52.女神さまは欲求不満?
大山台戦の翌日、練習前に恵と情報交換を図った。
俺は怪我の状況を報告。対する恵は、お互いの体を賭けて津上と勝負している事を報告してきた。
「しっかし無茶したな。本当に大丈夫かよ」
「大丈夫大丈夫。負けたら諦めるとは一言も言ってないからね〜」
「そっちの心配じゃねえよ」
気楽そうな恵に、俺は思わず突っ込んでしまった。
もし富士谷が次で負けたら、津上には「恵を1日好きにして良い権利」が与えられる。
いくら転生者とはいえ、高校一年生の女の子には荷が重すぎるだろう。
「あ、もしかして体の心配してくれてる?」
「そりゃな。相手は逆ギレして先輩殴るような奴だし、何されるか分かったもんじゃないぞ」
「ふふっ、ありがと。確かに津上くんってドSっぽいし、普通じゃないプレイ要求されそうだよね〜」
恵は相変わらず気楽そうだったけど、不安を誤魔化しているようにも見えた。
「まあそういう訳だから頑張ってよ。私も初めては好きな人としたいしさ」
「無茶振りすぎない?? 俺投げられないんだぜ??」
「あはは。けど、どのーえに頼む訳にもいかないからね〜」
微笑む恵に、俺は再び突っ込んでしまった。
次の試合、俺は絶対に登板できない。指導者の意向も然ることながら、恵の勝利条件に「柏原を登板させない」というものがある。
一回限りの秘策も用意しているが、投球に関しては堂上に任せるしかない。
「まあ試合の話は今度にしてさ。今日はこの流れで猥談しようよ」
俺の不安を他所に、恵は唐突にぶっ込んできた。
「急にどうした。欲求不満なのか?」
「いや〜、私も生きた年数的には実質女子大生じゃん? たまにはそういう話もしたいなぁ〜って」
下ネタで盛り上がりたいお年頃という事か。
しかし、そういう話は同性同士でやるべきだろう。
「何で俺なんだよ。卯月とすりゃいいだろ」
「それがさ〜、なっちゃんはそういうの全然ダメなんだよね」
恵はそう言って言葉を続ける。
確かに卯月は純情な部分があるが、女子だけの空間でも同じなのだろうか。
「合宿5日目の夜だったかな、3人でトランプやろうってなってね」
「うん」
「私が持参したトランプの紙箱に、めっちゃ綺麗な字で0.02ミリって書いといたんだけどさ」
クッソくだらねえ、と思いつつも話に耳を傾ける。
「なっちゃんに渡したら、トランプを1枚捲って『そんなに薄いか……?』って言い出したの!」
「それはカマトトぶったな……」
「そう思うじゃん!? けど、自販機で売ってる近藤ってこんな感じらしいよって言ったら『え、近藤が……? ありえねえし需要なさすぎだろ……』って凄い困惑してたよ!」
その話を聞いて、少しだけ笑いそうになってしまった。
いや本当にくだらないし、隠語のチョイスもどうかと思うけど、卯月も中々に物を知らないな。
「あと、どのーえ巨根説を語ろうとしたら無言で枕投げつけられたりね〜」
卯月の無言枕投げは確かに怖い。
しかし――猥談って言うから身構えていたが、話のレベルがめちゃくちゃ低いな。
ちなみに堂上のアレは本当に大きい。例によって張り合ってきたから覚えてる。
「じゃあ琴穂はどうよ」
「んーっとね、琴ちゃんも大概だけど、最低限は知ってるって感じかな」
「詳しく」
「(やっぱ食い付いてきた……)けど琴ちゃんはタダ乗りするからね〜」
「まあ話を聞こうじゃないか」
俺はそう言って、心のボイスレコーダーをオンにした。
「なっちゃんが寝た後、ここだけの暴露話しようって流れになってね」
「ほう」
「部屋で瞳姉の電動コケシを発掘したからこっそり使ってみた、って話をしたんだけどさ」
「さりげなく衝撃的な告白してきたな??」
俺は思わず言葉を遮ってしまった。
急に生々しくなってきたな。恵に清楚な印象は全くないが、いざ話を聞くと困惑を隠せない。
「えー……そこ引っ掛かる?」
「少なくとも異性に言うもんじゃねえと思うけど」
「けど男の子は言うまでもなく99%そういう事してる訳じゃん。それも定期的に」
「まあ確かにな……」
そう考えたら、女子から見た男子というのは結構気持ち悪い生物なのかもしれない。
というか俺も気持ち悪くなってきた。もう近藤の返球を受けたくないまである。
「で、話を聞いた琴穂の反応はどうだったんだよ」
「ちょっと恥ずかしそうに『気持ちよかった……?』って聞いてきたよ」
控え目に言っても素晴らしい返しだな。
直接言われたら秒で惚れる。いやもう惚れているけど。
「それ録音ない?」
「ないよ」
「じゃあ転生して録ってきてくれ」
「無茶振りすぎでしょ……ってか話は終わりじゃないんだって」
恵はそう言って言葉を続ける。
「私が語ったから次は琴ちゃんの番じゃん? だから話聞こうとしたら、いつの間にか布団被っててさ〜」
「布団被る琴穂かわいい。じゃなくて、それは確実に聞き逃げだな……」
「でしょ! まー擽りの刑で許してあげたけどね。あと好きな人を言い合おうって時も――」
恵はそこまで語ると、ハッとした表情で口を隠した。
「詳しく」
「いや……これはダメでしょ……!」
「いいから詳しく」
「あ、あー……琴ちゃんとの逸話は他にもあるんだけどな〜」
「それも気になるけど、今知りたいのはそれじゃないな?」
恵の失言が正しければ、女子部屋でも好きな異性を言い合ったという事になる。
琴穂は誰の名前を挙げたのだろうか。そして他の二人が誰を挙げたのかも、正直に言えば気になる所である。
「こっちも教えるから教えろって」
「だーめーでーすー! ってか、次はかっしーの番じゃん!」
「ああ、いくらでも語ってやるから教えろよ」
「っ……! きゅ、急にお腹が〜〜」
「てめっ、逃げんじゃねえ!」
俺はそう言って恵を追い掛けたが、直ぐに女子トイレに逃げられてしまった。
恵は顔だけ出して、勝ち誇った表情で此方を煽っている。
いるよな、トイレや更衣室を無敵ゾーンとして使う女子。
先程、恵は実質女子大生を自称していたが、今やっている事は小中学生レベルである。
しかし――三人は誰の名前を挙げたのだろうか。
恵の言い掛けた言葉は、俺を長らく悩ませる事となった。
NEXT→3月5日(金)