31.思春期と戦う
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
八玉学000 0=0
富士谷000 2=2
(八)古市―越谷
(富)柏原―近藤
ロースコアの接戦の裏側で、私――瀬川恵は、中学生の勧誘に精を出していた。
「……という感じなんだけど、上野原くんにもぜひ富士谷に来て欲しいなぁ〜」
「はぁ」
隣に座っている背の高い中学生は、東八王子シニアの上野原くん。
現状、シニアでは6番手の投手だけど、正史通りなら高校では野手として開花する。
「野手として富士谷に来れば、きっと1年目から試合に出れるよ。投手としてもお手本が2人いるし、上野原くんにピッタリの環境だと思うけどなぁ」
「……そうですかね」
愛想なく答える上野原くんは、目のやり場に困っているようにも見えた。
その姿が可愛らしい。富士谷の選手達(ゴリくん除く)は、女の子に対して全く動揺しないので、初々しい反応は新鮮だった。
「あ、あの! 自分もパンフレット貰っていいっすか!」
ふと、上野原くんの奥に座っていた中学生が、ヒョコッと体を乗り出してきた。
身長は170cmあるかないかで、身体の線もまだ細い。
一見、素質を感じない選手に見えるけど、彼の事は少しだけ知っている。
「……もしかして中橋くん?」
「そ、そうです! まさか恵さんに名前を覚えて貰えてるなんて……光栄っす!!」
彼の名前は中橋隼人。
東八王子シニアの主力選手で、西東京選抜でも2番打者を務めた実績を持っている。
学業面も非常に優秀であり、正史では明神大仲野八玉に一般入試で進学して、1年夏からレギュラーを務めた。
「あ、私のこと知ってるんだね。嬉しいなぁ〜」
「ファンです!! 夏に球場で見かけた時から気になってました! ブログとトゥイッターも見てます!」
中橋くんは目を輝かせながら語った。
まさか私にファンがいるとは。何はともあれ、これはチャンスかもしれない。
「もしかして、富士谷に来てくれるのかな?」
「えっと、少し悩んでます……! その……進路は大事なので……」
「大丈夫だよ。柏原くんも好きな子を追い掛けて入ったけど、富士谷で凄く伸びたからね。
あと、練習試合では明神大仲野八玉にも勝ってるから、戦力的にも富士谷のほうが良いと思うよ〜」
「柏原さんって意外と……ってか、なんで自分の第一希望知ってるんですか!?」
「ふふっ、何でだろうね〜?」
かっしーゴメン、と心の中で謝りながらも、私は笑顔で言葉を返した。
中橋くんは目を丸めて驚いている。やがて少し間が続くと、私の太腿に視線を向け始めた。
「あはは、中橋くんも男の子だね〜」
「いや……その……すいません……!」
「全然いいよ。けど、もし同じ高校で時を過ごせば、もっと良い事があるかもね」
「!!!」
その瞬間、場の雰囲気が一変した気がした。
今ここで私がサービスして、その対価として口約束を結ぶのは簡単である。
ただそれは、かっしー曰く「一発抜いたら忘れられる」事らしく、色んな意味でも大変よろしくない。
大事なのは未来を暗示する事である。入った先でのメリットを示せば、気持ちも自然と富士谷に向いてくるのだ。
「入ります。いや、入らせて頂きます。そうしよう上野原」
「え、俺も?」
「うん、俺達の楽園は此処にしかない。男子校に行った前野さんも言ってただろ? そこに美少女が居なきゃ、ロマンスもラッキースケベも無いって……」
「えぇ……そんな理由で……」
中橋くんは何か悟っていて、上野原くんは呆れた表情をしていた。
これは嬉しい誤算である。中橋くんは優等生と聞いていたので、下心を煽るだけで来てくれるとは思わなかった。
やがて二人と別れると、私はバックネット裏へと身を移した。
今日、ここで会う約束をしている人がいる。
「ごめんね〜、遅くなっちゃって」
「ちっす。別にいいすよ、三試合目まで観る予定なんで」
私と挨拶を交わしたのは、世代ナンバーワン内野手である津上くん。
言うまでもなく、今日は勧誘する為に待ち合わせていた。
「進路は決まった?」
「回りくどいのはいらねーっす。富士谷に来て欲しいんでしょう?」
「話が早いなぁ。で、どうかな〜」
「んー、微妙っすね。家が近いのと、1年夏から出れるのと、一つ上に使えるのが何人か居るってだけですね」
津上くんは難色を示していた。
無理もない、富士谷は所詮都立である。日本代表クラスの人間は、本来なら見向きもしない。
「けど津上くんは、木田くんを擁する都大三高を倒した高校に入るつもりだったんでしょ?」
「……前も言いましたけど、なんでアンタがそれ知ってるんですか? 親や友達にすら言った事なかったんですけど」
「ふふっ、なんでだろうね〜」
ちなみに、彼が都大三高を倒した高校に進学するつもりだった事は、以前の接触で的中させている。
ただ、富士谷は都立という事で躊躇しているらしい。
「ちなみに他の候補は?」
「ん〜、仙台英徳とか良いっすね。設備がマジヤバかったっす」
「あそこは上下関係厳しいし、東北勢は優勝できないからやめたほうがいいよ〜」
「うわー、ひでーこと言いますね。まあ否定しないっすけど。優勝もそうですけど、できれば哲人さんと同じ西東京が良いんですよね」
「じゃあ富士谷でいいじゃん!」
「えー、けど都立じゃないっすか」
そんな感じで暫く会話が続くと、津上くんは私の体を見渡し始めた。
ただ、中橋くんや上野原くんとは違い、その視線に迷いはない。
「じゃ、ヤらせてくれたら入ってあげても良いっすよ」
そして表情を変えずに、淡々と言い放った。
「うーん……それはちょっとなぁ。あ、けど富士谷に来れば、何れチャンスはあるかもね〜」
「そういう回りくどいのはいらねっす。それに恵さんはファザコンっぽいんで、年下には興味ないでしょう」
「まだ会って3回目くらいだよ? 酷くない??」
とは言ったものの、少し図星なのは事実である。
恋人は同世代か少し年上で、身長が高いイケメンが望ましく、年下にはあまり興味が無かった。
「……話を戻すけど、可能な限り要望には答えるからさ、富士谷に入ってよ。先輩や指導者も融通きくから、自由な津上くんにピッタリだと思う」
「じゃあセフレになってくれたら即決で入りますよ」
「ハードル上がってるじゃん!!」
言動とは裏腹に、津上くんは相変わらず落ち着いていた。
ただ、私と交わる事に対する拘りは相当である。
もしかしたら、これが彼の隙なのかもしれない。
「スットゥライィークゥ! バットゥアーアウットォー!!」
そんな会話をしている内に、試合のほうは5回表が終了していた。
ちなみに、かっしーは依然としてパーフェクトピッチングを続けている。
「柏原さんは流石っすね。ま、今のところ他に候補もないんで、この大会を見てじっくり決めますよ」
「マイペースだなぁ……」
その圧巻のピッチングを見て、津上くんは少し感心しているようにも見えた。
誘えそうで誘い切れない。歯痒い状況が続く勧誘は、長期戦になる予感がした。
八玉学000 00=0
富士谷000 2=2
(八)古市―越谷
(富)柏原―近藤
▼中橋 隼人
169cm56kg 左投左打 外野手/投手 中学3年生
西東京選抜にも選ばれた事がある外野手。
俊足巧打で成績優秀、素行面にも定評があり、中学では生徒会長も務めていた。
投げては横投げの軟投派。恵の大ファンを自称しているが、恋愛対象としては見ていない。
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