以上を当てた所で、親に見つかれば没収されるのが関の山である。


 しかし――2等以上が当たるようなら、チームの強化が出来るのも確かだった。

 設備の増築までは難しいが、機器や備品の購入には困らないし、俺が引退する迄なら栄養管理も出来るかもしれない。

 きっと恵も喜ぶし、津上も納得してくれるだろう。


 幸い、まだ一月くらいは考える時間がある。

 この魔法の紙は、確保しておくに越した事はない。


「分かった。取り引きをしよう。ただし俺からも一つ提示させてくれ」

「ん、何?」


 そして、この取り引きには付け入る隙がある。

 都大三高の春夏連覇阻止に拘る相沢としては、取り引きが不成立となり、俺が好き勝手に投げて壊れるのは困る筈だ。

 それなら――相沢にも少しだけ譲歩して頂こう。


「甲子園に出た場合は、少しで良いからスプリットを使わせてくれ」

「その理由は?」

「そりゃあ、せっかく全国に出るなら披露したいからな。投手ってのはそういうモンなんだよ」

「意外と可愛い所あるね……。まあいいや、それで手を打とう」


 こうして相沢との取り引きが成立した。

 この魔法の紙の使い方は、秋季大会が終わったら考えるとしよう。

NEXT→4月11日(日)

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