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君影草  作者: 釧路太郎
君影草 プロローグ
3/15

サルビア 尊敬

 毎月第三日曜日は父と映画を見に行く事になっていた。映画の趣味は異なるのだけれど、普段は絶対に見ないジャンルの映画もたまに見る分には面白かった。

 この決まりは中学生になってから始まったのだけれど、最初は単純に私とデートがしたいだけなのだと思っていたのだが、祖母からある話を聞いてから少しだけ父の事が好きになった。

 もともと、私の父と母は映画を見に行く事が好きだったようで、二人が付き合う前からも一緒に映画を見に行くような仲だったらしい。私と父のように母も父とは映画の趣味が合わなかったらしいのだけれど、お互いに知らない映画を教え合ううちに深い仲へと発展していったようだ。その事について父は何も教えてくれないので祖母からの伝聞になるのでどこまで正しいのかわからないけれど、父も母もお互いに最初から好き同士だったみたいだ。両親のこんな話は聞きたくないものだけれど、私は母の事をほとんど知らないので母の事を知る事は普通に嬉しい事であった。


 父の選ぶ映画は派手なアクション系か大作映画が多かった。中には私が産まれる前から続いているシリーズ物もあるらしく、それなりに見ておかないと話についていく事も出来なかったりする。

 私の選ぶ映画は恋愛ものか青春物が多く、父の年代からしたら退屈だろうと思っているのだが、仕事柄若者文化に触れることも多いみたいで、大体は満足して何か食べに行く事になるのだ。


 日曜日の食事当番は私なのだけれど、映画の日だけは外食が許されるので月に一度のお楽しみは映画だけではなかったりするのだ。父が連れて行ってくれる店は母と通っていた店らしく、日に日に大きくなっていく私を見ては母の面影を感じている人もいるのだと言われたことがある。私には母の記憶が無いので写真と動画の中の母と比べるのだけれど、自分が言うのも何なのだが、そこまで似ていないように思えていた。


 一緒に暮らしている家族は父だけなのだが、月に一~二回は出張の父に代わって祖父母が私の世話をしてくれていた。父と祖父母はそこまで仲が良いわけでなないのかもしれないが、私にはどちらも優しくしてくれていた。父の愛情は伝わりにくいのだけれど、ちょっとしたことでも気を使ってくれているのは感じていた。百合ちゃんと離れていた時期は映画の回数も増えていたので、父なりに何かを感じ取って気を使ってくれていたようだ。


 私の世話をしてくれる祖父母は母の両親なのだが、父とはあまり仲が良くないのか一緒にいるところを見た記憶がなかった。電話が苦手な父は祖父母とも手紙で連絡することが多く、ごくたまにメールを送る事があるのだと聞いたけれど、本当の緊急事態に陥った時は流石に電話をかけるのだと思う。


 私は祖父母が来ている時も花壇の手入れを欠かさないのだけれど、花好きの祖母は私の育てている花壇を見て嬉しそうに写真を撮っていた。今は何も花が咲いていないので愛華は出てこないと思うのだけれど、その姿が祖母にも見えるのか想像もつかなかった。

 最も、今では愛華の姿が見えるのは私だけだとわかっているのだが、この時は花が好きな祖母には見えるのではないかと期待してみた。期待してみたけれど、私の望んでいる結果にはならなかったのだ。


 それでも、私が花壇の手入れをして花の世話をしていると祖母は嬉しそうに私を眺めていたのだ。時々悲しそうな表情をしている時があったので嫌な事があったのか聞いてみると、私の行動が生前の母と重なってしまって昔を思い出してしまったのだという。私の知らない母の話は新鮮だったけれど、どこか私とは違う世界の人のように思えてしまったのだけれど、祖母の気持ちを考えるとソレは黙っておいた方が良さそうにも思えていたので黙っておく事にした。

