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12.疑惑、そして試運用

 6月も一週間が過ぎ、西東京大会開幕まで一ヶ月を切った。

 学校生活は日常の一部となって、新鮮味もすっかりなくなった。それでも、金城と近くの席という事実は、全くと言っていいほど飽きが来ない。

 そろそろ席替えをしよう、なんて担任の谷繁先生は言っていたが、俺は断固として反対したい。


「はぁ……」


 放課後、その金城が珍しく俯いていた。

 昼過ぎまでは元気だったのに、とても不安げな表情を浮かべている。

 女性に機嫌を聞くのは好きでないが、少しばかり心配だ。聞いてみるか。


「金城、大丈夫か?」

「……えっ、何が!? 私は元気だよっ!」


 彼女は慌てながら、取り繕うようにそう言った。


「春ちゃん! 早く部活いこっ!」

「あ、うん……!」

「かっしーばいばい!」


 そして、バスケ部の苗場春香と共に、逃げるように去っていった。

 放課後に機嫌を損ねたという事は、部活に行くのが億劫だったのだろうか。

 以前、恵が言っていた事が本当なら、退部に繋がる事かもしれない。

 連休明けに探ってみるか。とりあえず苗場に尋問しよう。





 この時期になると、練習試合のレベルも上がり、初戦コールド負けの常連校と試合をする事はなくなった。

 とは言っても、相手は多くても2勝止まりの高校までで、このチームの相手としては物足りない。

 その中で、日曜日に組まれた明神(めいじん)大学附属仲野八玉(なかのはちたま)高校、略して明神大八玉のBチームとの練習試合は、実力を試すには相応しい舞台だった。


「ねね、かっしー。今日の試合、正史の記憶を使ってみない?」


 当日、雨天連絡係を任され、皆よりも一足早く学校に着いた俺に、恵はそう提案してきた。


「たかが練習試合に?」

「本番に向けて試そうよ。それに、この試合のこと少しだけ覚えてるんだよね」


 なるほど、正史でも組まれていた試合だったか。

 明神大八玉は西東京の強豪校。甲子園出場こそ未だ無いが、コンスタントに上位に来る実力がある。

 Bチームとはいえ、ベンチ入り当落線上の選手は必死になっている時期だ。相手に不足はないだろう。


 1試合目は富士谷の先攻で始まった。

 明神大八玉の先発は1年生左腕・後田(うしろだ)

 今は無名の選手だが、2年後は西東京屈指の左腕になっている。


 富士谷の先頭打者は左打ちの野本。

 恵曰く、正史でも野本が1番で、結果は四球だったらしい。

 なので、


「ブルペンで荒れてたから、よく見てけよ」


 と、野本に耳打ちした。

 結果は四球。まあここは全てが正史通り、耳打ちは保険だ。


 2番は渡辺。正史では京田で、結果は送りバント。

 恵によると、初球、真ん中の直球でカウントを取りに来たらしい。選手こそ違うが、どちらも右打者だし、攻め方は変わらないだろう。

 というわけで渡辺には、


「四球の後だから、真ん中の直球で取りに来るぞ」


 と伝え、バスターを提案。

 瀬川監督は、恵の助言にはホイホイ耳を傾けるので、バントさせないように伝えてもらった。


カキーンッ!


「おおっ!」


 その初球、渡辺はセンター前に打ち返した。選手達から声が漏れる。

 初球をしっかり捉えた渡辺も上手いが、恵の記憶力も素晴らしい。

 俊足の野本は一気に三塁まで到達して、無死一三塁となった。


 3番打者は孝太さん。本来なら2年生の阿藤(あとう)さん(二塁手・右打者)で、結果は二ゴロ。

 選手も打席も状況も違うので、記憶を使うのは一旦終了。

 たった二人だけど、一死二塁を無死一三塁にしたのだから、この差はかなり大きい。


 続く孝太さんは犠牲フライ。一死一塁で俺の打順を迎え、右打席に入った。

 マウンドには左腕・後田。2年後には140キロ近い球を投げるが、現時点ではせいぜい120キロ台後半くらいだろう。


 一球目、ストレート。高めに外れてボール。

 目測で125キロ前後くらい。1年生左腕にしてはまあまあだが、苦戦するような球じゃないな。


 二球目、インコースの遅い球。

 山なりの球は、緩やかな曲線を描いて此方に――って、やべ!


