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ラフィの【誕生】4

※作者は本職の医師や緊急救命士ではありませんので、以下に書かれた文章に対し責任を持ちません。

※実際の救命活動及び医療行為は、専門の講習や教育を受けたうえで実施してください。

「お、おい……な、なんでだよ……なんで……泣かないんだよ……」


 数瞬の沈黙ののち、つぶやくような口調で問いかけたのは【勇者】だった。

 【勇者】の言葉通り……もう一人のラフィは、産まれてはきたものの、体が完全に脱力しきっていた。 その呼吸は、完全に止まっていた。


「ま、まさか……そんな……死………」


 震える声でつぶやくソフィアさん……その言葉に、【勇者】が愕然とした表情でソフィアさんに視線を向ける。

 その悲壮な表情の交差、それに俺は…………思い切り怒鳴りつけていた。


「アホか!? 羊水か胎脂の塊が喉に詰まってるだけだろ!!

 逆さまに吊り下げて、ケツをひっぱたけ!!」


 俺の言葉通り……胎児は、肺の中まで羊水に満たされた状態で生まれてくる。

 それを自力で排出して、新生児は初めて産声を上げるのだ。

 だが稀に……自力で羊水を吐き出すことができない新生児もいる。

 場合によっては、胎脂などの異物を喉に詰まらせてしまう新生児も。

 それを吐き出させるには、うつぶせの状態から口を下にして傾けたり、足をもって逆さまにしたりするのだが……最後、ケツをひっぱたくように指示したのは、大昔に見たドラマの影響だ。

 確か……天才脳外科医が……タイムスリップして……江戸時代……あとは忘れた!!!


「けほっけほっ……ほやあああ、ほやあああああ……」


 それはあまりに弱々しく、頼りない音量であったが………もう一人のラフィ君の、産声。

 そのタートルサインを見て……俺は静かにつぶやいていた。


「男の子か……初めまして、ラファエル。 俺は姉ちゃんの、ラファエラだよ……」


 俺の【日本語】の呟き……しかし、固有名詞は言葉の壁を超える。

 俺の言葉に、ンマットとソフィアさんが、黄色い歓喜の叫びを爆発させていた。

 きゃいきゃい言いながら、二人の美少女がそれぞれ新生児を抱きかかえて喜び合うという光景が、俺の目の前にあった。


「お、おいおい……そろそろ俺にも抱かせてくれよ……」


 そう言って【勇者】は、なんとも情けない口調で声をかけた。

 その言葉に、二人の美少女が真剣な表情を【勇者】に向ける。


「だめにゃ!!

 これは、みんなで【家族】になる時に決めたことにゃ!!」


 猫耳カチューシャを外したまま、ンマットさんは猫語で宣告していた。

 それに勇者は、うっと言葉を詰まらせる。


「その通り。 私たち三人は【三人】で【勇者】の妻。

 だから、聖女の子は私たちの子でもありますわ。

 私たちの子を私たちが可愛がって、何が悪いというんですの?」


 冷徹に言うソフィアさん……それに【勇者】はため息をつく。


「ひどいにゃ!! あたしたちから子供を取り上げるというのかにゃ!?」


「いや、それは同時に俺の子でもあるということなんだが……」


「却下しますわ」


「……そんな……」


 そう言ってがっくり肩を落とす【勇者】。

 睡魔もあり、俺は三人のそんなやり取りを、ぼんやり聞いていた。

 そして思い出す。

 もう一人のラフィを取り上げたのも蘇生させたのもへその緒を結んでから切ったのも、【猫耳族】ンマットだった………そういえば彼女の家系というか一族は、多産だとか言っていた。

 要するに、出産というものが身近な一族総産婆な種族なのであろう。

 【猫耳族】というか、【猫耳カチューシャ族】だった訳だけれども。

 まあもう一人のラフィ君の出産に関し、【聖女】を除けばMVPはンマットだろう。

 ていうか……修道女as産婆さんズは、まったく何の役にも立たなかったな。

 最終的に【聖女】が自力で出産したし……双子の(・・・)弟君の時は、完全に職務放棄していた訳だし。


「(【勇者】asお父ちゃんよ……今後、寄付の金額は考えたほうがいいんじゃないか?)」


 ……弟君の出産という大きなヤマを越え、俺は緊張がゆるんで、そんなことを考えていた。

 心地よい疲労感……それにつられて、睡魔が再び降りてくる。

 このままここで、電池切れしてやろうか……そんなことを思った時だった。


「お、お前はいったい……何者なんだ……?」


 そんな言葉が、俺の横手から聞こえてきた。

 【勇者】だった。

 ………そういえば、忘れていた。

 こいつ……俺が【転生者】だからと、すんごい殺意を向けていたんだった。


「な……なんだよ!!

