1.現代社会に殺されて――。
初投稿になります。楽しんでいただければ幸いです。
尚、この物語における「高校野球の正史」とは、必ずしも現実をモデルにしている訳ではありませんので、ご承知ください。
朦朧とする意識の中で、三日ぶりに帰宅した俺に浴びせられたのは、妻からの罵声だった。
「早く帰るなら連絡してよ!! なんでしないの!? ほんっとイライラするわ!! 」
決して早くはない。
もう23時だし、職場に二泊三日もした後だ。もっと言うならメッセージも送信した。
どうせ、ゲームに夢中で気付かなかったのだろう。
けど「言ったよ」と言い返す気力もない。
「はーぁ……アンタが悪いんだから、全部自分でやってね。私は忙しいから」
彼女はそう言って部屋に籠った。
忙しいと言っても、やってる事はオンラインゲームだ。相方とかいう存在を作って、頻繁に会ってる事も知っている。
彼女からしたら、すっかりゲームをしなくなった俺よりも、趣味を共有できる相方のほうが魅力的なのだろう。
「っふぅ……」
俺はスーツのままソファーに倒れた。
右手に握るスマートフォンが、しきりに振動している。
画面を見ると、母親からのメッセージが連投されていた。
「なんで先週末は来なかったの?」
「いつ実家に戻るの予定なの?」
「あなた長男なのわかってる?」
祖父母の介護に来なかった事への不満だ。
先週末は仕事で帰れなかった。だいたい、こっちにも家庭があるのに、毎週帰省するだなんて可笑しな話だ。
「何してんだろ、俺……」
遠退いていく意識の中で、俺――柏原竜也はそう呟いた。
上手くいけば、もっと良い人生を歩めたかもしれないのに。どうしてこんな事になってしまったのだろう。
俺の人生は「転落」の一言に尽きる。
今から11年前、俺は中学硬式野球の強豪・府中本町シニアのエースで4番だった。
それは決して、オーバースローの豪腕という訳ではなかったけど、本当に良い選手だったと思う。
当時、俺は進路に悩んでいた。
その理由は、憧れていた高校が地方にある中で、両親に野球留学を反対されたから。もう一つは、片想いをしていてから。
野球留学がダメなら、その子と同じ高校に行って、甲子園に行ったら告白しよう。
そんな事を思っていたが、その子は弱小校に進むと聞いて、初恋は儚く散った。
結局、東東京の名門・関越第一高校、もとい関越一高に進学した。
1年秋からエースナンバーを背負うと、2年春にはドラフト候補として名前があがる。しかし、順調だったのはここまで。
2年夏以降、酷使が続き肘を痛めると、3年夏を前にして投手生命を絶たれた。
大学では野球を諦めて、オンラインゲームに没頭した。妻――伊織との出会いも、ゲーム内での事だった。
伊織とは就職後に結婚。この頃までは仲が良かったが、激務に追われ、ゲームで遅れを取るようになると、その事で罵倒されるようになった。それが嫌でゲームを辞めると、溝はより深くなってしまった。
そんな最中、母親からは祖父母の介護を頼まれ――俺の体は心身共に限界を迎えた。
「ん……朝か……」
気付けば、眩しい陽光が俺を照らしていた。
無情にも日常は繰り返される。体を起こそうとすると、何か硬いものに当たった。
「いてっ、なんでこんな所に机が……」
「もう昼だし、学校に机があるのは当たり前だろ、全く……」
「はあ!? やべ、早く仕事に行かないと……」
「え……?」
何故か机に突っ伏していた俺は、その光景を前にして言葉を失った。
無数の数式の書かれた黒板に、木目のタイルが張られた床。
所謂、教室と呼ばれる場所で、ブレザー姿の少年少女が、一様に此方を見ている。
「仕事って……寝てる間に随分と成長したみたいだなぁ、柏原」
そう言って苦笑いを浮かべたのは、中学三年時に担任だった与田先生。
その異様に広い肩幅は、見間違えるはずもない。
「柏原渾身のギャグ頂きましたー」
「おいおい、お前がボケたら誰がツッコミすんだよ~」
「こりゃ学級崩壊も近いな!」
周りでヘラヘラ笑っているのは、中学時代の友人達。それも当時の姿のまま。
そして――。
「あはは、変なのー」
肩に付かないくらいのショートボブに、あどけない童顔。俺を見てニコニコと笑う、小柄で可愛らしい少女。
当時、俺が思いを寄せていた相手――金城琴穂がそこにいた。