45.サイドスロー対決
富士谷0=0
大山台=0
(富)柏原―近藤
(大)日暮―森村
秋風の吹く江戸川区球場で、俺は1回裏のマウンドに上がった。
そこから見渡す景色が懐かしい。神宮と並ぶ旧ホームであり、この球場の何処かでは、本来なら恋人になる人も見守っている。
そして勝てば、本来のチームメイトと対峙する可能性もあると考えたら、少しだけ寂しい気持ちになってしまった。
大山台の先頭打者は宮原さん。
ミート力に定評がある小柄な右打者で、横変化への対応力が高い。
大山台の打線だが、全体のレベルで言えば国修館と同程度である。
中軸にはそこそこ力があり、4番の森村さんは高校レベルでの強打者。飛距離だけなら5番の上洲も学年上位に入る。
日暮を使って俺対策をしてると考えたら、国修館よりも捉えてくるだろう。
先ずは初球、外のストレートから。
「ットライークッ!」
「(うわっ! 日暮より全然速いじゃん!)」
宮原さんは空振りしてストライク。
俺の直球は綺麗な縦回転で、日暮よりも一回り速い。
対策されているとは言え、初回から捉えるのは難しいだろう。
二球目は外のサークルチェンジ。
日暮とは違い、今の俺は緩急も使えるので、この球も再現できてない筈。
しかし、宮原さんはバットを出すと、器用にタイミングを合わせてきた。
「ファール!!」
「(焦ったけど、この球は打ちやすいな。けど続けてはくれないだろうなあ)」
打球はライト線に切れてファール。
宮原さんは少しだけ苦笑いを浮かべた。
「(次はどうせアレだろ? 来るなら来いよ……!)」
三球目、俺はボールを挟み込んだ。
直球と緩急に加えてもう一つ、日暮に無くて俺に有る物がある。
それが――。
「ットライーク! バッターアウッ!」
「(あークソッ! 分かってたのに振っちゃったよ!!)」
縦変化、もといスプリットである。
この球だけは、並大抵の人間では再現できない。
練習できない以上、そう簡単に打たれる事は無いだろう。
試合は両サイドスローによる投手戦になった。
日暮は果敢に内角を攻めるピッチングで、富士谷打線を手玉に取っていく。
俺の一打席目はサードゴロ。いざ打席に立ってみると、サイドスローの速球と言うのは非常に打ち辛い。
ちなみに、この球場ならホームランが打てると豪語していた京田は、推定飛距離1mのクソみたいなピッチャーフライだった。
一方で、俺もスライダーを控えたピッチングで一巡をパーフェクトに抑えた。
スプリットに頼りがちになったが、この球さえ投げておけば打たれる気配はない。
中盤からは手を抜くか、堂上に交代したいので、点には余裕が欲しい所である。
「サードの動き鈍いね。狙ったほうがいいかな?」
「やめとけ。おまえ、そんなに器用じゃないだろ……」
4回表の攻撃前、野本とそんな言葉を交わした。
大山台のサード・上洲は、100kgオーバーなだけあって動きが鈍い。
ただ、野本は野球に関しては脳筋なので、変に動かさない方が良いだろう。
4回表、富士谷の攻撃は野本から。
「(シュート回転してるなら、左打者への内角は甘く入りやすいはず。柏原くんの言う通り、変な事は考えずに打ち抜こう)」
野本は左打席に入ると、バットを長めに握り締めた。
初球はバックドアのカットボール。見送ってストライク。
「(基本は外なんだね。けど、いつかは内角に投げてくるはず……!)」
二球目は外角低めのスライダー。ワンバウンドしてボール。
三球目は内のスライダー。空振りしてストライクとなった。
「(うーん、追い込まれたなぁ。次こそ内のストレー
トを……)」
野本はバットを構え直す。
そして次の瞬間――ハッとした表情を浮かべると、打席から外れて間を取った。
「(……もし柏原くんだったら、ここで内角は投げないよね。打ち気を見せちゃったし、中に入っていく球はリスクも大きい。
もしかしたら日暮くんも似たような事を考えてる筈。そう考えたら次の球は――)」
打席に戻って四球目。日暮がサイドスローから放った球は――。
「(一番遠い球――外角低めのストレートだ!)」
外角低めの逃げるストレート。
ややボールにも見えたが、野本は綺麗に打ち返した。
「おお! ナイバッチ野本!」
「ひゅ〜! のもっちのクリーンヒット久々に見たわ〜」
三遊間を痛烈に貫く当りは、レフト前ヒットになった。
これで無死一塁、このチャンスは確実に活かしたい。
「(あ、バントなんだ。珍しいね)」
続く渡辺は送りバント。
渡辺は地味に併殺リスクが高い打者なので、瀬川監督としても堅実な手を打ちたかったのだろう。
一死二塁で迎える打者は、打順を上げた2年生・田村さん。
「(うっし、たまには先輩が助けてやらねーとなぁ!)」
田村さんは上機嫌気味に左打席に入った。
その初球、内に入ったストレートを引っ張るも、大きな当りはフェンス手前のライトフライ。
野本は進塁して二死三塁となった。
『4番 ピッチャー 柏原くん。背番号 1』
ブラスバンドが奏でるさくらんぼと共に、俺は右打席に入った。
マウンドにはサイドスローの日暮。俺と視線を合わせると、口に溜めた息を吐いた。
「(同じサイドスローの1年生か、負けたくないなあ)」
その表情を見ただけで意識しているのが分かる。
ただ、サイドスローというだけでタイプは違うし、日暮と今の俺じゃ勝負にはならないだろう。
「(よし、さっきと同じように得意球で――)」
その初球、日暮は果敢に内角を攻めてきた。
非常に分かりやすい。狙い通り振り抜いて――って危ない!!
「いってぇ!!」
「デットボォ!!」
日暮渾身ストレートは、踏み込んだ左足の膝下あたりに直撃した。
富士谷000=0
大山台000=0
(富)柏原―近藤
(大)日暮―森村
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