57.箱庭
関越一000 0=0
富士谷000=0
(関)竹井―土村
(富)堂上―近藤
4回裏、富士谷の攻撃は渡辺から。
吹奏楽部が奏でるサニーデイサンデイと共に、右打席に入った。
「(構えてからサイン見ろって……難しいなあ)」
この回から、右打者はバットを構えてから、もう一度サインを見るよう伝えてある。
その理由は他でもない。土村がグー(指0本)を作る時の動きが見えてきたので、バッテリーサイン交換後に球種を指示する為だ。
正史では6年間も組んだ相手、3イニングも見れば全てを思い出せる。
高校1年時の彼はグー(指0本)を作る時だけ、ノーサインとの差別化で僅かに手首を動かすのだ。
勿論、この動きは知らないと見分けられない程度だが、強豪校でも癖で球種を知らせてしまう選手は少なくない。
この試合とは関係ないが、ミットを構える位置に合わせて外野手が守備位置を変えた結果、コースを全て読まれてしまった投手も存在した。
閑話休題。
一球目、土村は直球のサインを出した。
俺は素早く渡辺に知らせる。コースは常に真ん中から外の意識でよい。
「(ストレートね。けっこう荒れてるけど、初球から狙っていこうかな)」
竹井さんは速球を振り下ろすと、渡辺は綺麗なレベルスイングで打ち返した。
鋭い打球はセカンドの頭を越えて、右中間を貫いていく。白球は失速する事なくフェンスまで転がり、スリーベースヒットとなった。
無死三塁、絶好のチャンスとなり、2年生の田村さんを迎えた。
彼は左打者なので、バットを構えると一塁側を見る事ができない。
つまり、バッテリーサイン交換後の球種指示はできないという事になる。
犠牲フライでも1点の場面。
田村さんには配球予測だけで指示を出したが、高々と上がったピッチャーフライとなってしまった。
これで一死三塁。別の理由でサインが出せない堂上の打席を迎える。
「しっかし、堂上の頑固さには困ったな。球種を指示できりゃ楽なのに」
俺はそう言って呆れ気味に息を吐く。
すると横にいた卯月は、俺の顔を見て笑い出した。
「何がおかしいんだよ。いや堂上は確実におかしいけどさ」
「あはは。いやさ、堂上は久々に4番でピッチャーだから張り切ってんだと思うよ。アイツはほんっとに負けず嫌いだからさ」
卯月は半笑いでそう語った。
今日は堂上が4番で投手だから、俺の施しは受けたくないという事か。
本当に難儀な性格をしている。公式戦でくらい、その対抗心は抑えられないのだろうか。
「おおおおお! さす堂!」
「よっ! 上から投げるかっしー!」
そんな事を思っていると、一塁側のベンチとスタンドから歓声が沸き上がった。
またこのパターンか、と思いながら外野に視線を向ける。
白球はセンターフェンスをギリギリ越える、狭い神宮第二らしい「ツーラン第二ムラン」となっていた。
「ほら打ったじゃん。堂上はこれで良いんだと思うよ」
「そうかもな。ってか、今日はやけに堂上に優しいな」
「えっ……いや、んな事ねーし! つーか本人には言うなよ。また『お前のせいで調子が崩れた』とか言われたくねーからな」
「はいはい」
そんな感じで卯月と言葉を交わしてから、続く鈴木にサインを出した。
そう言えば、彼女は4番でエースだった堂上に負けて、野球に区切りをつけた過去がある。
久々に堂上のあるべき姿を見て、色々と思う事があったのかもしれない。
後続は鈴木と島井さんが出塁したが、その後が続けず無得点に終わった。
攻守が入れ替わって5回表、関越一高の攻撃を迎える。
その先頭打者は――。
「5回表 関越第一高校の攻撃は。4番 ファースト 松岡くん。背番号3」
正史では親友だった男・松岡周平。
既に東東京No.1打者との呼び声も高く、将来的にはプロでも活躍するスラッガーだ。
