48.とあるスカウトの見解
『都立 富士谷高校、シートの変更、並びに選手の交代をお知らせ致します。ライトの堂上くんがピッチャーに入り、ピッチャーの柏原くんに代わりまして、島井くんがライトに入ります』
7回裏、一死一二塁、大山台の攻撃中。
10分程の試合中断を挟んでから、ウグイス嬢のアナウンスが場内に響いた。
私は古橋一樹。
東京の人気が無い方のプロ野球チームのスカウトである。
今日はここ、江戸川区球場で、選手の視察を口実に野球観戦をしている所だった。
「柏原くん大丈夫ですかね〜? 何とか来週までに復帰して欲しいんですけど」
隣から問い掛けてきたのは、三流フリーライターの瀬川瞳。
何かと私に絡んでくる、面倒臭い残念な美人である。
「瀬川さん、私はスカウトであって外科医でもスポーツドクターでも無いからね……」
「えー、けどスカウトなら何か分かるでしょー? 教えて下さいよぉ〜」
瀬川さんは私の腕を掴んで揺さぶってきた。
この人は、スカウトをドラえ○んか何かと勘違いしている。
仕方がない、それっぽい話をして引いて頂こう。
「原因……という事であれば、思い当たる節が幾つかある」
「ほほーう。やっば投げ過ぎですか? 毎回完投ですもんね〜」
「いや、秋季大会は週末開催だし、球数で言っても大して投げてはない。それよりもスプリット、アレが負担になっている」
私がそう語ると、瀬川さんは首を傾げた。
「あの落ちるやつですよね? そんなに危ない球なんですか?」
「元々、肘に負担の掛かる球種ではあるが、柏原はサイドスローから放っているからね」
一つ考えられる原因は、サイドスローから放つスプリットだ。
本来、振り下ろして投げる球を、柏原は強引に横から投げている。そう考えたら、肩から先の関節には大きな負荷が掛かっているに違いない。
「サイドだと何でダメなんです?」
「肩を横方向、手首を縦方向に振り切るとなると、それだけ肘や手首は捩れているという事になるからね」
「あー、なるほど! 関節って捩れる力には弱いですからね〜」
実際は、柏原のスプリットは高速シンカー気味らしいので、完全な縦振りという訳ではない。
それでも、腕を振る際は捻れが発生している可能性が高いだろう。
「それと、ストレートも負担になっている可能性がある」
「え! ストレートもですか? 変化球よりは体に優しそうですけど」
「柏原は最速で144キロ出す訳だが、この数字はサイドスロー基準なら大学生でも上位クラスだ。まだ線も細いと考えたら、出力に対して成長が追い付いていない」
もう一つ、可能性があるとしたら恐らくストレートだ。
瀬川さんにも説明した通り、本来サイドスローの高校生は、大型の3年生でも140キロを出すのがやっとである。
そう考えたら、177cm72kgの1年生で144キロは、あまりにも速すぎるのだ。
「あと一つ、さっきの死球でフォームが変化した影響もあるかもしれないな」
「あ、それ私も気付きましたよ。日暮くんが掘った所に踏み込んでましたもんね」
最後に一つ、柏原は死球以降、僅かにステップ幅が変化している。
本人は気付いていないかもしれないが、本来インステップ気味の彼が正面に踏み込んでいた。
まあ……これは関係ないかもしれない。ただ、インステップに比べて遠心力が落ちるので、その分だけ腕に力を入れていた可能性がある。
「とまあ、こんな所かな」
「なるほどなぁ〜。色々考えられる可能性はありますけど、ずばり病名は何でしょう?」
「こっちが知りたい……。そもそも、大雑把に言われる肘の故障や肩の故障って、正式な医学名称だとかなり細分化されるからね」
やっぱこの子、スカウトをド○えもんか何かと勘違いしているようだ。
そもそも、柏原がどのような痛みを訴えているかも分からない時点で、この追求は無理難題と言えるだろう。
「スカウト的にはどうなんです? 注目選手の怪我って」
「大変よろしくないよ。稀に怪我のお陰で一本釣りや繰り下げ指名に成功する事はあるが、あんなのは結果論に過ぎないからね」
「やっぱそうですよね! 壊れちゃったら元も子もないですもんね〜」
なんにせよ、柏原の怪我の容態は気になる所である。
せっかく見つけた金の卵だ。野手でも潰しが効きそうとはいえ、できれば投手で使いたい所である。
「あ、試合が再開されますよ! 古橋さん、今後の展開予想をお願いします!」
「私はスカウトであって解説者では無いからね……」
「けど今日はサボりでしょう? アマチュア野球ヲタとして解説してくださいよぉ〜」
瀬川さんはそう言って、再び私の体を揺さぶってきた。
この子は本当に自由だな。さっきお茶をくれた妹は礼儀正しかった(瀬川姉妹比)というのに。
「この先の展望ねえ……。正直、堂上剛士の出来次第じゃないかね。打線は4番で分断された分、前半戦よりも期待できないな」
「堂上くんなら大丈夫ですよ! 柏原くんに負けじと凄い選手なんで、まあ見ててください!」
瀬川さんは何故かドヤ顔でそう言い放った。
さて……堂上剛士だが、愛知の球団が注目していると聞いた事がある。
個人的には野手評価の選手。この展開でどのような投球をするのか――密かに注目してみる事にした。
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