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 夕飯をあまり食べなかったことで母にハンバーガーを食べてきたことを見破られたが、特に怒られることはなかった。どうせ父があるだけ食べるし、とのことだった。


「あんなだからお父さん痩せないのよ。香音も気をつけなさいよ、あんたはお父さんにそっくりな顔してるから……」


 よくそう言われるけども、いまいち理解しがたい台詞だった。自分の顔というのは鏡を介した、反転したものではあるが、よく知っているから厳しく判定しすぎて似てないように思うのか、それか鏡によって反転した私の顔と父の顔は単純に似ていないのか……よくわからないし、どっちでもよかった。母が湯を張ったと言うので私はとりあえず風呂に入らなければならない。

 風呂を出て、宿題をやる気力もわかず、寝間着姿でベッドに寝転がる。私は無地のぶかぶかTシャツに茶色のステテコ、落ち武者は淡い青色の花柄パジャマ。彼女は自分の好きなように服装を変えることができる。よって、学校では制服姿だ。今のパジャマは、以前にチラシで見つけて以来お気に入りの品だった。

暇つぶしに私は、途中まで読み進めていた小説を読む。

ページの上に張り付いた文字の上を視線がただ滑ってゆく。意味がまるで理解できない。それを数度行う。やはり同じだ。一ページに数分の時間を要して、結局何もわからなかった。というか、わかったところで呼んだ部分までの内容をまるで覚えていないので意味もない。私はいやになって、文庫にしおりを挟み学生鞄の中に突っ込んだ。そしてスマホを取り出し、ソシャゲのアプリを開いた。


「あーあ、忍耐力も何もないんだから。そんなんだったら最初からかっこつけて昔の本なんて読まなきゃいいのに。もう著作権切れ起こしてる本をわざわざ買って読む意味ある?」

「今はちょっと調子が悪いだけだよ」

「でも毎度ちょびっとずつ読んだって、内容大方忘れちゃってるでしょう? それでまた数ページ前から読むわけじゃん」

「べつにいいでしょ」


 私はスマホをスリープ状態にして毛布の上に放り投げた。特に跳ねたりもせず、ずも、とそこにうずまるようになった。私は落ち武者の顔をしっかりと見る。父には全く似てなかった。強いて言えば母似なのかもしれなかった。


「私ってお父さんに似てる?」


 と訊いてみた。


「まあ、言われてみればね」


 なるほど。私も、落ち武者が母に似ていると意識して見るからこそ落ち武者が少し母に似ているような気がしているだけなのかもしれなかった。


「……で、じゃあ落ち武者も横になろうよ」

「それで次呼んだらもう口きいてやんないから」

「ごめん」


 私は立ち上がって、スマホを学習机の上に置いた。机の上にはノート、教科書、漫画などなど様々なものが散乱していて、そこは学習机とは名ばかりで、とても勉強などできそうにもなかった。しかし片付けるのは面倒だし、物置としては使い心地が良いので親に言われでもしない限りそこに手を付けようなどとは思わない。

 私は再度ベッドの上に転がって、端によって、空いたスペースをポンポン、とたたいた。それはいつもの合図だった。落ち武者はふわふわと浮いて私の隣で私の方を向き、寝転がる。私も落ち武者の方に身体と顔が向くように姿勢を変えた。お互いの息がかかるような距離……だけれどもまあ、関係なかった。落ち武者の吐息を私は感じられないし、私の息を落ち武者は感じられないからだ。

それに、今更顔が近い程度のことで動じるような間柄じゃなかった。ずっと一緒にいるのだ。落ち武者は私の何もかもを知り尽くしているので、私は彼女に気兼ねなくどんな恥ずかしいことだってできる。部屋内で何をしようと、私と彼女は五メートル離れることができるけれども、わざわざ彼女を追い出すようなことはしない。私は彼女に対して羞恥心はないからだ。

 まあそれはともかくとして、落ち武者が何でもないような、例えば先程の、私に堪え性がないとかどーたらこーたらとかいう普段だったら気にしないようなことにも苛々とし始めて私に突っかかってきたりしたときには大抵、彼女は私に振りたい話題がある。互いに見られて困ることがない私たちだが、心の内は見えないので、恥ずかしくて言えないこととかは流石にある。そういうことをなんとなく察したら、昔から一緒に喋るときによくやっていたようにこうして向かい合って寝転がるのだ。

