32.とあるスカウトの寸評
八玉学000 00=0
富士谷000 20=2
(八)古市、横溝―越谷
(富)柏原―近藤
5回裏、八玉学園はエースの古市を下げて、レフトを守っていた横溝をマウンドに送った。
彼は力のある直球を軸に、富士谷の下位打線を三者凡退で仕留める。手元のガンでは最速133キロを記録していたが、大して興味は唆られなかった。
私は古橋一樹。
東京の人気が無い方のプロ野球チームで、スカウトという職を務めている。
今日はここ、八王子市民球場で、高校生の視察をしている所だった。
辺りを見渡すと、他球団のスカウトもチラホラと散見される。
恐らく、3試合目に出場する、都大三高の木田哲人を観に来たのだろう。
彼は高校生の中でも別格である。
まだ線は細く伸び代があり、身体の使い方も非常に上手く、軽々と遠くに飛ばす力もある。
素材型でありながら即戦力。2年後、この逸材を指名しない手は無いだろう。
他にも、東京の1年生には逸材が揃っている。
同校の宇治原は既に148キロを記録。関越一高の松岡は、飛距離だけなら木田よりも上である。
通の情報によると、他にも多くの有望株が潜んでいるとの事なので、この世代の選手達からは目が離せない。
その中で、今マウンドで投げている柏原竜也も、個人的には注目している選手だった。
名簿によると177cm72kg。まだ線は細いが、最速で144キロを記録している。
それも普通の144キロではない。綺麗なサイドスローから、バックスピンの掛かった球を放るのだから、注目せざるを得ないだろう。
私はこの選手を2位か3位で欲しいと考えている。
理由は2つ。どうしても木田は外せないのと、この選手はサイドスローという事もあり、他球団は上位指名を考えていないと思われるからだ。
彼が都立の選手で良かったと思う。
このまま3年間、東京都内で負け続けてくれたら、メディアへの露出は最低限で抑えられるし、肩や肘の消耗も抑えられる。
甲子園で活躍でもされたら最悪だ。高校生は甲子園に出ると評価がインフレするので、2位では取れない可能性も出てくるだろう。
「あ、古橋さん、探しましたよ〜。となり失礼しまーすっ!」
ふと、私の隣に誰かが腰を掛けた。
明るい茶髪のロングヘアーに、ぱっちりとした瞳が特徴的な若い女性。
彼女の名前は瀬川瞳。富士谷の試合になると、何かと私に絡んでくる三流フリーライターである。
「また君か。たまには他のスカウトの所にも行ったらどうだい?」
「えー、だって他のスカウトっておじさんばっかりじゃないですかぁ。それに私イチオシの柏原くんを評価してるのは古橋さんですしね〜」
瀬川さんは携帯を弄りながら言葉を返した。
私のスカウト策略における唯一の失敗は、柏原竜也を高く評価してる事を、彼女に語ってしまった事である。
幸い、彼女は三流レベルのライターなので、その記事も大して読まれてはないのだろうけど、お陰でよく絡まれるようになってしまった。
「あ、また三振とりましたよっ! 6回途中で10個って凄くありません?」
「強豪とはいえ相手打線は振れてない。プロ注目クラスなら普通だよ」
「またまたぁ〜。あ、それと堂上くんも凄いんですよ! 今日はまだ当たってないけど見ててくださいね!」
「はいはい……」
瀬川さんは興奮気味に語り始めた。
彼女は富士谷を贔屓にしている。その理由は他でもなく、父と妹が所属しているからだろう。
実際、身内が所属しているからか、富士谷に関する記事はそれなり書けている。
一方で、他の高校や野球以外に関してはセンスの欠片も感じない。
今もなお、自由気ままに記事を書けているのが不思議なくらいである。
「あと鈴木くんと渡辺くんも良く打つんですよ! 渡辺くんは超イケメンだし――」
「そんなに推してるなら、富士谷の応援席に行ってあげたらどうだい?」
「嫌です! また恵に『暇なの?』って煽られますからね!」
「仲良いんだね……」
「よくないです!! パ……お父さんも恵ばっか甘やかすし、ほんと嫌になっちゃいますよ!!」
普段パパって呼んでるんだ、とは指摘しなかった。
何はともあれ、私の目的は高校生である。三流ライターと戯れる事ではない。
「あ……また三振! これで6回パーフェクトですよ!」
「ま、まあプロ注目なら普通だな……」
「またまたぁ〜。あ、ガン見せてくださいよ。何キロ出てます?」
「最速で141。夏より落ちてるし全然ダメだな」
「えー、そうなんですか?」
瀬川さんが首を傾げると、私はホッと息を吐いた。
気温が下がる秋季や春季では、夏と比べて球速が出せない投手が多い。
つまり、夏より落ちるというのは必然であり、劣化した訳でも伸び悩んでいる訳でもないのだ。
「古橋さん、このあと予定あります?」
「2試合目の内に昼食を済ませて、3試合目はフルで観る予定だよ」
「えー、立川で飲みません? 今日はプロ野球のスカウトさんが来るって友達にも言っちゃったんですけど」
「勝手に決めないでくれるかな???」
この後の試合も観て記事にしろ、というのは散々指摘してきた事なので、今更言おうとは思わない。
しかし、彼女が納得してくれて助かった。これで暫くは大人しくなるだろう。
問題は他のスカウト達である。横目で見てみると、何やら熱心にメモを書いていた。
これがあるから記録がかかると面倒である。できれば柏原が打たれて、早々に負けて欲しいと願うばかりだった。
八玉学000 000=0
富士谷000 20=2
(八)古市、横溝―越谷
(富)柏原―近藤
▼古橋 一樹
180cm70kg スカウト/(投手) 29歳
東京の人気が無い方の球団に所属する若手スカウト。
同球団に大卒で入団するも、怪我に泣いて僅か4年で引退した。
趣味はアマチュア野球観戦だった事もあり、半ば強引にスカウトに抜擢された。
▼瀬川 瞳
167cm54kg フリーライター 25歳
自由気ままに生きる瀬川家の次女。
生まれてから長らく末っ子だったが、恵の誕生でその座を奪われた。
素直ではないが身内贔屓。バカっぽいが勉強は得意で、実は名門大学を卒業している。
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