Introduction
男は現代の宗教学者であった。
そして極端な無神論者でもあった。
宗教を否定するために学者になり、様々な場所で講演を重ねた。
ある講演の帰り道、暗い路地を歩く彼の前に一人の女が現れた。
彼女は鬼の形相でやや前のめりに立ち、手には長い棒を携えていた。
男はこの女を知っていた。
今日の講演中に、神の存在証明について論戦を交わしそして完膚なきまでに言い負かした女であった。
その女からは憎しみや殺意のようなどす黒い感情が溢れ出ていた。
それは薄暗い中光る眼光で男は容易に察することが出来た。
「神に祈りを捧げなさい。」
女は小さくも確かな声色で男に語りかける。
「お断りします。それは今日の講演でも言ったと思いますが。」
男も同様に、毅然とした態度で要求を断る。
「そうでしょうね。」
言うやいなや女は勢いよく男に駆け寄る。殺そうとしているのは明白。後ろの路地の出口まで約5m。
男と女の間は3m程、2秒もあれば棒は男の頭蓋骨を叩き割れる距離。
男は咄嗟に身を翻し逃げようとする。男に考える余裕などない。とにかく走るしかないのだ。
……が、虚しくも足がもつれる。
時既に遅し。強い衝撃を頭に受けたのを最後に、男は意識を失った。
目を覚ますと、男は無機質な空間で仰向けになっていた。
朦朧とした意識の中で目を凝らすと頭上に女が男の顔を覗き込んでいた。
「やぁ、ようこそ神の間へ。
ま、君の所の神ではないけどね。」