39.拘りの強い男
秋季東京大会2回戦
2010年10月10日(日) 上柚木公園野球場 第2試合
国修館高校―都立富士谷高校
スターティングメンバー
先攻 国修館
中 ⑧森中(2年/右左/173/70/世田谷)
二 ④伊藤(2年/右左/164/59/世田谷)
遊 ⑥宮城(1年/右左/175/69/府中)
一 ③梨本(2年/右右/183/88/府中)
右 ⑨島崎(2年/右右/170/69/横浜)
三 ⑤折本(2年/右右/169/72/世田谷)
捕 ②澤井(2年/右右/172/73/新宿)
左 ⑰柳原(2年/右両/168/66/杉並)
投 ①島津(2年/左左/169/65/川崎)
後攻 富士谷
中 ⑧野本(1年/右左/175/64/日野)
遊 ⑥渡辺(1年/右右/171/62/武蔵野)
一 ③鈴木(1年/右右/177/70/武蔵野)
投 ①柏原(1年/右右/177/72/府中)
右 ⑨堂上(1年/右右/178/75/新宿)
左 ⑩田村(2年/右左/175/70/新宿)
捕 ②近藤(1年/右右/170/70/府中)
二 ④阿藤(2年/右右/170/58/八王子)
三 ⑤京田(1年/右右/163/53/八王子)
秋季東京大会2回戦は、大自然に囲まれた上柚木公園野球場で行われる事となった。
相手の国修館は東東京の強豪校。そして――府中本町シニアの同期である、宮城亮平が所属しているチームでもある。
「よぉ〜竜也! 久しぶりだなぁ!」
試合前、ありきたりな言葉で絡んできたのが、元チームメイトの宮城だった。
無駄にワックスを付けた髪とギラついた瞳が特徴的で、いかにも肉食系のイケメンといった顔立ちをしている。
「久しぶり。っつても話す事ねーけどな」
「まーまー、そう冷たく突き放すなって。ヤスから聞いたぜ? 女の為に都立を選んだってなぁ!」
宮城はそう言ってゲラゲラと笑い出した。
土村死ね、という苦情は言っても仕方がないので、今は心に留めておく。
宮城は暫く笑っていたが、やがて真剣な表情を見せた。
「それ正解。竜也も分かってきたじゃねーか」
そして、口元をニヤリと歪めて言葉を続けた。
この男は容姿相応に女遊びが激しい。それも鈴木みたいなフラフラと遊ぶタイプではなく、複数人と同時に交際するタイプである。
正史において、彼に泣かされた女性は数知れないらしい。
「しっかし、そっちは上玉が揃ってんなぁ。俺も富士谷にすりゃ良かったわー」
「思ってもねぇこと言うなよ」
「マジだって。っぱ人生は女に始まり女に終わるからなぁ!」
宮城は白々しい態度でそう続けた。
実のところ、彼の「女好きキャラ」は本性を隠す為のカモフラージュである。
いや、並の人間よりは女好きなんだろうけど、半分は演じているに過ぎなかった。
宮城が本当に好きなのは、初戦で対決した八玉学園の二塁手・久保である。
高校こそ別の学校に進学したが、正史では大学以降は久保と同じチームを選択して、彼との二遊間に拘り続けていた。
就職後はルームシェアも始めたと聞いて、少しだけ引いたのを覚えている。
「けど国修館はマジで失敗だったわ。あーあ、皆で関越一高に行ってりゃ最強だったのによー」
「それはどうだろうな……」
ちなみに「センターライン全員で関越一高に行こう」と言い出したのは彼である。
当時、野球留学を希望していた俺以外は同意していて、俺も第二候補は関越一高を選ぶ事になった。
ただ、久保が土壇場で進路を変えた結果、不貞腐れた宮城も進路を変更してしまい、その話が有耶無耶になったのだ。
まあ……お陰様で、今回富士谷を選ぶにあたっては、最低限の衝突で済んだ訳だが。
「っと、無駄話はこれくらいにするか。んじゃ、グラウンドでな」
「ああ、頑張れよ3番打者」
俺はそう言って別れを告げると、宮城は少しだけバツの悪そうな表情を見せた。
