1.始まりの気配
はじめまして、沙羅咲です。
至らない点はたくさんあると思いますが、たのしんで頂けると光栄です!
我らはこの国の秩序を保つ者
多大な力を持って 害ある者を排除する
存在しない傭兵
覚えておくがいい
我らが仕えし君主は
私服を肥やす権力者でも
偽善心に溺れた政治家でもない
我らの君主は この国であり
その民そのものであるということを
ー国家直属特殊能力傭兵部隊 通称“騎師団”所属
早瀬 神楽 手記よりー
桜吹雪が青空を舞う4月。
2030年を迎えた現在でも、日本の教育現場が4月から新学年を始めるのは変わっていない。
今日、4月8日は絶好の始業式日和となった。
新しい制服に身を包み、緊張した面持ちの新入生や新学年を浮かれ半分で迎える生徒たちで電車や通学路は溢れている。
それはここ、私立桜ノ宮第一学園高等学校も例外ではなかった。
といっても、全寮制であるこの学園において電車や通学路は無いに等しい。
例外ではないのは、新入生や在学生の様子だ。
特に新入生は、他の学校の生徒よりも浮き足立つような雰囲気だった。
それもそのはず、国内随一の名門校として名を馳せ、学費も人気も共に高いこの学園に入学、在籍することは、世間でいう「勝ち組」を約束されたも同然であり、誇りでもあるからだ。
東京ドーム約5個分の広い敷地には、立派な洋風校舎をはじめとし、メイン・サブアリーナ、講堂、食堂(という名のレストラン)、寮、図書館、スポーツジムなどといった施設が立ち並んでおり、生活に不自由はない。
基本的に自由な校風をスタンスとしており、私立では珍しく化粧やピアス、髪染めを禁止されてはおらず、生徒に一存している。
また全寮制ではあるが、放課後の学習時間などは定められてはいない。
終業後は完全に生徒の自主性を尊重する形をとっている。
しかし、某難関、有名大学の進学率は高く、非常に高レベルな学習指導を受けることができる。
あらゆる面からみても、人気の高い理由が頷ける、そんな学園なのだ。
もちろん、学費や施設管理費は私立高校の平均よりも大幅に高い。
そのため、ここに入学するのは良い家系の御曹司や社長令嬢などが大多数だ。
世間で「勝ち組」と認められるのは、もともと入学してくる人間が“持っている者たち”だからだ、といっても過言ではないだろう。
周囲からは「桜の一高」と呼ばれ、それ自体がブランドだ。
そんな「勝ち組」が集まるこの学園に、周りの雰囲気とは異色の男子生徒が一人、立派な校門を見上げて立っていた。
(でけぇな…)
茶色に近い赤髪に、耳にはシルバーのリングピアス。
見る者を震えさせるようなキリッとした目元に、スッと通った鼻筋。
185cmと高身長で一見細そうに見える身体だが、以外と筋肉がついていたりする。
所謂、細マッチョというものだろうか。
目つきが悪いせいで不良にみられることもあるが、一応世間でいうイケメンの部類に入るのだろう。
黒川 郁斗、16歳。
今日からこの学園の生徒になる、高校2年生だ。
地元の公立高校で1年間過ごし、今年から編入生としてこの学園に在籍することになっている。
「これが桜の一高…か」
門というよりも大きな扉に近い校門をくぐり、郁斗は目の前にそびえ立つ校舎に向かって歩き出す。
すると、寮の方向から歩いてきた学生たちがざわめきだした。
「えっ、ねぇ!誰、あの人」
「校門から来たってことは、今年の編入生じゃないか?」
「嘘っ、すごいイケメン!」
「でも、なんか不良っぽくない…?」
新入生は昨日の入学式から寮生活を始めているため、全員が寮から登校している。
さらに、胸についたエンブレムの色によって学年が分かるようになっている。
他の私立高校と比べて少人数制をとっている第一学園高校は、一学年150人ほどしか在籍していない。
そのため、一年もあれば全員が顔見知りほどにはなっている。
つまり、2年生のエンブレムをつけながら見たことがない顔である郁斗は、必然的に編入生と推測することができてしまうのだ。
ましてや赤髪なんて、ヘアカラーOKなこの学園でさえ珍しい。
そこにイケメン要素も加われば、話題にならないわけがない。
案の定、こちらをチラチラと見ながらヒソヒソと話す群衆に、郁斗は呆れ混じりに呟いた。
「どこも同じもんだな…」
好奇の視線をむけられながらも、目つきが悪いからか話しかけてくる人はほとんどいない。
