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47.緊急事態とその裏側で

富士谷000 001 0=1

大山台000 000=0

(富)柏原―近藤

(大)日暮―森村

 6回裏、7回表は共に三者凡退で終わった。

 依然として点差は僅か1点。此方が表という事も考えたら、優位を取れているとは言い難い。


「柏原、完全試合ペースだな」


 俺の不安を他所に、近藤がそう声を掛けてきた。

 今大会、ゴリラが意識し始めると記録も途絶える傾向にある。

 完全試合やノーノーには興味ないが、完封は守り切りたい所だ。


 7回裏、大山台の攻撃は1番の宮原さんから。

 この選手は、スプリット以外は当てる事はできている。

 他の球種で打ち取れたらベストだが、追い込んだらスプリットに頼るしかない。


「(うっし。あと3回だしな、スプリット連投でいくか?)」


 近藤のサインに対して、俺は首を横に振る。

 記録には興味ないし、スプリットは関節に負荷が掛かるので連投したくない。いい加減理解して欲しい所である。


 一球目、バックドアのスライダーから。

 宮原さんはバットを出すと、小さな体で振り切った。


「おお〜!!」

「あぁー……」


 その瞬間、歓喜と落胆の声が入り混じった。

 打球は三遊間を貫いていくと、バックスクリーンにHのランプが灯る。

 あっさりと完全試合が絶たれて、無死一塁となった。


「柏原、やっぱスプリットのほうが良かったな」

「単打一本くらいどうでもいいよ。後ろ抑えるぞ」

「お、おう」


 近藤を適当にあしらって、2番打者の風間を迎える。

 最初からバントの構え。初球、二球目とファールになったが、スリーバントが決まって一死二塁となった。


『3番 ライト 藤巻くん。背番号 7』


 一打同点のピンチで迎えたのは、右打者の藤巻さん。

 170cmと上背は無いが、パンチ力のある強打者だ。


「(よーしよしよし、俺と森村とデブの三連打で逆転してやんぜ)」


 藤巻さんは少しニヤけながら打席に入った。

 初球、外に逃げるスライダーから。いきなりバットを出してきた。


「ファール!」


 打球は一塁側スタンドに飛び込むファール。

 ボール球だったが捉えてきた。先程の宮原さんといい、大山台の右打者はスライダーを捉えている。

 日暮を使って練習を重ねて来たのだろう。


「(柏原、やっぱスプリットで……)」


 近藤のサインに対して、俺は仕方がなく首を縦に振った。

 連投するつもりはないが、意識させる意味でも投げてみるか。


「(スライダー連投はねえな。スプリットは打てねーし、右打者にシンカーはあんまり投げねーし、ストレートに絞ってみるか)」


 藤巻さんに対する二球目。俺はセットポジションから腕を振り抜いた。

 その瞬間――。


「いって……!」

「うげえ!?」


 肘に小さな痛みが走り、すっぽ抜けた白球は藤巻さんのヘルメットに直撃した。





『選手の治療中の為、今暫くお待ち下さい』


 アナウンスの声が何時もより遠く聞こえるのは、決して気のせいではなかった。


 あの後、試合は中断される事となった。

 頭部死球を受けた藤巻さんに怪我はなく、ヘラヘラしながら一塁に向かおうとしていたが、主審に制されて臨時代走が出された。


 むしろ無事で無かったのは俺のほうだ。

 一瞬だが肘に痛みが走った為、バックヤードで肘の状態を見る事になった。


「……特に痛みはないっすね。気のせいだったかもしれないです」


 瀬川監督や畦上先生が見守る中、俺は落ち着いて言葉を溢した。

 腕や肘を回してみたが痛む部分は無い。そして体感の話になるが、正史で肘を壊した時のような痛みでもなかった。


「けど肘だしな。直ぐに病院に行った方がいい」

「外野なら出来ますよ。もう痛くないですし、いざとなれば再登板もできます」

「ダメだ。まだ柏原は1年だし、将来の事もある。ここは無理する所じゃないぞ」


 畦上先生と言葉を交わす。

 関節の怪我が選手生命に関わるのは、俺だって十分に理解している。

 今は痛まないのも、体が反射的に痛みを庇った動きをしているだけかもしれない。


 ただ、ここで離脱するのは戦況に大きく響く。

 堂上は好投手だが圧倒的な力はなく、なにより4番に島井さんが入るのは致命的だ。

 甲子園も見えてきただけに、ここは譲れない所だった。


「ふーむ、困ったな。とりあえず畦上先生、車を出す準備を。あと付き添いで金城を――」

「分かりました。やっぱ肘はヤバいと思うんで病院に行きます」

「柏原……おまえ急にどうした……」


 つい反射で釣られてしまったが、せめて試合終了まで見届けたかった。

 くそ、ここは堂上を信じるしかない。負けず嫌いの意地を見せて欲しいと願うばかりだった。





「あーあ、富士谷もここまでっすね」


 一塁側スタンドで、瀬川恵(わたし)の横にいた津上くんがそう呟いた。


「どうして? 試合はまだ終わってないよ?」

「この試合は終わってないですけど、富士谷はこれで終わりっすよ。

 大山台はまだしも、次の関越一高は柏原さん抜きじゃ100パー無理っす」


 津上くんは淡々とした表情で言葉を返す。

 ちなみに神宮第二球場では、関越一高が国秀院久山にコールド勝ち目前の所だった。


「そんなのやってみないと分からないじゃん」

「いやー分かりますよ。柏原さん込みでも大山台に苦戦してますし、この辺が都立の限界って感じですね」


 津上くんはそう言って席を立った。

 私は咄嗟に手を伸ばすと、彼の左腕をしっかり掴む。


「じゃあさ、もし富士谷が関越一高に勝ったら?」

「……もしかして、俺と賭けをしようって事ですか?」


 今大会、私は津上くんと何度か会ってきた。

 その中で分かったのは、富士谷の入部には前向きになれていない事、けど私と会うのには前向きな事、そして所謂「ワンチャン」狙いで私に会っているという事。

 それなら――。


「うん。もし関越一高に勝ったら富士谷を認めて入ってよ。負けたら1回だけ何でも言うこと聞くからさ」


 私がそう言い放つと、津上くんはニヤリと笑みを見せた。

 私が体を張った2回目の選手勧誘。その集大成で、私は文字通り体を張る。


「いいっすね。ただ1回じゃ物足りないんで、1日すきにする権利が良いっす。

 あと関越一高戦で柏原さんを強行登板させるのはナシっす。肘に不安がある投手に投げさせる高校には入りたくないっすからね」


 津上くんは追加の条件を並べると、再び席に座った。


「え〜、それは欲張りすぎじゃない?」

「俺は人生を左右する進路を賭けてるんですよ? これじゃなきゃ受けないっす」

「私も初めてを賭けてるんだけど……」

「恵さん、どう見ても結婚まで純潔を守るタイプじゃないでしょう。そうやって条件を緩めようとする手には乗らないっすよ」

「はいはい……」


 こうして――秋季大会の裏側では、世代最強内野手の入部を賭けた戦いが始まった。

富士谷000 001 0=1

大山台000 000=0

(富)柏原、堂上―近藤

(大)日暮―森村


いつも応援ありがとうございます!お陰様でブクマ500に到達しました!

冬場はマイペースな更新が続いていますが、春からペースを上げられるように頑張ります……!


NEXT→2月18日

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに感想です。 富士谷の対戦相手の大山台って、作中設定で二十一世紀枠とかも言ってますし、モデルは小山台ですよね。 2014年の春の選抜での履正社戦を思い出します。 そういえば、あの時…
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