30.打開策
八玉学00=0
富士谷0=0
(八)古市―越谷
(富)柏原―近藤
2回裏、一死無塁。
5番の堂上を迎えたが、初球を盛大に打ち上げてショートフライとなった。
「力み過ぎだろ」
「ふむ、そう見えるか。ホームランを打てば突破できると思ったのだがな」
堂上は顎に手を当てて答えた。
彼の言うとおり、柵の向こうに打ってしまえば守備は関係ない。
ただ、そう簡単に打てるものでは無いし、相手の守備範囲にも限度がある。
普段通りの打撃で打ち崩すのが無難だろう。
6番打者は田村さん。
初球を捉えたが、好守に阻まれてセンターフライとなった。
彼もまた長打を狙いたがるタイプである。結果は伴わなかったが、阿藤さんと比べると心強い。
3回もお互いに三者凡退。
ただ、相手は三者三振だったのに対して、此方は全員前に飛ばす事ができた。
どっちが押してるか、という話なら富士谷に分があると言える。
4回表、八玉学園の攻撃は1番から。
セカンドゴロ、三振で簡単に二死を奪うと、久保の2打席目を迎えた。
「(俺と横溝で1点取るしかなさそうだなぁ。古市さんも頑張ってるし、楽にしてあげないと)」
ブラスバンドが奏でる紅と共に、久保は左打席でバットを構える。
初球、ツーシームから。カットしてファールとなった。
「(あれ、ツーシームも投げるんだ。球速も上がってるし、チェンジアップは少し逃げたし、中学時代とは別人だなぁ)」
付け焼き刃とはいえ、ツーシームに対応してくるあたりは流石と言える。
スプリットでも空振りを奪えないので、本当にやり辛い。
二球目、内角のスライダーは見逃されてボール。
三球目、外角低めのストレートは見逃されてストライク。
四球目、枠外に落ちるスプリットは見逃されてボールとなった。
打たれてはいないものの、空振りを奪える球種が見当たらない。
状況は二死無塁、久保に柵越えは無いし……少し試してみるか。
「(柏原はそのスプリット好きだよなぁ。さてさて、次は何で来るかな)」
五球目――また真ん中に入らないように、外角低めを意識して腕を振り抜いた。
「(甘い……!)」
白球はゾーンの真ん中に吸い込まれていく。
久保はバットを出すと、白球は逃げるように沈んでいった。
「スットゥライィークゥ! バットゥアーアウットォー!!」
「(……シンカー?)」
久保は唖然とした表情で空振った。
恐らくシンカーだと思われているのだろうけど、俺は断固としてスクリューと言い張りたい。
「完全試合ペースだな」
ベンチに戻る際、近藤が肩を叩いて問い掛けてきた。
完全試合と言ってもまだ4回、このゴリラは気が早すぎる。
「どうせどっかで打たれるだろ、気にしなくていいよ」
「お、おう」
俺は適当にあしらって、4回裏の攻撃に備えた。
4回裏、先頭の野本は打ち取られたが、続く渡辺はセンター前ヒットで出塁した。
「きゃー! 和也ー!」
客席でそう叫んでいるのは渡辺の彼女である。
渡辺が小さくガッツポーズを向けると、京田が「リア充爆発しろ!」と叫んだ。
どうでも良いけど、リア充という言葉が懐かしい。10年後では廃れていて、かわりに陽キャという言葉が流行っていた。
一死一塁、待望の走者を置いて中軸に回った。
3番の鈴木は初球からフルスイング。渾身の大飛球は、フェンス手前のセンターフライになった。
「雑すぎだろ」
「いやいやいや、これが一番イケてるっしょ〜。かっしーもデカイの頼むぜ〜」
鈴木はヘラヘラしながらベンチに戻っていった。
まったく、ホームランなんてそう簡単に出る物ではないと言うのに。
二死一塁、ブラスバンドが奏でるさくらんぼと共に、俺は右打席に入った。
マウンドには先発の古市さん。腕で汗を拭いながら、大きな息を吐いている。
そういえば、彼は昨日も少しだけ投げていた。
今日も初回から捉えられているので、精神的に疲れているのかもしれない。
堂上や鈴木に乗せられるのは癪だが――大きいのを狙ってみるか。
狙いは内角低め。外角低めを柵の外に持っていくのは難しい。
初球、外のストレートは見逃してストライク。
二球目、枠外へ落ちる球は打ち損じてファール。
そう簡単に打てたら苦労はしない。粘り強く狙い球を待つしかない。
「(追い込んだけど、俺がやれる事は一つだからな。とにかく低めに――)」
三球目、内角低めの速い球。
渾身の力で振り抜くと、会心の当たりはポール際に飛んでいった。
「おおお〜!!」
「行ったかー!?」
その瞬間、疎らな歓声が湧き上がった。
祈るように打球の行方を見守りながら、一塁へと走り出す。
白球の行方は――。
「……ホームランッ!!」
三塁審がグルグルと腕を回す。
ポールギリギリの際どい当たりは、先制のツーランホームランとなった。
堂上は言った。
守備が上手いなら、柵の向こうに打ってしまえば良い、と。
個人的にはどうかと思ったが、この作戦は一先ず成功となった。
八玉学000 0=0
富士谷000 2=2
(八)古市―越谷
(富)柏原―近藤
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今年もよいお年を。