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54.久々の再会

 因縁の関越一高との決戦は、神宮第二球場で行われる事となった。

 すぐ隣には明治神宮野球場があり、夏ぶりに東京球児の聖地に帰って来たと実感する。

 ただ、神宮球場は大学野球の真最中。高校生は隣の欠陥球場で、野球みたいなスポーツをする事となった。


 第一試合が始まる頃、俺達も現地に辿り着いた。

 もう流れは分かっている。どうせ土村に絡まれるのだろう。

 逃げても無駄だろうから、とっとと済ませたい所である。


「YO! カシ、久しぶりだナ!」


 そう思った矢先、後ろから声を掛けられた。

 この声は土村――じゃない。俺は恐る恐る振り返ると、肌の黒い男が笑みを浮かべていた。


 髪型はドレッドヘアー。帽子はツバを後ろに向けて被っている。

 顔にはサングラス、首にはヘッドフォン。その姿はどう見ても野球選手ではない。


 まさかこんな所にヒップホッパーがいるとは――。

 そう思わせてくれたのは、府中本町シニアでセンターだった男・大越ルイスだった。


「ああ、久しぶり」

「相変わらずクールだナ。ウチのクレイジーボーイとは大違いだゼ」


 彼の言うクレイジーボーイとは、言うまでもなく土村である。

 ちなみに、大越は凄まじく変り者だがキチガイではない。

 だから嫌いではないが、正直なところ関わりたくないのも事実だった。


「土村な。アイツはまだ来てないのか?」

「一緒のバスで来たからナ。たぶんその辺に――」


 大越が言い掛けたその時、世界で一番会いたくなかった男は姿を現した。


「よーお柏原ァ! ついに決着をつける時がきたなァ!!」


 やたらとバカでかい声で叫んだのは、俺の元女房役――土村康人だった。

 久々すぎて面倒臭さを忘れていたが、改めて心底面倒臭い奴だと実感する。


「そうだな。じゃあまた試合で」

「まァ焦るなよ柏原ァ! コイツを見てけよォ!」


 土村はそう叫んで、土の入った小瓶を見せびらかしてきた。

 これはまさか――。


「なーあ柏原ァ! クソカス都立のお前にゃ無縁だもんなァ!? 羨ましいだろォ!?」


 土村が得意気に叫ぶと、俺は顔に手を当ててしまった。

 紛れもなく甲子園の土である。それも、土村は甲子園登録の18人から漏れていたので、これは自分で詰めた土ですらない。

 そこまでしてマウントしたいのかと、俺はつい呆れてしまった。


「ふむ……実に情けない。虎の威を借る狐とはこの事だな」


 そんな中、土村にマジレスを浴びせたのは堂上だった。


「あァ!? クソ雑魚はお呼びじゃねェから引っ込んでろや!」

「そうは言われても、今日の先発は他でもなく俺だ。本当に雑魚かどうか、この試合で確かめてみるといい」


 堂上がそう言い放った瞬間、土村は少し表情を歪めた。


「おい……柏原テメェ、まさか投げれねえのかァ……?」

「ああ。投げれないどころかベンチスタートだぞ」


 俺がそう答えると、土村は少し沈黙してから、不敵な笑みを浮かべ始めた。


「ククッ……カーッカッカッカッ! ざまあねェ! 女のケツ追っかけてクソカス都立に進んだ挙げ句に怪我かよォ! とんでもねぇ負け犬でポンコツだなァ!!」


 土村は高らかに笑い声を上げた。

 全部事実なので否定はしないけど、コイツの笑い声はアホみたいに煩いので、完全に注目の的になっている。

 控え目に言っても一緒にいるのが恥ずかしい。


「……かっしーは負け犬なんかじゃない」


 土村の笑い声が響く中、真剣な表情で呟いたのは恵だった。


「テメェはあの時のクソ女……!」

「私はクソ女かもしれないけど、かっしーは負け犬じゃないよ。私達ここまで連れてきてくれたエース様だもん」


 恵はドヤ顔で誇ると、土村は再び顔を歪めた。


「そ、そーだそーだ! かっしーは凄いんだよっ!」

「あァ!?」

「ひいっ!」


 琴穂も便乗したが、土村に睨まれると俺の後ろに隠れた。

 震えながら背中にしがみついている。可愛い、超可愛いな。


「弱い犬ほどよく吠えるって言うしな。本当は大した事ねーんじゃねーの?」

「誰だテメェ! 部外者が入ってくんじゃねェ!」

「ぶがっ……記録員の卯月だよ! 覚えとけ!」


 卯月も流されて続いたが、盛大にカウンターを食らっていた。

 何か……女の子に守ってもらってる情けない男みたいになってきたな。

 あまり土村とは喋りたくないが――仕方がない、ここは俺もイキッとくか。


「ま、俺が出るまでもねえって事よ。今の内に負けた時の言い訳を考えておくんだな」

「クソカス都立の分際で言うじゃねえかァ! テメェこそ怪我を言い訳にすんじゃねえぞゴルァ!」


 土村は何故かニヤけながら叫んできた。

 此方から張り合ってきたのが嬉しかったのだろうか。

 これは失敗した。やっぱ堂上とマネージャー達に任せれば良かった。


 そんな感じで土村の相手をしていると、やがて回収担当の方々がやってきた。


「本当にごめんな〜。相変わらず面倒臭かったでしょ」

「土村おまえ、つぎ相手に喧嘩売ったら首輪とリード付けるからな」

「ふふっ……土村くんならリードも噛み千切りそう……」


 順番に松岡周平、渋川憲心、棚橋唯である。

 以前も言ったが、周平は本来なら親友になる男で、他人のような距離感には未だに慣れない。

 つい周平と呼びそうになるし、向こうも竜也と呼んでくれそうな気がしてしまう。


 ちなみに渋川は次期主将の遊撃手。

 棚橋は本来なら少しだけ交際するマネージャーで、全試合が神宮第二球場で行われる準々決勝からチームに合流した。


 その全てが懐かしい。

 本当なら俺もこの輪の中にいて、一緒に土村を宥める立場だった。


 この光景を見ると、つい関越一高にいた頃を思い出してしまう。

 しかし、周平と渋川は今は他人。棚橋も中学時代の知り合いに過ぎない。

 そして――本来の関係には二度と戻れないのだ。


 俺はこの試合で未練を断ち切る。

 マウンドには立てないけど、監督代行として勝利に導いて、本当の意味で富士谷の柏原竜也になる。


「あばよ柏原ァ! もう棄権は受け付けねェからなァ!!」

「すいません、ウチの土村が迷惑かけて。ほら、早く行くぞバカ」

「柏原くん……またね……。私は……私は……柏原くんの出番を待ってるから……」


 土村はそんな感じで回収されていった。

 一つ忘れていた。土村のバカにも一泡吹かせてやらなくては。

 エース温存の都立に敗北という屈辱を味合わせてやるよ。

▼大越 ルイス(関越一高)

180cm72kg 右投右打 外野手 1年生

柏原と同じ府中本町シニア出身の外塁手。

見た目は奇抜だが非常に身体能力に優れていれる。

ナイジェリア人の母を持つ他、親の都合でアメリカにいた時期がある。


▼渋川 憲心(関越一高)

176cm70kg 右投右打 遊撃手 1年生

堅実な守備と勝負強い打撃が持ち味の遊撃手。

しっかり者で常識人。どちらかと言えばモブキャラ。


NEXT→3月11日(木)

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― 新着の感想 ―
[一言] オコエは3年ほど繰り上がりましたね。
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