13.練習試合の裏側で
私の名前は金城琴穂。
都立富士谷高校に通う普通の――いや、ダメな高校生だと思う。
私は小さい頃から出来の悪い人間だった。
食事は好き嫌いが多く、臆病でワガママで我慢弱くて飽きっぽい。粗相も多かったし、おまけに勉強も苦手。
運動音痴ではなかったけど、ここまでダメな人間もそう居ない思う。
そんな私が初めて輝いた舞台は、小学校の体育で行われたバスケットボールだった。
初めてやったスポーツだったけど、気付けば凄く夢中になってて、よくわからない内に沢山の得点をあげていた。
それが嬉しくて、楽しくて、中学生ではバスケ部に入った。
練習は辛かったけど、試合で活躍するのは楽しかったし、高校でも続ける切っ掛けになった。
富士谷高校のバスケ部は、中学よりもレベルが高くて、練習に付いていくのが精一杯だった。
それでも、同じクラスの春ちゃんや、主将の新野さんが気にかけてくれるお陰で、私は何とか頑張れていた。
「はぁ……はぁ……」
この日も、私は体育館で膝に手を付いていた。
疲れた。けど練習はまだまだ続く。辛い……けど、やらなきゃ試合で使って貰えない。
「琴ちゃん、少し休む?」
そう言って私の肩を叩いたのは新野さん。
明るくてしっかり者でバスケも上手い、私達の頼れる主将だ。
「い、いえ! 大丈夫です!」
「そっか。あと少しで休憩にするから頑張って。あ、さっきのプレー良かったよ!」
「ありがとうございますっ!」
新野さんはそう言って、私に向かって親指を立てた。
少しだけ楽になれた気がする。すると別の方向から「チッ」と舌打ちが聞こえた。
「うっ……」
胸にモヤモヤと不安が広がってくる。
私は新野さんに良くしてもらってる一方で、2年生の先輩達には好かれていない。
よく舌打ちされるし、いつも当たりが強いし、何かと些細な事で注意される。
「あっ、真中先生! あの……といれ行ってきます!」
一旦、気持ちを落ち着かせたいし、普通に行きたかった私は、逃げるように体育館を後にした。
用を済ませて手を洗うと、私はひと息ついた。
早く練習に戻ろう。そう思って出ようとすると、
「サボってんじゃねーよ」
2年生の田中さんが、出入口で待ち構えていた。
何でこんなこと言うんだろう。サボるつもりなんて無かったのに。
「ちがっ……」
「今日3回目じゃん? 絶対サボりだろ」
違う。違うのに言い返せない。
ぶたれるかもしれないと思って、私は目を瞑って体を竦める。
「……新野さんのお気に入りだからって調子乗んなよ。いつか痛い目みるからな」
田中さんはそう言って、何もせずに去っていった。
怖くて怖くて、震えが止まらなかった。
少し時間を空けて戻ると、休憩が始まっていて、1年生達が何やら会話をしていた。
「金城さんまたサボり?」
「かなぁー、先輩達にも目付けられてるし、巻き添えにされたくないよねぇー」
「やめてよ。琴穂はそんな子じゃないって」
「春香は優しすぎるんだよぉー」
私はぎゅっと手を握った。
もう帰りたい。何で私ばっかこんなに言われるんだろう。
私はだんだんとバスケ部が――バスケが嫌いになっていった。
誰かに相談する事もなく、何日かの時が過ぎていった。
周りには心配をかけたくなかった。特に、お兄ちゃんには昔から頼りきりで、今でも甘えてばかりだから、悟られないように隠してきた。
そんな最中、事件は起こった。
それはある日の日曜日、新野さんが不在の中、紅白戦をしている時の事だった。
「琴穂!」
「はいっ!」
春ちゃんからパスが回ってきた。私はドリブルして前へ前へと攻める。
不安な事は多いけど、試合をするのはやっぱり楽しい。
その時、田中さんに足を掛けられた。
「あっ……!」
咄嗟に、左手のボールを春ちゃんに投げ飛ばした。
私は無様に転ぶと、左手の甲から地面についた。グキッと嫌な音が響いた。
「いっ……うぅ……」
私はその場で踞った。
叫びたいくらい痛かったけど、苦しくて声がでなかった。
「こ、琴穂! 大丈夫!?」
春ちゃんが心配そうな表情で、私にそう投げ掛けた。
部員の多くは困惑していて、中には悲鳴をあげている子もいる。当の田中さんも顔面を真っ青にしていた。
「な……なんで……」
左手が変な方向に曲がっている気がした。
痛くて痛くて……何よりこの事がショックで、私はボロボロと涙を流した。
骨じゃなくて、もっと別の物が折れた気がした。
時系列的には最後のシーンが明神大八玉戦の日になります。