 落ち武者はもじもじとし始めた。案の定、話しにくいが話したいことがあるようだった。私は急かしたい派閥の人間だ。しかもちょっと短気だから、話を優しく促す前にキレると思う。しかし実際にはそうなったことはない。落ち武者も落ち武者で、切り替えや割り切りが得意な奴であった。大体私がキレるよりも先に話し出す。


「今日楽しかったよね。万年と久々にあんなに楽しくやれて……ハンバーガーも美味しそうだった」


 嘘だ。

 落ち武者には何かを食べるという感覚が分からないから美味しそうなどと思わない。それは、彼女自身が昔に言っていたことだった。何かを食べられるという普通の人間にできることをうらやましく感じることはあるらしいけど。


「うん、そうだね。楽しかったけど。――――で?」


 そして、ハンバーガー以外のことでも、彼女は嘘を吐いていた。どうやら彼女は今、万年の話なんてしたいわけじゃないらしかった。彼女の台詞は終始白々しかった。目が泳いでいた。何かを隠している感じがしたし、それに、私には彼女の言いたがっていることがおおよそわかっていた。さっさと本題に入ってほしかった。前振りなど不要だ。


「ほかにも言いたいことはないの?」


 私がそう言うと落ち武者は、俯きながら「うん……」と言った。私は彼女が話し出すのを待った。うつ伏せか仰向けになりたくなってきた。まあ、できる。でも駄目だ。そうすることで私が潰すスペースは、今は落ち武者の場所だから。


「……散々、絡みに行け、とか言って、今日久々に万年と楽しくやれて、これをきっかけに、前みたいに彼にべたべたと絡みに行くかもしんないけど――」


 べたべたって。私はそんなふうに思われていたのか。


「――これからもさ、契吾くんに付き纏ってほしい、と思って……」


 だから、言い方! 付き纏うって何も間違っちゃいないけど、そんなマイナスな言葉でレッテル貼っちゃあ自然と悪いイメージが自分の行動に対して付いちゃうでしょ? 自分の行動に自信が持てなくなっちゃって不安になっちゃって決意や思考が鈍るでしょ? 

 黙っている私に対して不安になってきたのか、泣きそうな目で落ち武者は口をキュッと結んでから、恐る恐る、「香音ちゃん……?」と声を震わせた。

 そんな可哀そうな落ち武者に、私はかっこよく目を細めて、口角を上げて見せた。


「大丈夫、せっかく親友ってやつが出来そうなところなのに、こんなところで止めやしないよ」

「ほ、本当に?」

「うん。とりあえず明日にはおしゃべりする約束もしてあるし、それに、亜音はなんか勘違いしてるのかもしれないけど、契吾はそもそも最初から万年の代わりなんかじゃないでしょ? 私の本当の友達をつくるための大事な足掛かりなわけじゃん? そもそもの問題は万年の友達と友達の友達としてしか付き合えていなかったってことであって、私が万年と仲良くしたところで何の問題解決にもなってないわけでしょ? じゃ、私は亜音の言うところのつきまといを続けるしかないでしょ」

「そ、そうだよね! そうだそうだ。友達がいない香音ちゃんはストーカーを続けるしかないよね!」


 はっ倒すぞ。

 落ち武者はもじもじした感じとか申し訳なさそうな感じとか全部なくなったような感じで、元気を取り戻した。彼女は、私以外の自分を視認できる人の存在が、嬉しくてたまらないのだ。その嬉しさは今まで申し訳なさとかに抑え込まれていたけども、それが解消されたことで彼女は感情を爆発させて大いにはしゃいだ。彼女は私に、いつ契吾がそうであることに気づいたのかと質問したし、契吾と私と落ち武者の三人でやってみたいことをいくつも羅列して話した。彼女がそこまで喜んでいるのを見るのは、三年前に抽選で手に入るアーティストのライブチケットが当たった時以来だろうか……。

 彼女が嬉しいと私も嬉しい。しかし延々と話し続けるのはやめてもらいたかった。まだ早い時間だがそろそろ眠たかった。横になっているのだから必然というものか。体育の授業があったというのも大きいのかもしれない。瞼が重力のようなあらがえない絶対的な力によって自然と下りてくる。しかし彼女の話してる最中に寝たら怒られてしまう。どうしたものか……ぐう。


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