 祖父は花壇には興味が無いのかと思っていたけれど、私と祖母で料理の支度をしている時にたまたま見かけたのだが、祖父も花壇を見つめて何かを思っている様子が見受けられた。口数の少ない祖父が何を考えているのかはわからないけれど、祖父も祖母も母の残した花壇が気掛かりだったのだろう。私も父も花壇を放置していた時間が長かったのでそれが心苦しく少しだけ申し訳ない気持ちが芽生えてきた。


 明日は父が帰ってくる予定なのだけれど、いつものように祖父母が帰宅してから家に戻ってくるつもりなのだろう。帰りの電車の切符はあらかじめ買ってあるので時間は決まっているのだから、その時間を過ぎてから帰宅すれば父は祖父母に会わなくて済むだろう。母のいない今は他人同士と言ってもいいような関係だろうし、私がいなければ三人が合う事も無さそうだけれど、父と祖父母が仲良く楽しそうにしている姿を見てみたいとも思っていた。


 いつもより早い夕餉を終えると私は洗い物を済ませてから裏庭に出てみた。何となく裏庭に出てみると母の花壇に見た事も無い一輪の赤い花が咲いていた。その花はほのかに甘く爽やかな香りを漂わせていて、私は一瞬でその花の虜になった。


「今日はいつもと違う人たちがいるけど、この花はあの人達とカスミの為に咲いたのかもしれないね。でも、カスミのお父さんがいればもっと良かったのにね」


 愛華は私にそう告げると、その花の葉を一枚とって私に手渡してきた。その葉を手に取ると先ほどよりも強い香りが鼻孔をくすぐった。

 いつの間にか祖父母も裏庭に出てきていたのだが、先ほどまで何も咲いていなかった花壇に咲く一輪の花を見つめて二人とも涙ぐんでいた。二人は涙を必死でこらえているようだったのだけれど、祖母の目から涙が零れ落ちると、祖父の目からも涙が零れだしていた。


「この花はサルビアね。この時期にこんなに綺麗に咲いているなんて不思議だわ。もしかしたら、あの子が私達の為に咲かせてくれたのかもね」


「この二人が思っている事はきっと当たっているんだと思うけど、もう少ししたらきっといいことあるからね」


 祖父母には愛華の姿も見えず声も聞こえないはずなのだけれど、そこには愛華しかいないはずの何もない空間に向かって祖父母は手を合わせていた。愛華が神様なのかはわからないけれど、祖父母のその行為は信仰心からくるものではなく、心の中で何か思った結果に現れた行動なのかもしれない


「ねえ、おばあちゃんはこの花が好きなの?」

「そうだね。特別好きってわけじゃないんだけど、この花は良い匂いがするだろ?」

「うん、好きな匂いだよ」

「これはハーブとしても優秀なんだけど、私は花言葉が好きなんだよ」

「どんな花言葉なの?」


「この花の花言葉は『家族愛』さ」


 愛華と祖母の言葉が一語一句違わずに綺麗に重なっていた。私はその事も衝撃的だったけれど、花言葉の意味も衝撃的だった。私には家族は父しか残っていないと思っていたけれど、祖父母の私の家族であることには変わりないのだ。その事を母と花壇は教えてくれていたのかもしれない。


 家の中に戻って三人でテレビを見ていると、突然ドアが開いた。そこに立っていたのは父だった。


 両手いっぱいに荷物を持っている父は慌てた様子で私達に帰宅の挨拶と仕事の成果を報告してきた。いつもよりいい仕事が出来て父にとって有利な契約を結べたらしい。

 父に裏庭に咲いているサルビアの花を見せると、父は人目も憚らずに泣いていた。その姿を見た祖母ももらい泣きしていたのだ。私はその感情がわからずにただ立って三人を見守る事だけだった。


「カスミの家族はちゃんと愛に包まれているみたいで良かったね」


 その愛華の言葉で三人が本当は仲が良いのだろうと思えたけれど、その中に私がちゃんと入っているかはわからなかった。それが少しだけ私を不安にさせた。

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