53.禁術
大山台戦の翌日、秋季大会3回戦の全ての試合が終了した。
尚、結果は下記の通りである。
【ヤグラ左側】
都立富士谷5―1都立大山台
関越一高13―3国秀院久山(5c)
明神大仲野八玉10x―9駒川大高
都大三高12―1都立比野(6c)
【ヤグラ右側】
早田実業8―1東栄学園(8c)
帝皇4―3東山大菅尾
二本学舎7―1都立雪原
成律学園3―0創唖
次の相手は関越一高。その次は都大三高か明神大仲野八玉である。
このカードは正史では実現していない為、どちらが勝つかは確定していない。
そして決勝だが、正史通りなら帝皇が勝ち上がってくる。
ただ、成律学園は本来ならヤグラ左側の為、この高校の結果は先が読めない。
帝皇と言えば、この時代では関越一高と並ぶ東東京2強の一角である。
そして成律学園は、俺の高校野球生活に終止符を打った新興勢力だった。
まだ先の話とはいえ、どちらも悪い意味で縁のあるチーム。
特に成律学園に関しては、一度で良いから直接リベンジを果たしたい所だ。
何はともあれ、先ずは因縁の関越一高である。
この高校は、本来エースになる筈の俺が抜けている。
つまり、登録選手に少なからず変化が起きているという事だ。
先ず、今回エースになったのは2年生の竹井さん。
MAX141キロ(秋時点)の大柄な本格派で、正史では二番手投手を兼任する左翼手だった。
制球はアバウト、変化球もオーソドックスなので、速球に打ち負けなければ点は取れるだろう。
次に、この竹井さんが抜けたレフトに入ったのが、府中本町シニア出身の外野手・大越ルイスである。
本来なら来春からレギュラーだったが、俺が抜けた事でデビューが早まったようだ。
最後に、俺が抜けた事で空いた1枠だが、2年生投手の河合さんが登録されていた。
河合さんは小柄な技巧派右腕。序列で言えば5番手なので、特に気にする必要はない。
ちなみに1年生投手の登録はゼロである。
やはりというべきか、現状だと俺の穴は埋められていないのだろう。
翌週の日曜日に控えた決戦に備えて、俺はノースローで調整する事となった。
打撃もトスバッティングのみ。ノックでは一塁の守備に着き、送球は一切しない。
その間、鈴木には外野もやってもらった他、俺は早めに上がって電気マッサージを受けに行った。
そして迎えた金曜日、畦上先生に呼ばれて2年6組の教室に向かった。
教室には畦上先生の他に、瀬川監督と恵が集まっていた。
「柏原、怪我の状態はどうだ?」
「順調です。送球くらいなら解禁して問題ないと思います」
畦上先生の問い掛けに、俺は淡々と言葉を返した。
「うーん、そうか……」
畦上先生は困惑気味に言葉を漏らす。
瀬川監督も顎を擦りながら、何処か難色を示している様子だった。
「どうしたんです?」
「……実は瀬川さんと話し合った結果、柏原をスタメンから外す方向になってな」
畦上先生は言い辛そうに言葉を続けた。
ちなみに、畦上先生の言う「瀬川さん」とは瀬川監督の事である。
大事を取って野手としての出場も避ける、という事なのだろうか。
確かに、野手として出場する以上、送球という動作は避けられない。
そしてバッティングに関しても、肘に全く影響がないとは言いきれないだろう。
しかし、そう簡単には納得できないのが現状だ。
次の試合は色々な物事が賭かっている。俺の因縁、21世紀枠の可能性、津上の入部、そして恵の体。
これは絶対に落とせない試合であり、黙ってベンチで見守る訳にはいかなかった。
「……分かりました。代打の準備はしときます」
ただ――俺はその決断を受け入れた。
指導者二人が下した結論である以上、たかが一選手の俺には覆せない。
「本当にすまない。けどこれは柏原の為だからな」
「分かってます。ただ一つだけお願いしてもいいですか?」
謝る畦上先生に、俺はそう問い掛けると、
「次の試合、自分に采配させてください」
真剣な表情で言葉を続けた。
「あのなぁ柏原、いくらなんでもそれは……」
畦上先生は困惑気味に言葉を返す。
その瞬間、恵はハッとした表情を浮かべて、瀬川監督の体を揺さぶった。
「ねね、お父さん。やらせてみようよ。かっしーは関越一高の知り合い多いから、相手のこと詳しいし上手くやれると思うよ」
恵がそう語ると、瀬川監督は満更でもなさそうな表情で顎を擦った。
「恵の言う通り、柏原なら上手くできるかもしれんな」
「ちょ……本気で言ってるんですか!?」
「せっかくの機会だし任せてみようじゃないか。責任は私が取ろう」
「えぇ……」
「やった〜! お父さん大好きっ!」
指導者同士の会話が終わると、恵は瀬川監督に抱きついた。
さすが恵、瀬川監督の操縦はお手の物である。というかチョロすぎて、詐欺とかに引っかからないか心配になってきた。
「せ、瀬川さんがそう言うなら仕方がないが……あくまで選手やシートの変更は俺達でする。それでいいな?」
「ええ、それで問題ないです」
畦上先生は呆れ気味に言葉を続けた。
恐らく、俺が勝手に強行出場する事を懸念したのだろうが、見当違いも良い所である。
今思えば、このタイミングで怪我をしたのは好都合だったのかもしれない。
俺は本来なら関越一高のエース。チームの内情には詳しいし、指示する側に回ったほうが効率的だ。
いや――詳しいなんてレベルではない。俺は文字通り全てを知っている。
選手達の癖や弱点も、土村のバッテリーサインも、そして――米原監督のブロックサインもな。
本当はもう一つ閑話を挟む予定でしたが巻いていきます。
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