表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/699

10.ありふれた日常

 気付けば4月も下旬を迎えていた。

 紺色のブレザーをキッチリ着こなしていた1年生達も、この頃になると着崩す生徒が目立つようになった。

 男子生徒の多くはネクタイを緩め、Yシャツは第二ボタンまで開けて、ズボンを腰で穿いている。

 女子生徒はブレザー自体を着てこない。上はYシャツにカーディガンが主流で、紺色か灰色で選べるスカートは、かなり短く調整する生徒が目立つようになった。


「かっしー、もう帰るの?」


 放課後、俺にそう聞いてきた金城も、その例外ではない。

 今日は白のカーディガンだった。彼女は日によって上の色を変えるけど、どの姿も似合っている。


「ああ。月曜は練習が休みだからね」

「そっか! じゃ、またね!」

「おう。部活頑張れよ」


 金城が背を向けると、下半身に視線を移す。

 例外でないのは紺色のスカートも同じだ。だいぶ際どく調整されていて、こう……無意識に視線を奪われてしまう。

 俺も男だから仕方がない。ただ一つ言える事は、好きな子の制服姿は最高だという事だ。


 さすがに三週間も経つと、金城はすっかり女子生徒の和に入っていた。

 人見知りで俺を頼る姿も可愛かったが、無邪気で元気な彼女が一番だ。

 最近は、バスケ部の苗場春香(なえば はるか)と行動する事が多くなり、俺と喋る時間は少し減った。それでも、中学の頃よりは遥かに前進している。

 ありがとう恵、さようなら関越一高の皆。俺にもう未練はない。たぶん。





 野球部は基本的に月曜が休みで、必要に応じてミーティングが行われる。

 火曜日から練習が再開され、再び野球漬けの日々が始まった。

 富士谷高校にはナイター設備があるが、夜間練習は行わない。これは日没が早い冬場に活用されるらしい。


「俺は日付が変わるまで練習しても全く問題ないんだがな」

「一人でやってろ」


 堂上の発言を流しながら、俺はブルペンで投げ込んでいた。

 サイドスローの生命線は、右打者の内角と左打者の外角だ。練習ではベースの右打席側に向かって徹底的に投げ込む。

 捕手は近藤と2年生の島井さん。島井さんは所謂10番目の選手だが、バッテリー含め全部守ることができるらしい。


「あ、つぎ俺が投げてもいいかな」


 そう言って入ってきたのは、孝太さんだった。


「投げられるんですか?」

「少しならね」


 孝太さんはブルペンに入ると、近藤とキャッチボールを始める。やがて肩が出来上がると近藤を座らせた。

 左のスリークォーターで、少し出所も見辛いような気がする。直球は俺達よりも速く、140キロ以上は出ているだろう。


「相変わらずいい球ですね」

「そうかな。次、変化球いくね」


 初球はチェンジアップ。ストレートと同じフォームから、ブレーキの掛かった球が放たれる。

 続いてツーシーム。シンカー方向に深く沈む。この時代に、この球を打てる高校生はそう多くない。

 三球目はスライダー。手元で大きく斜めに曲がる。これも左打者は打てそうにないな。

 次は……と思ったら、そこで投げるのを止めた。


「肘……痛いんですね」

「うん、少しだけね。今日はこのへんにしとくよ」


 孝太さんはそう言って、野手陣のティーバッティングに混ざっていった。

 俺や恵が転生できたのに、彼が同じ人生を歩むことになったのは残念でならない。

 怪我さえ回避すれば、今頃はドラフト候補の筈なのに。





 練習が終わるのは18時半頃。

 それから片付けと整備を始めて、19時過ぎくらいに解散となる。


「かっしーとお兄ちゃんだ!」

「お、金城か。おつかれ」


 偶然にも、バスケ部と解散の時間が重なった。

 サテン生地の練習着に身を包んだ金城は、制服とは違った爽やかな魅力がある。


「もう終わり? 3人で帰ろっ!」

「ああ、いいよ」

「あっ……ごめん、俺ちょっと用事あるから、二人で帰ってて」


 孝太さんは、何かを察したかのようにそう言った。


「えー……じゃあ着替えてくるから、かっしー待っててね!」

「おうよ」


 金城が更衣室に姿を消すと、孝太さんは小さく息を吐いた。


「……仲悪いんですか?」

「いやー、一緒に風呂入るくらいには仲良いよ」


 羨ましいな畜生。


「じゃ、なんでです?」

「そりゃあ俺も空気くらいは読めるからね……」


 孝太さんはそう言って、俺から目線を逸らした。

 気付かれているのか、妹さんに惚れてるって。


「いや、けど気使わなくていいですよ」

「そうはいかないって。それに俺にもお誘いが……ほら来た」


 孝太さんは苦笑いを浮かべると、その先で女子生徒が手招きしていた。

 確か……女子バスケ部の主将の新野(にいの)さんだ。

 噂だと孝太さんの事を好きらしいけど、この口振りだと本人も気付いているのだろうか。


「俺は余計な介入はしないから。ま、頑張れよ」


 孝太さんはそう言って去っていった。

 金城と二人で帰宅か……何だか夢のようだな。かつてないくらいドキドキする。

 そう思った時、今度は恵が此方に来た。


「かっしーおつ! あ、邪魔者はすぐ消えるから安心してね」

「別にいいけど、何か用か?」

「うん。正史の琴ちゃんの事で、ひとつだけ教えとこうかなって」


 なんだろう。

 来週に彼氏できるよ、とかだったら俺はもう立ち直れないぞ。

 もう一度死んで再転生に賭けるまである。


「私と琴ちゃんって、正史では2年生で知り合うんだけど……琴ちゃんは帰宅部だったの」

「なに……? 辞めたって事か?」

「わかんない。かっしーが来た事で、バスケを続けたって可能性もあるからね」


 だとしたら結婚待ったなしだな。

 ただ何かが原因で辞めてるとしたら、何らかの手を打つ必要がある。

 未来を知ってる以上、好きな子の挫折を黙って見過ごす訳にはいかないな。


「日常は打算で動いて欲しくないけど……琴ちゃんは私の友達でもあるからさ。気にかけてみて」

「わかった」


 そう言葉を交わして、恵は去っていった。

 どうでもいいけど、後ろ姿が妙に可愛いかった。

▼金城 琴穂(富士谷)

149cm44kg バスケ部 1年生

本性では内気で臆病だが、無邪気に振る舞おうとする健気な女の子。

2つ上の兄には非常になついているが、心の何処かで自立したいとも考えている。

髪色は暗めの茶髪、髪型は肩に付かないくらいのボブカット。


▼金城 孝太(富士谷)

180cm78kg 左投左打 外野手/(投手) 3年生

強豪・東山大菅尾から転校してきた2つ上の先輩。

故障歴こそあるが、強肩強打で足も速く、瀬川監督からの評価は非常に高い。

転校に関する規定により1年間公式戦に出れず、部員不足で練習試合も少なかった中で、高校通算15本塁打を記録している。

性格は温厚。主将という事もあり、しっかり者を演じているが、本性では重度のシスコン。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 面白いです。 応援してます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