「(さーて、今日は珍しく監督が空回りしてっからな。一発攻勢でちゃちゃっと追い付くか)」
周平は右打者に入ってバットを構えた。
この選手に弱点らしい弱点はない。強いて言うなら、何事も大雑把という事くらいだ。
ここは堂上を信じるしかない。最悪、四球でもいい。
「(コイツ風格あるな……ボール球から入っとくか)」
「(ふむ、リードはよく分からん。従おう)」
一球目、堂上はナックルカーブから入った。
枠外に逃げる球。しかし――周平はバットを出して、豪快に打ち上げた。
「うわっ! でかいぞ!」
「これも入るか〜?」
球場が響めきに包まれていく。
高々と上がった打球は、センター方向に飛んでいった。
入るか入らないか際どい当たり。野本はフェンスに張り付いて手を上げたが、白球はギリギリで柵を越えていった。
「(おっ、今の入るんだ。ラッキーラッキー、いい球場だなー)」
周平は余裕な表情でダイヤモンドを回っていた。
これがあるから神宮第二は嫌になる。それも先程の堂上とは違い、他の球場ならセンターフライの当たりだった。
尚も無死無塁、続く打者は竹井さん。
パンチ力のある強打者だが、ここは堂上に軍配が上がり空振り三振となった。
「よーおクソ共ォ! 短い夢だったなァ! この打席で同点にしてやるから見とけよォ!」
続いて、バカでかい声で左打席に入ったのは、江戸川の狂犬こと土村である。
早速審判に注意されている。控え目に言っても頭がおかしい。
ただし実力のほうは本物であり、現に下級生ながら名門校の正捕手を任されている。
「おやおやァ!? そこにいるのはキャッチング専用ゴリラじゃねえかァ!」
「何とでも言えよ。今は俺もレギュラーだからな。どっちが上かハッキリさせてやる」
「あぁん!? ゴリラの癖に言うようになったなァ!」
土村と近藤が何か言葉を交わしていた。
無理もない。中学時代、近藤はずっと土村の控えだった。
土村にとって近藤は眼中にない補欠。近藤にとって土村は絶対に敵わなかった宿敵。
この構図にずっと縛られていた訳だ。
「(ヤスのせいで俺はずっと控えだった。けど今は俺もレギュラーで、俺が柏原の女房役なんだ。絶対に負けらんねぇ)」
近藤は手際よくサインを出すと、堂上は淡々と頷いた。
一球目、バックドアのナックルカーブ。見逃してストライク。
「(速球からチェンジアップに繋ぎたいな。なら次は――)」
「(どうせチェンジで決めてぇんだろォ!? なら次はなァ――)」
二球目、堂上は内角に向かって果敢に速球を振り下ろした。
その瞬間「どうせストレートだろォ!!」という叫び声と共に、土村は鋭くバットを振り抜く。
「またデカいぞ!」
「あぁ〜これも入りそう〜」
打ち上げた打球は、センター方向に高々と上がっていった。
野本はフェンスに張り付いて手を挙げている。不味い、このパターンは――。
「……アウト!」
一瞬の不安も束の間、野本は白球を捕らえてセンターフライとなった。
危なかった。しかし、この球場は大きな当たりが飛ぶ度にヒヤヒヤしてしまう。
「(シュートにして正解だったな。よしよし、ヤスを抑え込めてるぞ)」
「(っちィ、ゴリラごときに不覚とっちまったなァ)」
近藤は満足げにミットを叩き、土村は苦虫を噛み締めていた。
府中本町シニアの捕手対決は近藤に軍配が上がったか。まあ投げているのは堂上だが。
後続の秋葉さんは見逃し三振で抑えてチェンジ。
1点リードの状態で、折り返しを切り抜ける事ができた。
関越一000 01=0
富士谷000 2=0
(関)竹井―土村
(富)堂上―近藤
NEXT→3月23日(火)
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選抜始まりましたね〜。
東京代表の東海大菅生は3月23日の1試合目。
勝って気持ちよく次の更新を迎えたいです……!