49.代役
富士谷000 001 0=1
大山台000 000 =0
(富)柏原、堂上―近藤
(大)日暮―森村
残りのイニングはスカウトのお兄さん視点でお送りします。
堂上の投球練習が終わり、一死一二塁で試合が再開された。
大山台の打者は森村。捕手で4番とチームの大黒柱であり、高校通算13本塁打を放っている。
スカウトという視点では興味無いが、高校レベルでの注目選手と言えるだろう。
「(日暮が踏ん張ってるからな。俺が助けてやんねーと)」
森村は右打席でバットを構える。
マウンドの堂上はサインに頷くと、セットポジションから腕を振り下ろした。
「ットライーク!」
「(……速い。けど打てない球じゃないな)」
森村は堂々と見送ってストライク。
手元のスピードガンでは139キロを記録していた。
「秋は球速落ちるって言ってましたけど、結構でてますね〜」
「寒暖の影響が少ない投手もいるし、単純に堂上が成長した可能性もある。一概に言える事ではないよ」
相変わらず隣にいる瀬川さんと言葉を交わす。
堂上のMAXは140キロ。尤も、私のガンで測るのは初めてなので、実際の球速差は分からない。
「(余裕のある見送り方だったな。変化球で様子を見てみるか)」
「(ふむ……力で捻じ伏せても良かったのだがな。正直リードはよく分からん、任せるぞ)」
「(堂上はすぐ頷くからサイン交換が楽だなあ……)」
二球目、堂上が腕を振り下ろすと、白球はベースの外へ逃げていった。
「ボール!」
外角へのナックルカーブは、森村のバットが止まってボール。
良い球だったが、バットを止めた森村が上手だった。
「(あっぶねー、手が出そうになったわ)」
「(くそっ、振ってくれりゃ良かったのに)」
森村は深呼吸して、近藤はミットを叩いて気合を入れ直した。
堂上の表情は一切変わらない。ここまでポーカーフェイスだと、打者も怖さを感じるのではないだろうか。
「(さて三球目は――)」
「(うむ、従おう)」
「(サイン出す前に頷くなや)」
三球目、堂上は力強く腕を振り下ろした。
森村はバットを鋭く振り抜くと、打球はレフト線に飛んでいく。
「……ファール!!」
レフト線の打球は僅かに切れてファール。
一塁側から安堵の息が、三塁側から溜め息が漏れた。
「よーしよしよし、追い込みましたよ〜。後は決め球で三振取るだけですね〜」
「そんな簡単に打ち取れたら苦労はしない……と言いたい所だが、投手優位になったのは間違いないな」
「でしょ〜!」
興奮気味の瀬川さんと言葉を交わす。
彼女の言う通り、カウントも然ることながら、配球的にも堂上が優位に立った。
彼の決め球はチェンジアップ。ストレートの後に投げれば、その緩急を最大限に活かす事ができる。
四球目、堂上は力強く腕を振り下ろした。
予想通りのチェンジアップ。しかし――森村はフォームを崩しながらも、何とかバットに当ててきた。
「ファール!」
打球は三塁側ベンチに転がるファール。
完全に決まったと思ったが、腕だけで当てた森村が上手かった。
「か、解説の古橋さん! チェンジアップ当てられちゃいましたけど、次はどう攻めたら良いんでしょうか!」
「カウント的には有利だし、ボール球で整えるのが無難だな。私なら外に逃げる変化球を投げるよ」
私はスカウトであって解説者ではない、というのは今更なので言わない事にした。
純粋なチェンジアップの連投は危険である。緩急を目的とした球種であるが故に、見切られたら棒球にしかならない。
かと言ってストレートは狙われてそうなので、ここはボールになるナックルカーブが無難だろう。
「(狙いはストレート。ナックルカーブは見逃してチェンジアップは気合で当てる。よし来い……!)」
五球目、堂上はセットポジションから腕を振り下ろした。
内角の速い球。森村はバットを振り抜くと、金属バットの音が響き渡った。
「「おおおー!」」
その瞬間、一瞬だけ歓声が上がった。
迷うことなく振り切った鋭いスイング。そこから放たれた打球の行方は――。
「サード!!」
サードの真正面に転がっていた。
京田は軽快に捌くと、三塁を踏んでから一塁に送球する。
「……アウト!!」
一塁審の右腕が上がって併殺完成。
頭から滑り込んだ森村は、悔しそうに一塁ベースを叩いた。
「ふぅー……危なかったぁ〜。古橋さん、最後のはストレートですかね〜?」
「……シュートだな。それも日暮とは違い、意図的に操っている」
恐らく、最後の球は内角を抉るシュートだろう。
高速域で小さく変化するので、ストレート待ちに対して芯を外せるし、チェンジアップとの緩急も活かせる。
柏原同様、堂上も球種を増やしたと言うことか。
「お〜、新球種ですね! これはスカウト的にも評価上がったんじゃないですか?」
「そうでもないよ。高校レベルの変化球は何個あっても評価は変えないからね」
これは個人的な感覚になるが、高校生を評価するにおいて球種数は考慮しない。
変化球で見るのは三振の取れる球種のみ。それよりもストレートやフォーム、体格のほうを重視する。
それを踏まえた上で言うと、堂上は今まで通り野手評価の選手だ。
これも個人的な感覚になるが、力強く投げる力投型よりも、力みのない綺麗なフォームで投げる投手を推したい。
更に曖昧な表現になるが、豪速球よりも快速球が好みという事である。
「……というか、妹さんから新球種とか聞いたりしてなかったの?」
「恵は何も教えてくれませんよ! 瞳姉に教えると記事にしてバラされるって言って!!」
「利口な妹さんだね……」
「全然! 超おバカですよ! 偏差値とかリアルに私の半分くらいですからね!」
流石に半分は無いだろ、とは言わなかった。
しかし、この姉妹は仲が良いのか悪いのか。球場ではあまり言葉を交わしてくれないので、少しだけ気になる所ではある。
さて、8回表の攻撃は3番の田村から。
下位打線の力量を考えたら、富士谷としてはこの回に追加点が欲しい所。
逆に大山台としては、無失点で切り抜ければ勢いに乗れる所である。
富士谷000 001 0=1
大山台000 000 0=0
(富)柏原、堂上―近藤
(大)日暮―森村
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