60.必然と偶然
関越一000 010 20=3
富士谷000 210 00=3
(関)竹井―土村
(富)堂上―近藤
9回表、無死一塁で迎えた大越の打席は、痛恨の死球となってしまった。
大越は小走りで一塁に向かう。その様子を、俺はベンチで見守る事しか出来ない。
改めて、監督という立場の限界を痛感する。
「……あ、タイムお願いします」
ふと閃いたので、俺は両手でTの字を作った。
グローブを一つ抱えると、小走りでマウンドに向かう。
「え、エース投げれんの?」
「おー、交代かー?」
客席は少しばかり響動めいていた。
すると、堂上は表情を変えずに、
「実にくだらん小芝居だな。それは外野手用のグラブだろう」
と、顎に手を当てながら言葉を溢した。
「ああ。もっと言うなら、交代するなら堂上の分も合わせて2個必要だからな」
俺はそう言葉を返すと、手招きして内野陣を集めた。
なんてことはない、ただの伝令である。ちょっとした小芝居のつもりでグローブを持ってみた。
「次2ホーマーの4番だろ? バントしてくれねーかなー」
「する訳ねえだろ……」
京田は相変わらず見通しが甘い。
ただ緊張はしていなさそうなので、その点では安心できる。
「ど、どうする? 敬遠する?」
「いやいやいや、ノーマンはヤベーっすよ」
続けて、阿藤さんと鈴木が言葉を交わした。
無死一二塁で敬遠なんて聞いた事がない。と言いたい所だが、俺には少しだけ心当たりがある。
『9回表二死一二塁、あそこで木田と勝負したのはクソいな』
これは今年の夏、倒した相手のベンチ外選手に言われた言葉だ。
打者の力量が異次元に飛び抜けている場合は、走者を進めてでも勝負を避ける。
そのほうが抑えられる確率は高いらしい。しかし――。
「ああ、ここは勝負しよう」
俺はそう言い放った。
二死と無死では訳が違う。それに4番の周平は、打率に関しては突出している訳ではない。
ここも堂上を信じよう。いや信じるしかない。
「言われなくてもそのつもりだ。3本も打たれるつもりなどない」
「じゃあ任せたぜ。もし打たれたら、次は投手用のグラブを持ってくるからな」
俺はそう言い残してマウンドを後にした。
ちなみに選手達は恵の賭けを知らないので、俺が登板できない事も知らない。
この発破も信じているのだろう。
「4番 ファースト 松岡くん。背番号 3」
9回表、無死一二塁、負け越しのピンチで迎えたのは、東東京最強打者とも名高い松岡周平。
今日は2本の本塁打を放っていて、相手の全打点を叩き出している。
「(よし、打つイメージは完璧。真ん中から内ならレフト、外ならバックスクリーンにブチ込む)」
周平はどっしりとした構えでバットを握った。
初球、堂上は速い球を振り下ろす。周平はバットを出すと、鋭い当たりが三塁側スタンドに飛び込んだ。
「(今のがシュートね。不味ったな、初球打ちし過ぎてあんまり球見れてないんだよな〜)」
周平は首を傾げている。
いきなり心臓に悪い当たりだったが、ストライクを一つ取れた。
二球目、大袈裟に外したナックルカーブ。
見送られてボール。その球は流石に手を出してくれない。
「(どこかでストレート使いたいけど……安直だよな。ここは続けてみるか)」
「(ふむ、従おう)」
三球目、堂上は再びナックルカーブを振り下ろした。
周平はバットを止めたが、低めギリギリに入ってストライク。
「(今の入ってんのかよ。まあいいや、次からはゾーン広げるか)」
周平は打席を外して間を取った。
簡単に三振の取れる打者ではない。進塁打でも良いので兎に角アウトが欲しい所だ。
「(チェンジアップで決める前に速い球を……)」
「(成程、力で捻じ伏せろという事か)」
相変わらず二人のサイン交換は早かった。
バッテリーサインの交換が終わると、堂上はセットポジションに入る。
「(柏原は今大会無失点。対して俺は、既に4失点(自責点3)を記録している。これ以上、点を取られる訳にはいかないな。そしてなにより――奴以外に負けるつもりはない)」
堂上は長めに間を取っていた。
やがて左足を上げると、渾身のストレートを振り下ろす。
「(ストレート……いけるっ!)」
それは今日一番とも言えるストレートだった。
そんな豪速球に対して、周平は渾身のスイングで応戦する。
その瞬間、少し鈍い音が球場に響いた。白球の行方は――。
「ランナー、ゴー!!」
「走れ走れ!!」
近藤の後ろに転がり、走者は慌ててスタートを切っていた。
周平は見事に三振で打ち取った。しかし――外角低めを要求していた近藤は、内角高めの逆球に対応しきれなかったのだ。
「(いいストレートだったな。完敗だったぜ)」
周平はバットを持ってベンチに帰っていった。
近藤は堂上に何か怒っている。要求とコースが違ったからだろうか。
大きな山場を切り抜けたが、尚も一死二三塁。
迎える打者は、先発投手の竹井さんだったが――。
「ボール、フォア!」
守り易さ優先、敬遠気味の四球で塁を埋めた。
これで一死満塁。迎える打者は、東東京のイキりキング・土村である。
「オッシャァス!!」
土村はバカでかい声で叫んでから左打席に入った。
余計な事は喋らず、淡々とバットを構えている。
これは良く言えば集中している、悪く言えば心に余裕がない表れだ。
「(一球で決めてるよクソカス共がよォ……!)」
土村は選球眼が課題のフリースインガーである。
満塁とはいえ、ボールになる変化球を中心に追い込みたい所だ。
此方が裏とはいえ、失点はできるだけ避けたい場面。
バッテリーサインの交換が終わると、堂上はナックルカーブを振り下ろした。
「(貰ったァ!!)」
その変化球は、見送ればボールにも見える低さだった。
にも関わらず――土村はバットを振り抜くと、ライナー性の当たりは二遊間に飛んでいった。
「おおー!!!」
「すげえええええ!!」
その瞬間、客席からは今日一番の大歓声が湧き上がった。
変化球を捉えた鋭い当たり。セカンドの阿藤さんは横っ飛びで捕らえると――。
「……アウトォ!」
そのままグラブで二塁ベースを叩いた。
二塁走者の大越は帰塁できず、ライナーゲッツーが成立。
一死満塁の大ピンチを無失点で凌いだ。
「ひゅ〜、阿藤パイセン流石っす!」
「はは……俺の人生のハイライト決まったわ……」
選手達がベンチに帰ってくる。
偶然だったのか、阿藤さん本人が一番驚いている様子だった。
やれば出来るじゃないか2年生。
今後もこの調子で頼むぜ。
関越一000 010 200=3
富士谷000 210 00=3
(関)竹井―土村
(富)堂上―近藤
祝?東海大菅生、選抜ベスト8進出!
今日は残念でしたが、選手関係者の皆さんお疲れ様でした!
エースの本田選手は夏までに復調できると良いですね……!
NEXT→4月1日(木)