34.彼らの意地
八玉学000 000 0=0
富士谷000 200=2
(八)古市、横溝―越谷
(富)柏原―近藤
7回表の守備が終わると、俺達はベンチに引き下がった。
「どーのーうーえー! エラーしてんじゃねーよ!」
そう言って堂上を叩いたのは、記録員の卯月である。
いつもよりも当たりが強い。一応、負けたら転校という口約束があるからだろうか。
「完全試合が途絶えてしまったな。すまない、不覚を取った」
「記録なら別にいいよ。どのみち久保で途絶えてたからな」
無表情で謝る堂上に、俺は横から声を掛ける。
その様子はいつも通りに見えるが、調子の方は振るわなかった。
今日は2打数無安打。打てない日は誰にでもあるが、守備でもミスが出ている。
「堂上……そろそろ打ってくれよ。私、転校したくないぞ」
「ふむ……では、戦乙女として自ら活躍してみてはどうだろうか」
「できねぇよ!! ってか誰が戦乙女だ!!」
「冗談に決まっているだろう。まあいい、そこで観ていろ」
堂上はそう言って右打席に向かって行った。
ちなみに、選手を諦めた卯月にとって、試合に出ろという弄りは地雷である。
それでも本気で怒らないあたり、彼女は意外と寛容なのだろうか。
「つーか、あんな口約束を真に受けるなよ」
「いや……負けたらマジで誘拐されるだろアレ……それくらいの狂気を感じたぞ……」
「……まあ否定はしない」
しかし、卯月の横溝に対する警戒心は尋常じゃない。
琴穂もだいぶ怯えていたし、女性にしか感じられない怖さがあるのだろうか。
そんな事を思っていると、凄まじい打球音が球場に響き渡った。
振り返ってグラウンドを見る。堂上は綺麗なフォロースルーを描きながら、打球をバックスクリーンに叩き込んでいた。
「よっしゃー! さす堂!」
「ひゅ〜、これ130メートルくらい飛んでるっしょ〜」
ベンチの選手達が歓声を上げる。
どうでも良いけど、堂上は俺が見てないとホームラン打つな。もう彼の打席は見届けないほうが良いまである。
何はともあれ、堂上のソロアーチで3点目となった。
「卯月、言われた通りに打ってきたぞ」
「ああ……うん、ありがとう」
無表情で報告する堂上に、卯月は目を逸らして言葉を溢す。
すると、堂上は顎に手を当てながら、
「ふむ……すまない柏原、また落球するかもしれん」
「「やめろ!!」」
と言い出したので、思わず言葉を揃えてしまった。
7回裏の攻撃は尚も無死無塁。
今までの富士谷打線であれば、ここから先は三者凡退で流される場面である。
その中で、今までのテンプレに待ったを掛けたのが田村さんだった。
「(1年にばっか頼ってられっかよ……オルァ!)」
田村さん渾身のスイングは、横溝のストレートを弾き返した。
打球は右中間を貫くツーベース。八玉学園にしては珍しく中継が乱れ、田村さんは三塁まで到達した。
「(外野フライで1点だからな、頼むぜ阿藤)」
無死三塁、試合を決定付ける4点目走者を置いて、阿藤さんの打席を迎えた。
問題はここからである。夏は最低限すら出来なかった下位打線、ここで得点が欲しい所だ。
「(これ以上の失点は許されませんな。小生、ここから先はフルパワーで行きますぞ)」
「(さっきの投手なら打てそうだったのに……この投手、球速いんだよなぁ……)」
まだ余裕のある横溝に対して、阿藤さんは自信なさげな表情をしている。
相変わらず期待できない。しっかりしてくれ2年生。
初球、ストレートは振り遅れてストライク。
都立レベルの選手にとって、左腕から放たれる130キロ超は速すぎる。
阿藤さんは速球が苦手っぽいので尚更だ。
「(うん、無理……! けどスライダーもキレキレだもんなぁ……)」
阿藤さんは右打席から外れて、少しだけ間を取った。
何を考えているのだろうか。そんなに悩まなくても、彼には変化球を狙うという選択肢しかない。
横溝はスライダーもキレるが球種は少ない。ヤマを張って振り抜けば可能性はある。
「(いや……やっぱスライダーを打ってみよう。東山大菅尾のエースよりは打ちやすい筈……!)」
阿藤さんは打席に戻ってバットを構えた。
二球目はバックドアのスライダー。やや甘く入った球に対して、阿藤さんはバットを振り抜いた。
「ぶひぃ!?」
「おおーっ!!」
球場から疎らな歓声が沸き上がる。
阿藤さんの放った打球は、センター後方のフライとなった。
犠牲フライには十分すぎる当たり。田村さんはホームに帰って、その差を4点とした。
「うっし、2年だけで1点とったな!」
「うん。これで少し気が楽になったよ……」
「もっと喜べや!」
田村さんと阿藤さんは、そう言葉を交わしていた。
富士谷の主力は俺と堂上、鈴木である。ただ、このチームは腐っても阿藤さん達のチームだ。
2年生の活躍なくしては勝ち上がれないし、彼らにチームを引っ張って欲しい。
「(あー……終わった。せめてノーノーは回避したいけど、俺まで回るかなぁ……)」
「(これはこれは参りましたな。あと2イニングで4点差は絶望的ですぞ……)」
一方、八玉学園の選手達はというと、すっかり活気が無くなっていた。
無理もない。ここまでノーヒットであり、最低でも1人は出ないと中軸まで回らない。
試合は決まったも同然。あとは記録が達成されるか否か、という部分である。
近藤、京田は安心安定の凡退でチェンジ。
8回はお互い無安打無得点で終わり、最終回の攻防を迎える事となった。
八玉学000 000 00=0
富士谷000 200 20=4
(八)古市、横溝―越谷
(富)柏原―近藤
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