大抵の人間は遠目にヒソヒソと呟くだけだ。
慣れてはいたが、それでも拭えない不快感を背に、郁斗は校舎に向かって歩いて行った。
「それでは、こちらの三枚の用紙にそれぞれご記入をお願い致します」
「まだあるのか…」
校舎の中に入り、郁斗がまず最初に向かったのは事務局だった。
学園に到着後、まずは事務局の方へ向かうように、と送られてきた資料には記してあったからだ。
入学前に散々、いろいろな書類を記入し提出したのに、まだ書くものがあったことに、つい本音が漏れ出てしまう。
(やべ)
ハッとして前を見たが、担当の事務員の女性は愛想笑いを浮かべて、聞かなかったことにしてくれたらしい。
郁斗は全ての項目を書き終えて、再び窓口へと持って行った。
事務員の女性は押印やサインをテンポよくこなしていき、必要な書類を揃えて郁斗に渡す。
「ご入学、おめでとうございます。こちらが、この学園に関する資料になりますので、よく目を通しておいてください。こちらは校章になりますので、左襟におつけください」
資料を受け取り、金色の校章をピンでつける。
校章は、桜の花を背景に、剣と片翼が交差しているもので、珍しいと郁斗は思った。
「以上で手続きは終了です。この後は荷物を教室に置き、講堂へ向かってください。始業式は9時からとなります。一般クラスの方は30分前には席につくことをお勧めいたします」
事務員に軽く会釈をして、郁斗は事務局を出た。
ーSide of Sー
「…?」
少女は、歩みを止めて、不意に振り返った。
列は組んでいなかったものの、まとまった集団として歩いていたため、止まったその姿は目立っていた。
しかし、その視線の先には振り返るほどの何かはない。
ただ鬱蒼と生い茂る雑木林があるだけだ。
「どうしたの、紫月?」
一緒に歩いていた集団の中の一人が、不思議そうに声をかける。
「いや…」
なんでもないという素振りを見せながらも、少女はその場から動こうとしない。
変わらず、雑木林を見つめているだけだ。
周りの人間も少女の異変に気付き、不思議そうに少女を見る。
その視線さえも、少女は気づかなかった。
それ以上に、雑木林の先の“ある気配”に気を引かれていたからだ。
(この気配は…一体…)
「何をしている」
後ろから発せられた冷徹な声音の一言で、少女は意識を戻した。
「申し訳ありません」
再び、集団は動き始める。
しかし、少女の頭には先程の妙な気配で満たされていた。
少女の視線の先、雑木林を抜けた場所に赤髪の少年がいたことを
このとき、二人は互いに知る由もなかった。
ーSide of Ikutoー
桜ノ宮第一学園高校は、自由な校風で生徒の自主性を尊重しているが、その分自らが負う責任は重い。
それが分かる代表例の一つが、クラス分けだ。
1クラス30名、A〜Dクラスまでの4つのクラスで一学年が構成されている。
クラスの決め方は、成績のスコアが優秀な順で、Aクラスから振り分けられる。
つまり、自由ではあるが、自分から学ばなければDクラスまで落ちてしまうという仕組みだ。
郁斗はCクラスに配属された。
編入試験は毎年倍率が高く、10を超える年もある。
そこを通ってきただけあって、普通の高校生としてみるならば郁斗は頭がかなり良い方だろう。
しかし、それが国内有数の進学校としてみると、話はまた変わってくる。
実際、郁斗は下から2番目のクラスなのだ。
「ここか」
1-Cと表記された教室に到着する。
そっと中に入るが、教室には鞄はあるが誰もいない。
(もう移動してるのか?)
時刻は8:20。
30分前に着くとしても、まだ早い時間だ。
(講堂に向かうか)
誰もいない教室ですることなどないに等しい。
郁斗は自分の席を確認し荷物を置いて、講堂に向かった。
この学園の各施設は、本校舎を中心に半円状に位置している。
そのため、広い敷地だが校舎からの移動であれば、案外5分程度で到着するのだ。
「すげぇ…」
郁斗は西洋風の立派な講堂を見上げ、思わず呟く。
繊細な装飾が外にも中にもあしらわれており、煌びやかでとても美しい。
感嘆を漏らしながら中へ入ると、そこはもうすでに学生がほとんど集まっていた。
時刻は8:28、みんな着席している。
といっても、始まる雰囲気では全くなく、辺りはざわめいていたが。
「マジかよ」
(優等生の奴らは30分前行動が当たり前なのか…?)
