29.鉄壁の守備
八玉学0=0
富士谷=0
(八)古市―越谷
(富)柏原―近藤
1回裏、マウンドには古市さんが上がった。
174cm60kgの細身な右腕。低めへの制球に定評があり、多彩な変化球を扱う事ができる。
ただ、これといった決め球は無く、直球も120キロ台後半くらい。夏に対決した好投手に比べたら、ツーランクは落ちる投手と言える。
『1回の裏。都立 富士谷高校の攻撃は、1番 センター 野本くん。背番号 8』
富士谷の先頭打者は野本。
夏同様、ブラスバンドが奏でるスマイリーと共に、左打席に入った。
「(今日は初回から積極的にか……昨日と真逆だなぁ。ま、柏原くんがそう言うなら従うけどね)」
今日は初回から積極的に打つよう指示してある。
球は昨日見させたし、古市さんに自滅は期待できない。
初球、低めへの速い球。
野本はいきなり振り抜くと、打ち損じた当たりは三遊間に転がった。
内野安打になるか際どい当たり。ショートの竹村さんが鮮やかに捌くと、俊足の野本はギリギリでアウトになった。
「いや〜ごめん、打てそうだったからつい……」
「積極的に行けって言ったのは俺だからな、まあ仕方がない」
小細工が出来ない野本は、振って打ち取られたら仕方がないと割り切るしかない。
それに、今の当たりは大抵の相手なら内野安打になる。内容は悪くないだろう。
『2番 ショート 渡辺くん。背番号 6』
続く打者は渡辺。
この時代では定番だったサニーデイサンデイと共に、右打席に入る。
初球、低めの変化球を見逃してストライク。
二球目、外の変化球は外れてボール。
三球目のストレートは、一塁側スタンドに飛び込むファールになった。
「(うん、打てるね)」
渡辺は頷いてからバットを構え直す。
四球目、古市さんは外の変化球を放つと、渡辺は綺麗に弾き返した。
「(よし、抜ける……!)」
一二塁間へ強いライナーが飛んでいく。
しかし――セカンドの久保が飛び込むと、白球はグラブに収まりセカンドライナーになった。
「……セカンド上手いね。竜也が認めるだけはあるよ」
「ああ。あっちには飛ばさない方がいい……と言いたいけど、ショートもかなり上手いからな。範囲外に打つしかない」
「どこも上手いし困ったなぁ」
八玉学園は打線が弱い。
それにも関わらず、強豪という立場にある所以は、その高い守備力にある。
どの選手も守備範囲が広く、捕ってから投げるまでが非常に速い。
同格の高校でも、夏に対戦した都大二高とは真逆のチームカラーである。
3番の鈴木はセンターフライに打ち取られた。
この当たりも、相手が相手なら長打になる打球だ。
内野だけでなく、外野のレベルも高い事が窺える。
2回表、八玉学園の攻撃は4番の横溝から。
小太りの彼は、だらしない腹を揺らしながら左打席に入った。
「決めましたぞ柏原氏。小生、ホームランを打つ毎に、頂くマネージャーを追加させて頂きましょう」
おまえ勝手に決めすぎだろ、という叫びは心に留めておいた。
木田といい、何故キチガイというのは打席で喋りたがるのだろうか。
初球、インコースのストレートから。
「スットゥライィークゥ!!」
「(う〜ん、なかなか萌える球ですなぁ)」
横溝は舐めるような視線で見送った。
頭はおかしいが、彼の実力は本物である。甘く入れば外野の後まで飛ばしてくるだろう。
二球目、バックドアのスライダー。
少し高めに浮くと、横溝はバットを出してきた。
「んふぅっ!」
横溝は声を上げながら振り抜くと、詰まった当たりは俺の真正面に飛んできた。
落ち着いて捕らえてワンアウト。綺麗な形ではないが、1打席目は此方に軍配が上がった。
「う〜む、甘くきたと思ったのですが、想像以上にキレてましたな。これはこれは一本取られました」
「お、おう」
続く打者は川田さん。
横溝と言葉を交わした後、何だか少し嫌そうな顔をしていた。
八玉学園の打線は、ここから一気に打力が落ちる。
特に6番の安岡は扇風機だ。今は守備と長打力を買われてレギュラーだが、最終的にはベンチからも外れる選手。
かつて八玉学園にいた相沢も酷評していた程、好投手には全く対応できない。
その評価通り、川田さんをサードゴロで打ち取ると、安岡は三球三振で切り抜けた。
6番が自動アウトというのは非常に楽だ。そう思うと、田村さん補強前の富士谷打線は、結構危うかったのかもしれない。
2回裏、富士谷の攻撃は4番の俺から。
聴き慣れたさくらんぼと共に右打席に入った。
初球、低めの落ちる球。見逃してボール。
二球目、外角低めのストレート。見逃してストライク。
古市さんは低めへの制球に長けている。
一方で、コースの制球は割とアバウトであり、高めのストレートでねじ伏せる球威もない。
だから徹底して低めを突いてくる。逆に言えば、狙いを低めに絞りやすいという事だ。
三球目、古市さんはスライダーを放った。
逃げる球に対して、逆らわずに流し方向へ打球を放つ。
捉えた当たりはセカンドの頭上を越えると思われたが――。
「セカンッ!」
「……アウトォ!」
久保渾身のジャンピングキャッチが決まりセカンドライナー。
そう簡単に打てたら苦労はしない。腐っても強豪校の投手、高めに浮かないというのも非常に大きな武器である。
そして打たせて捕るピッチングと、鉄壁の守備は非常に相性が良い。
ただ、それでも所詮は最速130キロ弱の右腕。
制球やキレだけでは、全国クラスの打線には通用しない。
それは歴史も証明している。結局、今後10年の甲子園優勝投手というのは、ほぼ全員が140キロを出せる投手なのだ。
この程度の投手を打てないようだと、選抜への道は切り開けないし、仮に出場した所で結果は残せない。
残す攻撃は、この回を含めて後8回。此方が裏である事を考えたら、後7回で3点以上は取りたい所である。
八玉学00=0
富士谷0=0
(八)古市―越谷
(富)柏原―近藤
NEXT→12月29日(火)18時