彼は「1番ショート宮城」という構図に強い拘りがあり、3番打者を任されている現状に不満を抱いている。
割とムキになりやすい性格なので、この一言で十分に煽る事ができただろう。
※
1試合目が終わると、俺達は入れ替わりでグラウンドインした。
今日もお互いに吹奏楽部が来ている。秋季大会の序盤としては珍しい光景だった。
秋季大会で吹奏楽部が来る基準だが、都立高校は基本的に来る場合が多い。
本大会という事で、学校全体で盛り上げようという事なのだろう。
中堅・強豪の私学は相手と場所次第。
相手が強豪や名門だったり、球場と学校の距離が近いと来る事がある。
ただし、中には積極的に吹奏楽部を呼ぶ私学もあり、国修館はその類だった。
ちなみに、名門クラスは終盤まで来ない。
例外は西東京の早田実業。ここは応援に力を入れていて、応援団やチアガールも序盤から導入してくる。
この応援の可否は、球場の雰囲気を変えるだけでなく、観戦玄人達の球場選びにも影響する。
極端な話「富士谷は絶対に吹奏楽部が来る」と印象付ければ、球場の雰囲気を重視する観戦者達を惹き付ける事ができるのだ。
ここに独自のチャンステーマを付けると更に効果的なのだが、その辺はまだ考案中である。
試合は国修館の先攻で始まった。
昭和時代に流行ったらしい東京ラプソディーと共に、森中さんが左打席に入る。
この高校は、八玉学園と同様に守備型のチームである。
ただ、八玉学園ほど守備に全振りしている訳ではなく、それなりには打てる他、機動力が非常に高い。
この機動力への対策は、シンプルに打たせない事である。
先ずは先頭打者、森中さんは三球三振。最後はスクリューで仕留める事ができた。
「(やっぱ簡単には打てないよなぁ。じゃあ俺は……)」
2番打者は伊藤さん。初球からバットを寝かせてきた。
打球は三塁線に転がったが、京田が綺麗に捌いてツーアウト。
守備が脆い富士谷だが、サードとキャッチャーが守備全振りなので、機動力には意外と強い。
『3番 ショート 宮城くん。背番号 6』
「(マジでつっかえねぇ。だいたい、何で俺が3番なんだよ)」
二死無塁、理想的な形で宮城の1打席目を迎えた。
宮城は久保ほど器用ではないが、柵越えを打てるだけのパワーは持っている。
そして凄まじく足が速い。恐らく、野本より速いのではないだろうか。
初球、内角を抉るスライダーから。
宮城はいきなりバットを寝かすと、一塁側に転がしてきた。
「やべっ、速すぎっしょ!」
慌てた鈴木はボールを握り損ねてしまった。
一塁は悠々セーフ。バックスクリーンを見上げると、Eのランプが灯っていた。
「いやー、メンゴメンゴ」
「いいよ、捕っても間に合ってねえしな」
記録はエラーだが、たぶん捕っても間に合わない。
投手としては、被安打ひとつ儲けた形になった。
「(ヒットだろーがよ……!)」
一方で、宮城は不満げな表情をしていた。
これがヒットかエラーか、というのは些細な違いである。
そして、セーフティバントしかしない3番打者など大して怖くはない。
このまま彼には「俊足らしい打撃」に拘って頂こう。
後続の梨本さんはライトフライでチェンジ。
余談だが、この梨本さんは府中本町シニアの先輩である。
尤も、シニア時代は補欠だったし、体格の割にアベレージタイプの打者なので、そこまで恐れる必要もないだろう。
国修館0=0
富士谷=0
(国)島津―澤井
(富)柏原―近藤
▼宮城 亮平(国修館)
175cm69kg 右投左打 遊塁手/外野手 1年生
柏原と同じ府中本町シニア出身の遊塁手。
非常に足が速く、走塁に関しては世代屈指の実力を持つ。
顔は肉食系のイケメン。打順と守備位置と二遊間を組む相手には並々ならぬ拘りがある。
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