54.珍しい眺め
秋季東京大会準々決勝
2010年10月24日(日) 神宮第二球場 第2試合
都立富士谷高校―関越第一高校
スターティングメンバー
先攻 関越一高
中 ⑧森久保(2年/右左/173/62/江戸川)
ニ ④平岡(2年/右左/170/72/枚方)
左 ⑰大越(1年/右右/180/72/府中)
一 ③松岡(1年/右右/182/83/韮崎)
投 ①竹井(2年/右右/183/92/墨田)
捕 ②土村(1年/右左/177/73/府中)
三 ⑤秋葉(2年/右右/175/75/柏)
遊 ⑯渋川(1年/右右/176/70/水上)
右 ⑨五十嵐(2年/右左/174/63/江戸川)
後攻 富士谷
中 ⑧野本(1年/右左/175/64/日野)
遊 ⑥渡辺(1年/右右/171/62/武蔵野)
左 ⑩田村(2年/右左/175/70/新宿)
投 ⑨堂上(1年/右右/178/75/新宿)
一 ③鈴木(1年/右右/177/70/武蔵野)
右 ⑦島井(2年/右右/169/63/八王子)
二 ④阿藤(2年/右右/170/58/八王子)
捕 ②近藤(1年/右右/170/70/府中)
三 ⑤京田(1年/右右/163/53/八王子)
関越一高の面々と別れると、俺達は第一試合を観戦した。
都大三高と明神大仲野八玉の一戦。前評判では都大三高が優勢だったが、初回に明神大仲野八玉が先制点を挙げた。
その後も、明神大仲野八玉は毎回のように好機を作っていった。
ただ、なかなか大量得点には結び付かない。牽制死やフェンス直撃一塁打、痛恨のホームスチール失敗など、次々とチャンスで空回りしていく。
そんな攻撃を続けている内に、失策を含むスリーランスクイズなどで都大三高が逆転。最終的には11対5で都大三高が勝利した。
都大三高が負けたら美味しかったが――そう上手く事は進んでくれない。
明神大仲野八玉は、西東京の強豪であると同時に、バカ試合製造機の異名を誇っている。
後に起こる41四死球事件は有名だ。今日もネットでは「知ってた」「明八はいつも通り」などと書き込まれていた。
第一試合が終わると、明神大仲野八玉と入れ替わる形で、俺達は一塁側のベンチに入った。
「ポイントスパイク履くの久しぶりだなぁ」
「靴の感覚もそうだけど、クッションの跳ね方も確認しておけよ」
靴を履き換えた野本と言葉を交わす。
神宮第二球場では、守備の時だけポイントスパイクに履き換える選手が多い。
その理由は他でもなく、この禿げ上がった人工芝にあるだろう。
神宮第二球場の人工芝は、神宮球場で使えなくなった中古の人工芝を転用していて、禿げている部分や黒ずんでいる箇所が目立つ。
このボロボロの芝は非常に硬く、金属スパイクだと歯が咬まなかったり、芝の繋ぎ目に引っ掛かったりするのだ。
他にも、この球場には多くの欠陥が存在している。
先ず、先程の硬すぎる人工芝だが、雨の日はツルツルになりまともに走れない。
ネットでは「ローション相撲ならぬローション野球」なんて言われた事もあるくらいだ。
勿論、芝の繋ぎ目はイレギュラー頻発地帯である。
イレギュラーと言えば、フェンスの一部もボコボコに歪んでいる。
この歪みにボールが当たると、予想しない方向にイレギュラーしてしまうのだ。
そして――忘れてはいけないのが、外野フェンスの異様な近さである。
両翼91m、中堅116m。両翼から中堅にかけての膨らみが弱く、右左中間の狭さは世界屈指。
この狭いグラウンドが、数々の「第二ムラン」を生んできた。
2019年秋、この球場は惜しまれながら閉鎖されたが、投手の俺はあまり良い思い出がない。
ホームランは打たれやすいし失策も出やすい。そんな記憶しかなった。
俺達はアップ等を終えると、整備の間に客席を見上げてみた。
準々決勝ということもあり、富士谷側は大勢の生徒が応援に来ている。
一方、関越一高は野球部と父兄のみ。吹奏楽部すら来ていない。
関越一高としては、まだ勝って当然の段階なので、わざわざ応援を連れて来ないのだ。
かつて向こう側にいた俺が言うのも変な話だが、何とも可愛げのない高校である。
「堂上、初回は飛ばしていいぞ」
「当然だ。俺は手加減するつもりなど微塵もない」
そういう事じゃないんだけどな、なんて思いながら堂上と言葉を交わす。
関越一高は初回を無得点で終えると、一巡は徹底して球を見る事が多い。
つまり初回を三者凡退で抑えてしまえば、3回までは楽に投げる事ができるのだ。
グラウンドの大部分が人工芝であるが故、整備には時間が掛からなかった。
予定より少し遅れて12時45分、関越一高の先攻でプレイボールが告げられた。
『1回表 関越第一高校の攻撃は 1番 センター 森久保くん。背番号 8』
アナウンスと共に、先頭打者の森久保さんが左打席に入った。
森久保さんは非常に足が速い。隙あらばセーフティバントを試みる他、内野が前進するとバスターを仕掛けてくる事もある。
ただ、外野の頭を越える打球は少ない。典型的な俊足非力マンだ。
俺は手際良く体を触り、投球と同時に前進するよう指示を出す。
今回は大量のブロックサインを用意してきた。事細かな指示を出すことができる。
初球、堂上は力強く腕を振り下ろした。
「ットライーク!」
森久保さんはバットを寝かせたが、直ぐに引いて見送った。
彼は追い込まれると弱いので、次のストライクを狙ってくるだろう。
「(また前進してきたらバスターするか。サードは結構上手いみたいだしな)」
二球目、堂上はナックルカーブを振り下ろした。
森久保さんはセーフティバントの構えだけ。咄嗟にバットを引くと、腕だけで打ってきた。
「(やべっ……正面だ……!)」
引っ掛けた当たりはファースト正面に転がっていく。
タイミングが際どくヒヤリとしたが、鈴木が捌いてファーストゴロとなった。
忘れかけていたが、富士谷は守備があまり良くない。
夏は人工芝の神宮で守備が崩壊した。今回は神宮よりも更に過酷なので、守備面の不安は拭えない。
しかし――実に新鮮な光景である。
守備には富士谷の選手。相手のベンチには関越一高の選手。その姿を、俺はベンチから見守っている。
ほぼ常にエースで、非登板時も野手で出場する事が多かった俺にとって、ベンチから公式戦を観るのは珍しい出来事だった。
堂上は後続も抑えて初回を三人で切り抜けた。
非常に幸先の良いスタートだ。今大会は全て先制しているので、今日も主導権を握りたい所である。
関越一0=0
富士谷=0
(関)竹井―土村
(富)堂上―近藤
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