 また蒸し返すのかよ!!?」


 思わずンマットの腕から飛び降りて、ファイティングポーズをとる俺。

 そして俺は……ある違和感を覚えていた。

 ファイティングポーズをとった俺の手……その指の長さ。

 それに……俺の手足、こんなに長かったっけ。

 その光景に、俺の脳裏をよぎったのは……【早熟】というスキル。


「い、いや……そんな気はもうないが、ラファエラ……本当に何者なんだ……?

 その姿……三歳児ぐらいまで成長してないか?

 言葉や知識もそうだが……さっき……生まれたばかりのはずなのに……」


 ………そういえばそうだった。

 震えながら言う【勇者】の言葉に……俺は天を仰いでいた。

 三歳児並みに伸びた手足で【てへぺろ】ぐらいやっとけばよかったかもしれないが……そんな気分にはなれなかった。

「……【聖女】リーン……【聖女】リーン!!??

 お気を確かに!!!」


 唐突に室内に響いたのは、後産などの処理をしていた【修道院長】たちの声だった。

 思わず振り返る。

 そこには……ベッドの上には、薄い微笑を浮かべたままの【聖女】asお母ちゃんの姿があった。

 達成感……それを感じさせる、疲労したような【聖女】の瞳。

 そこから。

 光が。

 失われつつあった。

 そして……まさしく死力を尽くして出産した【聖女】リーン。

 命がけの出産を終えた【聖女】リーンは……自らの役目を果たし終えたことに満足したかのように………そのまま、ゆっくりと瞼を閉じていった。

「ま……まさか……そ、そんな……嘘だろ、リーン………」


 愕然とした様子で、その場に立ち尽くす【勇者】。

 その目の前には、彼が生涯の伴侶と決めた【聖女】……その亡骸。

 完全に弛緩し、血の気を失ったその体……その表情は穏やかで、誇らしく微笑すら浮かんでいるように見えた。

 ンマットとソフィアも同様の表情を見せる。

 目の前の出来事を理解できない……いや、思考が理解することを拒んでいるように見えた。

 仮にも彼女たちは【魔王討伐】という大殊勲を上げたパーティのはず……いや、その困難を乗り越えたからパーティであるからこそ、共にあった人間の喪失を受け入れられないというべきだろうか。

 一方で、【修道院長】たちが顔面を蒼白にさせながら各々、祝詞みたいな言葉を続けている。

 これが【回復魔法】というやつなんだろう。

 しかし。

 確かに……【人工呼吸】のための喉元の傷は塞がった。

 それでも。

 【聖女】の胸郭は、まったく上下しなかった。


「ま……まさか!」


 俺は短く叫んで【聖女】の手首を取った。

 脈をとるために、手首の内側の筋の隣にある動脈を指で押さえる……しかし。

 いくら動脈を指で押さえても、場所を変えて違う位置で押さえても……脈が、一切感じられなかった。

 それはすなわち………【心肺停止】。

 心臓の鼓動も自発呼吸も、完全に止まってしまった状態だった。

 その瞬間、俺は【聖女】の体に馬乗りになっていた。

 そしてそのまま【聖女】の両胸の間に手を重ね、全体重をかけて……押す!! 押す!! 押す!!

 そしてそれを……繰り返す!!


