58.急展開
関越一000 01=1
富士谷000 2=2
(関)竹井―土村
(富)堂上―近藤
5回裏、富士谷の攻撃。
先頭の野本は打ち取られたが、続く渡辺はレフト線のツーベースを放った。
これで渡辺は3安打。球種を読めているのもあるが、今日は非常に当たっている。
3番の田村さんは四球、4番の堂上は大きなセンターフライ。
この当たりがタッチアップとなり、二死一三塁で鈴木の打席を迎えた。
「(ストレートが狙われてんのかァ? ならフロントドアのスライダーで――)」
土村のサインはストレート以外の何か。
スライダー(2種類)かカーブの何れかという事になるが、そこまでの特定はできないので、変化球という括りで指示を出す。
「(かっしー監督の指示は変化球ね。うっし、俺も一発打つしかないっしょ〜)」
鈴木はチラりと此方を見ると、竹井さんはセットポジションから左足を上げた。
白球は構えた所に吸い込まれていく。鈴木のバットはボールの上を叩いたが、強めの当たりは三遊間を貫いていった。
「(おいおい……クソカス都立に打たれすぎじゃねえかァ……?)」
土村はマスクを外して、レフト前に転がる打球を眺めていた。
渡辺はホームベースを踏んで3点目。主導権を握ったまま、その差を再び2点とした。
「タイムお願いします!」
「……タァイム!!」
ここで背番号15の選手、1年生の長嶋がマウンドに向かった。
内野陣がマウンドに集まる。投手交代の気配はない。
関越一高は投手層が薄いので、かつて俺と心中したように、今回も竹井さんと心中するしか無いだろう。
尚も二死一二塁、迎える打者は主将の島井さん。
俺はサインを出そうとすると、一塁手の周平が此方を見てきた。
……こうも凝視されるとサインを出し辛いな。
そんな事を思っているうちに、一球目が投じられてストライク。
二球目、先ずは通常のブロックサインを出す。
島井さんはバットを構えたが、周平は相変わらず此方を見ていた。
流石に怪しまれているな。まあいい、今回は球種のサインは必要ない。
何故なら――。
「松岡、前!!」
「あ、しまっ……!」
島井さんはバットを寝かせて、一塁方向にボールを転がしていた。
周平は完全に出遅れている。しかし、投手の竹井さんは素手捕りで捌くと、一塁カバーの平岡さんに送ってアウトとなった。
我ながら上手い作戦だと思ったが、ここは関越一高の守備に軍配が上がった。
サイン盗みも潮時かもしれない。尤も、予備のサインも把握している訳だが。
6回表、関越一高の攻撃は8番の渋川から。
彼は勝負強い打撃が持ち味だが、今大会での打率は1割台である。
この打席は空振り三振。渋川は走者が居なければ怖くはない。
続く五十嵐さんはピッチャーゴロ。
二死となった所で、森久保さんは粘った末に四球を選んだ。
二死一塁、走者は俊足の1番打者。
高確率で盗塁を仕掛けてくる場面だが、ここはどう出て来るだろうか。
一球目、相手のサインは自由に打て。
此方はウエストで様子を見る。打者の平岡さんは見送ってボール。
二球目、またも自由に打て。
ここは普通に打ってきそうだ。バッテリーには自由に投げさせる。
堂上は腕を振り下ろすと、速球は高めに浮いてボールになった。
そして三球目、米原監督は盗塁のサインを出してきた。
0ストライク2ボールから外すのは勇気がいる、という算段なのだろう。
しかし、サインが筒抜けなら話は別。富士谷バッテリーは一球外して、森久保さんを二塁で刺した。
「(流石におかしいだろ。普通こんな的確に外せねえって)」
森久保さんは首を傾げながら、捕手の近藤を睨んでいた。
今のプレーは決定的だったかもしれない。次の回からは予備サインも視野に入れよう。
6回裏は走者を出すも無得点。
7回表、関越一高の攻撃は、一死から大越が四球で出塁した。
一死一塁となり、迎える打者は4番の松岡周平。
先ずはサインの確認。ちなみに予備サインは左手になり、キーの次に触った箇所が指示となる。
さて、米原監督のサインは――通常通りなら送りバント、予備サインなら待機か。
周平にバントはありえないので、予備に切り替えたと考えるのが無難だろう。
一球目、近藤にはカウントを優先するよう指示した。
堂上は腕を振り下ろす。その瞬間――サッと血の気が引いていくのを感じた。
通常のサインなら送りバント、予備サインなら待機の指示。
どちらにせよ、ヒッティングはない場面の筈だった。
にも関わらず――周平はバットを振り抜くと、白球は高々と上がっていった。
「マジかよ……」
思わず声を漏らしてしまう。
打った瞬間、それを確信できる当たりだった。
広告看板に直撃した当たりは、レフトへの同点ツーランホームラン。
主砲の一振りで試合を振り出しに戻された。
「(ゲロ甘だったなぁ。本日2本目ごちっす)」
周平は淡々とダイヤモンドをまわっていた。
その間、俺は考える。何故ここで打たれたのだろう。
先ず考えられるのは、周平がサインを無視した、或は間違えたという可能性だ。
最も無難でシンプルな可能性。ただ俺には、もう一つの懸念が頭にある。
それは――此方が予備サインまで把握していると知った上で、あえて「待機」を出したという説だ。
打者周平でバントか待機の指示が出ていれば、富士谷バッテリーとしては確実にカウントを取りたい。
その甘い球を仕留めさせる、という算段だった可能性も考えれる。
俺は苦虫を噛み締めた。
サイン盗みが通用した時点で「あの件」に関しては完全に未警戒だった。
自分のエナメルバックを漁ると、かつて相沢から貰ったメモを取り出す。
【相沢メモ⑥転生者の等級】
Cランク……満40歳未満で死亡して、満15歳の自分に死に戻りする転生者。0〜4人。
Bランク……満40歳以上で死亡している転生者。但し、他の転生者に刺激されるまで以前の記憶が蘇らない。0〜4人。
Aランク……条件はCと同じで、かつ転生に関する全ての知識が与えられる。但し周回はできない。1人。
2行目の「刺激」の定義は分からないが、Bランクであれば、試合中に気付く可能性もある訳だ。
確定とは言い切れない。けど、もしかしたら――関越一高にも転生者が居る。
関越一000 010 2=3
富士谷000 210 =3
(関)竹井―土村
(富)堂上―近藤
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