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33.記録

八玉学000 000=0

富士谷000 200=2

(八)古市、横溝―越谷

(富)柏原―近藤

 6回裏、二死から鈴木が二塁打を放ったが、俺はセンターライナーで打ち取られた。

 なかなか追加点が奪えない。このまま完封するつもりではいるが、点差に余裕は欲しい所である。


 島井さんからグラブを受け取って、7回表のマウンドに登る。

 投球練習は3球。いつも通り投げ込むと、最後に近藤が駆け寄ってきた。


「柏原、あと3回で完全試合だな」

「そういや、まだランナー出てなかったな。まあ気にしなくていいよ」

「お、おう」


 俺は適当にあしらったが、背を向けた近藤は「うっし!」と言いながらミットを叩いていた。

 このゴリラ、本気で完全試合を狙うつもりらしい。


 ただ狙うといっても、やる事は普段通りである。

 当たり前だが、あえて打たれるように投げるバッテリーなど存在しない。

 俺は打たれないように投げるだけ。それ以上でもそれ以下でもない。


 八玉学園の攻撃は1番の高橋さんから。

 枠に入るスプリット、枠が逃げるスプリットで簡単に追い込んだ。

 近藤の要求はまたスプリット。このゴリラ、露骨に狙い過ぎである。

 俺は首を横に振ると、ストレートで見逃し三振を奪った。


 続く打者は越谷さん。

 捕手として二人の投手をリードしているが、打撃では良い所がない。


「(都立相手に完全試合とかシャレになんねえぞ……ヤマ張って振り抜くしかねえな)」


 右打席で構えた越谷さんは、少し力んでいるようにも見えた。

 近藤の要求はまたスプリット。あんまり投げたくないんだけどな、なんて思いながら首を縦に振る。

 ボールを挟み込むと、外角低め、枠いっぱいを目掛けて腕を振り抜いた。


「(どうせスプリットだろ! クソが……!!)」


 越谷さんは渾身のフルスイングで迎え打つ。

 ヤケクソ気味に掬い上げた打球は、ライトを守る堂上の正面に飛んでいった。

 平凡なライトフライ。誰しもがそう確信した次の瞬間――。


「「えぇー!?」」


 無情にも、白球は堂上のグラブから溢れ落ちた。

 記録はライトのエラー。堂上は無表情のまま、右手を立てて謝罪の意を表していた。


「あーあ、完全試合が……」

「今のは無いだろー」


 客席からは不満げな声が溢れている。

 さっき意気込んでいたゴリラはというと、ライトの方向をめちゃくちゃ睨んでいた。


 まあ……そう簡単に達成できたら大記録ではない。

 そして、記録が途絶えた事よりも、久保の前に走者を出した事のほうが問題である。


 一死一塁、今日はじめての走者を出して、久保の3打席目を迎えた。

 左打者で足も速い久保に併殺は期待できない。となると、二死一塁で横溝に回すのが理想となる。

 ただし、そう簡単に打ち取られてくれる程、この打者は甘くない。


「ボオッールッ!」

「フォアァールゥ!」

「ボオッールッ!」

「フォアァールゥ!」

「フォアァールゥ!」

「ボオッールッ!」

「フォアァールゥ!」

「フォアァールゥ!」


 久保は次々とカットしていった。

 枠内の球で仕留めきれない。痺れを切らして外れるスクリューを放るが、見送られて四球となってしまった。


『4番 ピッチャー 横溝くん。背番号 7』

「ホームランで逆転ですなあ柏原氏。悪いですが、ここで決めさせて頂きますぞ」


 ブラスバンドが奏でる残酷な天使のテーゼと共に、横溝が腹を揺らしながら左打席に入った。

 彼はバットをブンブンと振り回してから、被せ気味にバットを構える。


 横溝は見た目とは裏腹に足が速い。

 彼もまた、併殺には期待できないだろう。


 一死一二塁、味方のミスから始まったピンチ。

 だからと言って、失点が許される訳ではない。

 俺が打って俺が抑える。それが富士谷の野球だから。


 一球目、外いっぱいのストレート。


「スットゥライィークゥ!」


 見逃されてストライク。

 横溝は舐めるような視線で見送った。


「(ふむふむ、そう簡単に打てる球は来ませんな。しかし、小生も無策と言う訳ではありませんぞ)」


 二球目、同じように腕を振り抜いた瞬間、横溝は一歩後にステップした。

 しかし――ブレーキの掛かった白球は、逃げるように沈んでいく。


「スットゥライィークゥ!」

「(……緩急もありましたな。これはこれは不覚をとられましたなぁ)」


 サークルチェンジは空振ってストライク。

 投球と同時に動く打者はたまに居るが、大半は裏目に出る事が多い。

 例外は、守備の動きでコースが読める場合だけである。


 ツーストライク、投手有利のカウントとなった。

 ここで魅せれる投手と言うのは、新球種や最高速を披露して三振を奪うのだろう。

 しかし――要所の度にそれが出来たら苦労はしない。

 結局、1試合27アウトのほぼ全ては、使い続けて来た方法で奪うしかないのだ。


 俺は白球を挟み込むと、外角低めを目掛けて球を放った。

 放たれた球は鋭く落ちていく。横溝の出したバットは、その上を通り過ぎていった。


「スットゥライィークゥ! バットゥアーアウットォー!!」


 枠から逃げるスプリットで空振り三振。

 一度しか打たれた事がない、サイドスローからのスプリット。

 一部の例外を除けば、この球を打てる打者はいないのだ。


 ここから先の打者は楽である。

 川田さんをサードゴロで打ち取ってスリーアウト。

 この回も無安打無得点。依然として、ノーヒットノーランの記録は続いていた。

八玉学000 000 0=0

富士谷000 200=2

(八)古市、横溝―越谷

(富)柏原―近藤


NEXT→1月9日(土)20時

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