「し……心臓マッサージか!!」


 俺の行為を理解したのは、勇者だった。 勇者だけだった。

 その言葉通り、俺は【聖女】に心臓マッサージを施していた。

 心臓は、四つの部屋からできている。

 上大静脈と下大静脈が合流する右心房、右心房からの血液を両肺(肺動脈)に送り込むための右心室、両肺から帰ってきた血液が合流するための左心房、左心房からの血液を全身(大動脈)に送り込むための左心室。

 それぞれ四つの部屋には血液が逆流しないための弁がついている。

 このうちの右心室と左心室が収縮し、いわゆるポンプの役割をしている訳である。

 【心停止】とは、言うまでもなくこの【収縮】が止まってしまった状態を指す。

 【心停止】すると当然血液が循環しなくなり、真っ先に【脳】が酸素不足になって全身の機能が停止する。

 すなわち、【死】に至る。

 これを防ぐのに何をするかといえば【心臓マッサージ】である。

 といっても、【心臓マッサージ】そのものが【心停止】を復活させるわけではない。

 【心臓マッサージ】が何をしているのかといえば、『外から圧力をかけて心臓を圧迫(および解放)させている』のだ。

 圧迫されることによって、【弁】がある心臓から、肺動脈と大動脈へ血液が勝手に押し出される。

 解放されることによって、【弁】がある心臓へ、肺静脈と大静脈から血液が勝手に流れ込む。

 その圧縮と解放をくり返すことによって、心臓は止まっていても、血流が勝手に発生する……これが【心臓マッサージ】。

 決して【心臓マッサージ】自体が鼓動を発生させているわけではないのだ。

 つまり『心臓の再起動』のためではなく、『血流を発生させる』ことで『脳が再起動』し、結果的に『心臓が再起動』するのだ。

 なお、『心臓を再起動させる』のは、いわゆる【電気ショック】がこれに相当する。


「くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!………」


 俺は死力を振り絞っていた。

 もう、眠気なんて完全に吹き飛んでいた。

 全体重をかけて『心臓を圧迫』し、それを開放する……それを繰り返す。

 しかし。

 【聖女】は戻ってこなかった。


 どんどん血の気を失っていくその顔……焦燥が、俺を焦がしていた。


「く……くそっ!! 【勇者】!! 代わってくれッ!!」


 叫ぶように俺が言うと、【勇者】はためらう表情を見せてから、はじけるように動き出す。


「お……おう!!」


 勇者はやや乱暴に俺を抱えて床の上に降ろすと、俺と同じように【心臓マッサージ】を開始した。

 やり方は知っているようだった……そういえば最近は、【学校の授業】でも心肺蘇生のやり方を説明しているとか。

 実際、少しぎこちないが【勇者】はおよそ定法通りの【心臓マッサージ】をしていた。


「くっ……死なないでくれ、リーン!!

 まだなんだ……ラファエルとラファエラを……まだ抱いてやっていないだろッ!!??」


 必死の言葉と表情で心肺蘇生を繰り返す【勇者】……それでも【聖女】は戻ってこなかった。

 その光景を俺は、ふらつきながら、絶望しながら眺めていた。


「そんな……そんな………なにか、何かほかに手は………」


 俺の口から無意識に……そんな呟きが漏れる。

 心肺停止からどれくらい時間が経ったのか………どうして心肺停止に気付くのに遅れたのか……いや、そもそも俺の取った方法は会っていたのか………そんな問いかけが、俺の頭の中をぐるぐる巡る。

 その間も……【医学的】に、【聖女】の死は、近付きつつあった。

 と。

 俺はふと……あることを思い出していた。

 そう……ここは、【ゲームのような世界】。

 ならば当然……【魔法】があるじゃないか。

 【魔法】………即ち【回復魔法】。

 そして【ゲーム】ならば……【死者の蘇生】などと言った【魔法】があるはずじゃないか!!


「おい、【勇者】!!

 【魔法】は!! 【魔法】は!!???

 【死者を蘇生させる魔法】ってのはないのか!!????」


 思考より先に、俺は【勇者】に問いかけていた。

 それに応じて振り返る【勇者】。

 しかし。

 【勇者】の顔は……………【魔王】と相対しているように、あるいは【魔王】そのものであるかのように、鬼相を見せていた。


「それを使えるのが【聖女】だけなんだッ!!!!!」


 鬼哭、とでもいうのだろうか。

 【勇者】は、絶叫しながら……涙を流していた。

「え? 俺……その【クラス】、持ってるんだけど」


 勇者の言葉に俺は……反射的に応じていた。

 その言葉に……【勇者】は、心臓マッサージの手さえ止めて、俺の顔をぽかんと眺めていた。

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