おかしいとは自身で思いながらも、そう考えずにはいられない。
それとも、単に新しい学年が始まる最初の始業式だからだろうか。
(…いや、やめよう)
考えるだけ無駄だと思い、郁斗は周りを見渡した。
劇場のような真紅のシートが並ぶ席の中で「編入生」と書かれた紙が貼られた席をみつけ、一番端に座る。
早くもこの学園での生活が自分の体に合うのかどうか、不安に思ったときだった。
「あっ、君も編入生!?よかったー、仲間がいて!僕一人だとなんだかアウェイ感半端ないし、寂しかったんだぁ〜」
「えっ、あぁ…そう、なのか」
急に弾丸の如くベラベラと喋り始めた隣の席の男子生徒に戸惑いを隠せず、郁斗は困惑気味に相槌を打つ。
「そうなんだよ〜!ほら、編入組ってさ、なんか余所者感があるでしょ?僕結構な人見知りだし、こっちの人はみんなもう顔見知りだからさ、すごく不安でさ」
「人見知り……」
(人見知りって意味、本当にわかってんのか?コイツ)
確かに、サラサラで優しい栗色のマッシュヘアに丸メガネ、細い体とパッと見れば内向的にも感じる。
だが、郁斗は断言できる。
(これは人見知りじゃねぇ)
郁斗とこの男子生徒は顔見知りでも友達でもない。
今会ったばかりの、赤の他人だった人間だ。
それなのに、知らない相手にここまで話せるのは、もはや人見知りでもなんでもない。
「?どーしたの?ボーッとして。…あっ、名前!!名前言い忘れてたよね!僕は矢代 隆之介。よろしく!」
「…俺は黒川 郁斗だ。よろしくな」
名前を気にしていたのではなかったが、屈託のない笑顔と右手を差し出されたため、郁斗も自分の右手でそれに応えた。
特急並みの会話スピードだが、悪い奴ではないことは何となく分かる。
応えない理由はない。
「へへっ、友達1号だ」
照れ臭そうに笑う隆之介に、郁斗までつられて自然と笑顔になる。
そして、ふと浮かんだ疑問を、郁斗は隆之介に投げかけた。
「あっ、そういや何でみんなこんなに早く集合してるんだ?始まんの9時だろ。早すぎじゃね?」
「そりゃあ、Sクラスより早く席につかないといけないからね。大体30分前にはみんな席に座って雑談してるよ」
「Sクラス?ってなんだ、それ」
この学園にはAからDしか存在しない。
そんなクラスがあることなんて、資料に一言も書いていなかった。
知らないのは当然だと思っていた郁斗に対し、返ってきた反応は驚きのものだった。
「知らないの!?」
「えっ、いや、俺ここにきたばっかだし…。ん?でもそれは隆之介も同じか。……そんなに有名なのか?」
「そりゃ、ここの入学希望者はみんな知ってるよ!!Sクラスっていうのはね……」
隆之介が説明しかけたそのときだった。
『ガチャンッ………ギィィィ……』
閉じていた中央の重い扉がゆっくりと開いた瞬間、
「「キャァァァァッ!!」」
隆之介の声をかき消すほどの叫声が講堂中に響き渡った。
「なっ、なんだよ!?」
騒然とする周りを見て郁斗は驚いていたが、隆之介を含む周りの人間は期待に胸を膨らませたような表情で扉の方を見つめる。
「郁斗くん、あれがSクラスだよ!!」
「はっ??」
隆之介の視線を追い、郁斗も扉の方に目を向ける。
登場したのは、白い制服を着た集団だった。
「杏華様、本当に美しいよなぁ」
「見て!!皐くん、手を振ってる!!可愛い〜!」
「新入生も初々しいわ〜」
耳をすませば口々に聞こえる、周りの声。
「なんだ、これ…」
ただただ呆然と周囲の様子を見つめる郁斗に、さっきの続きなんだけど、と隆之介は話し始める。
「Sクラスっていうのは、この学園において全ての部分で優遇される、すごい人達の集まりでね。普段は僕たち一般クラスとは別の、Sクラス専用の敷地があって、そこで生活してるらしいんだ。まぁ、別って言っても隣なんだけどね。成績優秀、運動神経抜群、まさにエリート中のエリート集団!!この学園ではアイドル的な存在になってるんだ」