「……デッドボォ!!」


 インコースのカーブは、咄嗟に向けた背中に直撃した。

 大して痛くはないけれど、せっかくだし打ちたかったな。


 その後、5番の鈴木はライト前へのタイムリーヒットを放つと、俺は一気に三塁まで落した。

 続く堂上も会心の大飛球を放ち、俺はホームまで生還。初回から3点を先制し、作戦がピタリとハマった。


 1回裏、マウンドには俺が上がった。

 投球は基本的に実力勝負。先頭から二者連続で三振を奪うも、3番にはレフト前に運ばれた。

 二死一塁、ここで左打ちの1年生・舞岡(まいおか)を迎えた。


 この選手は、12歳以下の日本代表に選ばれた実績を持っていて、順当に東京を代表する捕手に成長する。

 ただ、これは2年後の夏に発覚する事だが、彼は掬い上げる打撃は上手いが、高めを叩き飛ばす打撃は苦手としていた。


 こういう露出の多い選手はやりやすい。

 俺は外野を後ろに下げると、思考停止で外角低めを要求する近藤に首を振った。


 一球目、真ん中高めのストレート。

 少し中に入ったが見送られてストライク。

 近藤は首を傾げているが、これでいい。


 二球目、内角低めのスライダー。

 枠から外れていく球。バットが止まってボール。

 よく止めたが、そのコースを打ちたいのが良くわかる。


 三球目、外角高めのストレート。

 バットを出してきた。無理矢理引っ張られた打球は、思ったよりも遠くに飛んだが――。


「……アウト!」


 定位置より後ろに守っていたセンター・野本の守備範囲内。

 しっかりと捕球し、スリーアウトとなった。

 うん、舞岡はこれで完封できそうだな。


 俺はこの後も好投を続け、9回を2失点に抑えた。

 対舞岡については、4打席目に軽打されてポテンヒットを許したが、ほぼ完璧に封じ込めた。


 打線のほうは、後田からは追加点を奪えなかったが、6回から登板した右腕・小林さんを捉える。

 恵曰く、状況に関わらずストライクをポンポン放るとの事なので、打者達には積極的に打つよう指示。

 孝太さん、俺、鈴木の3連打に加え、堂上のスリーランも飛び出し計4点を追加。7-2で完勝を納めた。


 2試合目は堂上が先発完投。内容は割愛するが6-4で勝利。

 Bチームとはいえ、明神大八玉を相手に連勝を果たした。


「救急車きてたなー、誰か怪我したっけ?」


 試合後、京田がそう溢した。

 全く気付かなかったな。怪我人はいなかったし、2試合目の頭部死球の絡みだろうか。


「堂上が頭に当てたやつだろ」

「軟弱だな。強豪校と言ってもその程度か」

「お前は少し反省しろ!」


 反省しない堂上に、卯月はすかさず声を飛ばした。

 強豪校に連勝したというのに、この二人は本当にブレない。


「いやーしかし、柏原くんの助言は冴えてたね~」

「全くだよ。これが天才ってやつなのかな」


 その側で、野本と渡辺がそんな会話をしていた。

 この二人は鈴木や堂上ほどじゃないが、1年生にしては打撃が上手い。

 なにより素直で真面目なので、正史の記憶を使うにあたって便利な選手だった。

 軟派な自由人こと鈴木や、我が強い堂上では、こう上手くはいかなかっただろう。


「かっしーおつ! 上手くいったね~」


 恵はそう言ってコップを差し出した。

 この子の記憶力と調査力も素晴らしい。

 卯月曰く、暇があれば野球ノートに何か書いているらしく、その熱意には頭が下がる。


「ああ。よくコースまで覚えてたな」

「そりゃー、正史では初回が最大の見せ場だったからね……覚えてるよ」


 なるほど、初回くらいしか見所が無かった訳か。

 本来なら惨敗していた所を2連勝。記憶の有効性も確認できたし、収穫の多い試合になった。


「ところで……俺、近藤、堂上、鈴木、渡辺は本来いない選手だろ? 代わりに中里、杉山、あと一人推薦の奴がいたとしても、8人しかいなくね?」

「ああー。本来なら一般入試の子があと3人入るからね~」

「へぇー……なんで入部しなかったんだろうな」

「かっしーや堂上を見て怖じ気ついたんじゃない?」

「俺達のせいで部員減ってんのかよ……」


 人望の無さに、俺は久々に泣いた。

補足「雨天連絡係」

ホームの練習試合において、朝一番にグラウンドに乗り込み、天候とグラウンド状態を確認して、試合の可否を決める係のこと。

下級生がローテーションで受け持つ場合が多い。


――――――――――――――――――


▼野本 圭太(富士谷)

175cm64kg 右投左打 外野手 1年生

俊足が武器の外野手。意外とパンチ力もあるが小技は苦手。

学年屈指の学力を誇る頭脳派だが、データを活かして云々したりする描写は今のところ無い。


▼渡辺 和也(富士谷)

171cm62kg 右投右打 遊撃手/二塁手 1年生

ミート力と顔に定評がある遊撃手。守備範囲も狭くはないがミスは多い。

控えめだが気遣いもできる性格で、女子校に通う彼女の尻に敷かれている。


▼京田 陽介(富士谷)

163cm53kg 右投右打 三塁手 1年生

守備と小技と元気に定評がある三塁手。バッティングは非力。

中学時代は強豪ボーイズの控え選手。富士谷を選んだ理由は、楽にレギュラーが取れそうだったから。

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