37.てーさつっ!(前)
富士谷高校には、2時限目と3時限目の間に中休みと呼ばれるものがある。
時間は約20分。その間、5分程度のホームルームも行われる。
勿論、この時間に出来る遊びなど無く、殆どの生徒は教室で雑談しているのだが、俺は弁当を貪っていた。
「お、今日は早弁かよ。どうした?」
「かっしーって意外とよく食べるよね〜」
クラスメイトの神立昴と苗場春香が声を掛けてきた。
当然ながら、俺は普段から早弁をしている訳ではない。
俺は昼休みに"ある事"をする為、昼食の時間を前倒しにしていた。
「ああ。今日は他のクラスを偵察しようと思ってな」
俺の昼休みの目的。それは――学年主将として、選手達の私生活をチェックする事だった。
――1年2組――
「てーさっつ、てーさっつ〜」
昼休み、少し上機嫌な琴穂と共に、1年2組の教室を後にした。
「くっだらなぁ〜……」
「じゃあなんで付いてきたんだよ」
「俺達が居ないと、淡々と脳内ツッコミする事になるだろ??」
そう言って付いて来たのは昴と苗場である。
別に話し相手は必要ないし、琴穂と二人きりのほうが良かったまであるが、ここは素直に受け入れる事にしよう。
1年2組の教室――自分のクラスでは、琴穂に加えて昴や苗場と話す機会が多い。
ただ、普段から男女で行動している訳ではなく、教室移動や昼休み等は、基本的に男子生徒だけで行動している。
昴の他に、男子バスケ部の湯沢、硬式テニス部の岩原という生徒と仲が良いが……まあどうでもいいか。
一方で琴穂はというと、苗場の他にも女子生徒の友達が多い。
人見知りで女子バスケ部には馴染めなかった彼女だが、意外にもスクールカーストは高い方なのである。
ただ、男子生徒には少し壁を作るタイプなので、クラスで仲の良い男子は俺と昴くらいだった。
実際、一周目の人生では、この壁を破る事が出来ないまま、別々の高校に進学してしまった。
それが今では友達でありチームメイトである。幼馴染という肩書には感謝してもしきれない。
「ついたよっ!」
琴穂は1組の教室を指差した。
着いたと言っても、目的地である1組は2組のお隣である。大した距離を歩いた訳ではなかった。
――1年1組――
1年1組は、俺の女房役である近藤――もといゴリラが所属しているクラスである。
「近藤くんかー。バナナ食べてるかなぁー?」
琴穂はそう言って教室を覗き込んだ。
ちなみに、近藤は女子に壁を作るタイプなので、琴穂とは殆ど喋った事がない。
だからアダ名ではなく「近藤くん」なのである。
俺も一緒に教室を覗いてみた。
教室内では、多くの生徒達が弁当を食べている。
そんな中――教室の中心では、半裸の男が腕立て伏せをしていた。
「筋トレしてるね……」
「ああ。しかもクラスの中心にいるな……」
「物理的な意味でね……」
半裸の男は紛れもなく近藤だった。
何やってんだコイツ。というか、その努力を打撃に向けられないのだろうか。
「ゴリー、バナナ食べる〜?」
目を細めて見守っていると、いかにもギャルっぽい金髪の女子生徒達が、近藤の元へ駆け寄った。
「い、いらねーよ!!」
「またまたぁ。食べさせてあげよっか〜?」
「ってか何で脱いでんの! まじウケるんだけど!」
その光景は、にわかには信じられないものだった。
あの近藤がモテている。スクールカースト最上位であろうギャル達が、彼の周りに集っていたのだ。
「う、嘘だろ……あいつモテるのか……?」
「えー、私とは全然喋らないのに……」
「(いや……遊ばれてるだけだと思うけど……)」
現実を受け入れられなかった。
4番でエースの俺よりも、自動アウトの純情ゴリラの方がモテている。
いや、別に自分が人気者だとは思っていないし、琴穂さえ居ればそれで良いのだけれど、近藤に負けたという事実は少しショックだった。
「あの子達、もしかして金貰ってるのか……?」
「そんな訳ないでしょ……現実見なよ……」
「いやまあ、大勢からの評価も大事だけどよ、一番は好きな人から好かれ――いってぇ!」
昴が余計な事を言い出したので、思わず蹴りを入れてしまった。
その後、琴穂から「かっしー好きな人いるの!? 誰!?」と執拗に聞かれたが「君だよ」と言い返す勇気は無かった。
――1年3組――
1年3組は自称女神こと恵のクラスである。
正直、この教室を覗く事に意味はあるのだろうか。
恵が陽キャの化身なのは周知の事実であり、今更新しい発見があるようにも思えない。
「瀬川かー。教室では高嶺の花を気取ってたりしてなー」
「すっごく可愛いもんね。けど友達も多いし、いつも通りなんじゃない?」
「お、おっきいしね……!」
そんな会話を背に教室を覗き込む。
どうでもいいけど、少し恥ずかしげに胸を気にする琴穂が凄く可愛かった。
「おいブス! 弁当よこせや!」
「ブスじゃないですぅ〜。あ、ピーマンならいいよ〜」
教室内では、少しオラついているイケメンの男子生徒が、恵の弁当に箸を伸ばそうとしていた。
恵はイケてそうな女子生徒達と机をくっつけている。その構図は完全に想定していた通りだった。
「ピーマンじゃオカズになんねーだろ。オカズよこせよ!」
「しょうがないなぁ」
恵は座ったまま椅子ごと下がると、その場で足を組んで、少しだけ前屈みになった。
「今晩オカズにしていいよ」
「は、はぁ!?」
恵は基本的に無敵なんだよな。
周りの女子生徒は苦笑いしている。ふと琴穂に視線を向けると、口元を隠して笑みを溢していた。
果たして彼女に、今の下ネタは理解できたのだろうか。
恵は食事を終えると、教室の隅でゲームしている集団の方へ向かった。
「マ○カーやってるの? 次、私に貸してよ〜」
「えー……。けど瀬川、ゲーム下手じゃん」
「レ、レースゲームは得意だから! じゃ、次ビリだった人は交代ね〜」
恵は半ば強引に混ざっていたが、男子生徒達は満更でも無さそうな表情だった。
彼女はスクールカーストを全く気にしないタイプである。
噂では、混ざるグループはローテーションで回していて、他所のクラスに出張する事もあるらしい。
そんな彼女がいるからか、3組は生徒達の仲が非常に良い。流石、富士谷が誇るコミュ力モンスターである。
「……直ドリしねーのか。奴らも大したレベルじゃねーな」
「な、なんの話……?」
一瞬、男子生徒達の指の動きを見て、ゲームが好きだった頃の事を思い出してしまったが、黒歴史として心の奥底に再封印した。
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