「へぇ……」
「彼らがこっちの敷地にくるのは、学園内の大きなイベントだけ。それに、僕たちはSクラス専用の敷地には入れない。だから、この日をみんな楽しみにしてるんだよ。美男美女も多いしね!!」
言われてみれば、その白い集団のなかには整った顔の人が多い気がする。
「でも、そんなクラスあるなんてパンフレットとか資料には書いてなかったぞ?」
「Sクラスは大々的には公表していないんだ。それに、Sクラスの選考基準も学園は公表してないしね。頭がいいからって選ばれているわけじゃない。…ほら、あの子。学年で4位の頭脳を持ってて運動もできるんだけど、Aクラス止まりなんだって」
隆之介がコソッと指した先には、いかにも何でもできそうな、優等生の雰囲気の女子生徒がいた。
「色々あるんだな」
「みたいだね」
「つーか、何でそんなに隆之介は詳しいんだよ?お前も今日来たばっかだろ?」
「あぁ、僕の従兄弟がこの学園出身で色々聞いてたんだ。あとはこの地獄耳のおかげかな」
つまり、従兄弟の情報供給と他の人が話す噂を聞いていたからということなのだろう。
「あっ、ほら、郁斗くん!見て、あの人たちが今年の3年生トップ3だよ」
隆之介が指差す方へ目を向けると、他のSクラス生徒とはまた違うオーラを身に纏った3人が歩いていた。
「左から、照林寺 真様、祈光院 紫苑様、天堂 星羅様。あの方々はSクラスの中でもズバ抜けて容姿端麗、成績優秀。おまけに家柄もすごいひとたちで、この学園の生徒ならみんな憧れるような方々なんだよ!!」
確かに、郁斗にも隆之介が言っていることが理解できる。
この3人は、他の人とは圧倒的に違う。
前を見据え、しなやかに歩く姿からして気品があり、俗世との関わりが薄いような感じが明らかだ。
特に真ん中を歩く祈光院 紫苑は、イケメンというよりも美しい、麗しいと表現した方が合っているような中性的な顔であり、より一層現世との繋がりが薄く感じる。
あの顔で笑いかけられたりでもすれば、失神する女生徒が出てくるのではと思ったほどだ。
ただ生憎、郁斗にはそこまでこのSクラスに興味があるわけではなかった。
ため息を小さくつき、視線を舞台の方へと戻そうとした、その時。
すぐ目の前を通った艶やかな黒髪が、郁斗の視界の隅に入った。
「……っ!!」
美しく、絹糸のように柔らかそうな長い髪。
その黒髪に、引き寄せられるかのように、視線がその持ち主を追う。
郁斗の瞳に映ったのは、一人の黒髪美少女だった。
きめの細かい白い肌に、長い睫毛。
ほのかに色付く唇。
細い手足の割には女性らしい体のラインもしっかりとある。
そして、瞳の中に黒色の他にも見える色があることに気づく。
(紫……?)
講堂に入るわずかな日光に照らされ、薄紫色に見える美しい瞳は、郁斗の視線を釘付けにした。
なぜ、自分がこんなにもこの少女が気になるのか、郁斗は全くわからない。
ただ、「美少女だったから」という話で済むような感情ではないことは、確かだった。
ふいに少女は立ち止まり、郁斗の方をみる。
薄紫色の瞳と、目が合うーーー。
郁斗は驚きながらも、目が離せなかった。
少女もまた、郁斗から目を離すことがなかった。
どれくらい経っただろうか。
先に視線を外したのは、少女の方だった。
意識を取り戻したかのように、ハッと我に返り、再び自席へと進んでいく。
「どうしたの、郁斗くん?」
郁斗も隣の隆之介に肩を叩かれ、自我を取り戻す。
それでも視線はその少女から外れることはなく、前方の席へと向かう姿を郁斗の瞳は写し続けていた。
「いや、なんでもねぇよ」
(なんだったんだ、今のは…)
不思議な感覚だった。
少なくとも、初めて感じるものだった。
胸の中は得体の知れないモヤモヤが広がり、それでいて意識は驚くほど鋭敏になっている。
この感覚、感情に名前をつけることのできぬまま、始業式は開式した。