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61.別れ

関越一000 010 200=3

富士谷000 210 00=3

(関)竹井―土村

(富)堂上―近藤

 野球には「流れ」というものがあると言われている。

 ピンチの後にチャンスあり。未だ半信半疑ではあるが、今回もその例に倣う事となった。


 9回裏、富士谷の攻撃は、先頭の野本がライト前ヒットで出塁した。

 無死一塁、サヨナラの走者を置いて、本日猛打賞の渡辺を迎える。


「私なら送るがね」

「俺もですね、一点取れば勝ちですから」


 瀬川監督と畦上先生はそう言葉を交わした。

 ここは判断の難しい場面だ。セオリー通りなら送りバントだが、渡辺は当たっているし、次の田村さんは試合終盤に弱い。

 ただ、確実に堂上まで回せると考えたら、やはり送りバントが無難だろう。


 渡辺は無難に送って一死二塁となった。

 続く田村さんは進塁打となるセカンドゴロ。これで二死三塁。

 ここで、関越一高は守備のタイムを取った。


「柏原」

「ええ、分かってます」


 その間、瀬川監督と短い言葉のやり取りをした。

 二死三塁、一打サヨナラ、打者は4番の堂上。ここで相手が何をするかは分かっている。


「……ボール、フォア!」


 逃げる変化球を3球続けると、最後は大きく外してフォアボール。

 事実上の敬遠となり、二死一三塁で5番打者の鈴木を迎えた。


「(うひょ〜、ワンチャン俺ヒーローじゃん! 今日は球場のjk食い放題だな〜!)」


 鈴木は舌舐めずりをしながら右打席に入った。

 だいぶ気合が入っている。しかし――土村はネクストの島井さんを脇見すると、ゆっくりと立ち上がった。


「おー、塁埋めるかー」

「5番も当たってるからなぁ」

「名門が都立に敬遠なんてすんなや〜!」


 今度は初球から外した敬遠。

 当然である。打者は打率の高い鈴木、次は本来なら控えの島井さん。

 内野陣も守り易くなるので、無理に勝負をする必要はないだろう。


「ボール、フォア!」


 連続敬遠で二死満塁。

 中軸を連続敬遠で回避され、島井さんの打席を迎える事となる。


 控え目に言っても絶望的な状況だった。押し出ししか期待できない。

 しかし――富士谷には一枚だけ切れるカードが残っている。


「いこうか」

「了解っす」


 その瞬間、俺はメットを持ってグラウンドに飛び出した。

 島井さんを引き止める。バットを受け取ると、主審の元へ向かった。


「代打お願いします」


 俺はそう言ってバックネットに背番号を見せた。

 この場面はやむを得ない。代打俺という切り札を使って、9回で試合を終わらせる。

 瀬川監督的にも、その方が良いと思ったのだろう。


「都立富士谷高校。選手の交代をお知らせ致します。6番 島井くんに代わりまして ピンチヒッター 柏原くん。背番号 1」


 吹奏楽部が奏でるさくらんぼと共に、俺は右打席に入った。

 土村は黙り込んでいる。二死満塁であるが故に、精神的に余裕が無いのだろう。


 果たして、俺は全く出場できないと思われていたのか。

 それとも、5打席目の堂上や鈴木よりも、1打席目で故障持ちの俺の方が打たないと思われたのか。

 分からない。分からないけど――この打席で俺が決める。


 一球目、竹井さんは腕を振り下ろした。

 頭の高さのストレート。見送ってボール。


 二球目、今度はワンバウンドする変化球。

 バットを止めてボール。土村はボールを前に落とした。


「(くそっ、入らねぇ……けど四死球でも負けだし……だから塁を埋めるの嫌いなんだよ……)」


 竹井さんは既に肩で息をしている。

 9回裏、二死満塁、ツーボール、そして押し出しでもサヨナラの場面。

 ここまで来ると、精神的にも肉体的にも限界なのだろう。


「竹井さん、打たせましょう! バッター故障持ちだからバット振れないっすよ!」


 ふと、一塁手の周平が竹井さんに声を掛けた。


「真ん中でいいです! バック信じてください!」


 続けて、遊撃手の渋川も声を飛ばす。


「竹井ィ! 腕振って来いやァ!」


 捕手の土村もヤケクソ気味にそう叫んだ。

 いや、彼らだけではない。関越一高の守備陣達は、懸命に竹井さんを励ましている。

 その光景を見て、俺は少しだけ昔を思い出してしまった。


 本当なら――その中心にいる人間は俺の筈だった。

 しかし、目の前にいる関越一高に柏原竜也の姿はない。

 当たり前である。俺は人生をやり直すにあたって、別の高校を選んだのだから。


 未練がないと言ったら嘘になる。

 それでも――富士谷を選んだ事に後悔はなかった。


 今の俺には新しい仲間がいる。

 とにかく可愛い琴穂、超絶負けず嫌いの堂上、忖度なしで話せる恵、チャラチャラしてるが頼れる鈴木、どこか似ている所がある卯月。

 あとイケメンの渡辺とメガネの野本と……まあ全員挙げたらキリが無いが、それなりに個性的な仲間がいる。

 俺は彼らの為にプレーして、彼らに勝利を捧げたい。


 三球目、竹井さんは速球を振り降ろした。

 ド真ん中の甘い球。俺は渾身のフルスイングで白球を捉えた。


「おー! いったー!」

「すげー! オーバーキルだ!!」


 割れんばかりの歓声と共に、白球はレフトスタンドに突き刺さった。

 試合を決めるサヨナラ満塁弾。そして――俺は心の中で、関越一高にサヨナラを告げた。

関越一000 010 200=3

富士谷000 210 004x=7

(関)竹井―土村

(富)堂上―近藤


・実例「東京のサヨナラ満塁ホームランと言えば……」

第101回全国高等学校野球選手権大会 西東京大会準々決勝

国学院久我山6x―2早稲田実業


・解説

9回裏二死満塁、押し出しでもサヨナラの場面で、4番の宮崎選手に打順が回ってきました。

打った瞬間それと分かる当たり。その瞬間、過去に例がないくらい歓声が上がっていたのを覚えています。

勢いにのった国学院久我山はそのまま西東京大会で優勝。甲子園でも初勝利を挙げました。


NEXT→4月3日(土)

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