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ラフィの【誕生】2

※作者は本職の医師や緊急救命士ではありませんので、以下に書かれた文章に対し責任を持ちません。

※実際の救命活動及び医療行為は、専門の講習や教育を受けたうえで実施してください。

 俺は【勇者】によって聖女asお母ちゃんのベッドの上に置かれ、そのまま放置されていた。

 もちろんこれは、【子癇】が始まって勇者が聖女の体に縋りついたタイミングでだ。

 決して怒りに任せてベッドの上に投げつけられたわけではない。

 そんな極悪非道なマネをするのは某動画サイトのイカレ動画配信者だけで十分だ。


「な……治せるのか……?」


 すがるような視線で【勇者】は俺に問いかける。

 それに俺は、はっきりと応じる。


「無理に決まってんだろ? 俺は神様じゃないんだぜ?」


 まあ、いまここで『天上天下唯我独尊』と叫んでおけば【仏様】にはなれるかもしれないが。


 俺は日本語で、はっきりと答えていた……そろそろ、この体の使い方にも慣れてきた。


 俺はゆっくりと『立ち上がった』……その様に、つい先ほど目を覚ました修道院長あたりがまん丸く目を見開いていたが、俺はそのまま【聖女】asお母ちゃんの顔を見下ろしながら、言葉を続けた。


「だけど……チアノーゼが始まってる。

 このままだと、お母ちゃん……酸欠で死ぬぞ? あと一分くらいか?

 場合によっては、もう少し生きるかもしれないが……それは【脳】への深刻なダメージを与える。


 それは、時間が掛かればかかるほど、だ。


 俺の言ってること……たぶん【お前なら】理解できるな?」


 俺の言葉に、【勇者】がこくこくこくと、素早く何度も頷く。

 それは【勇者】が【日本人】であることを示す。


「だが俺は……見ての通りの【新生児】だ……そのうえ、【医者】でもねえ。


 しかし。

 あがいてみることはできる。


 『お母ちゃんが死にます』と言われて『ハイわかりました』と素直に受け入れることはできねえ。

 ダメ元だろうが何だろうが……できることはやっておきたいし、やってみたい。


 だがそのためには……俺は【こんな体】だし、【大人】の協力が必要だ。

 ……俺の言っている意味、分かるよな?」


「ああ……お前に、協力すればいいんだな?」


「………ずいぶん物分かりがいいな。普通、もっと躊躇するもんじゃないのか?」


「……俺は、俺の【勘】を信じる。 つまり……お前の言葉を信じる。」


「ほ。

 さすがは【魔王】を倒した男だな。 決断が早え」


「御託はいい。 言ってくれ……俺は何をすればいい?」


「ふむ……まずは気道の確保だな」


「気道の確保。」


「ああ……まずは呼吸を回復させる。

 挿管一式……ドレーンやエアバッグは、ないよな?

 じゃあ……外科的処置で、気道に直接穴をあけるしかねえ」


「気道に直接穴を!?」


「そうだ。

 本当なら、【気道】に【挿管】して人工呼吸器かエアバッグを取り付けるんだが。

 その器具がないんじゃ、そうするしかない。


 やれ。

 喉仏の二センチ下だ。

 お前が装備してるその剣で、気道を直接露出させろ」


「無……無理だ!!

 大剣ってのは、叩き割るためのものだ!!


 そんな手術用のメスみたいな使い方をできるもんじゃない!!」


「……じゃあ、アレだ。

 ここ……出産のための待機室だろ?

 産室に行って、チョキン用のメスか小刀を持ってきてくれ」


「チョキン?」


「……赤ちゃんが出てこないとき、赤ちゃんが出てくるところを切って広げるんだよ!!

 呼び方は古今東西いろいろあるけど、古来からどんな文化圏でも【出産】ってのは行われてきたはずだ!!

 【異世界】だろうが何だろうが、刃物が備え付けられてねえ【産室】ってのはないはずだから!!」


「わ……わかった!!」


 そう言って【勇者】は隣の部屋に走っていった。


 ぐわっしゃん、がっしゃん!!


 隣の部屋からやたら騒々しい家探しの音がするが……俺は気にしなかった。

 だって損害賠償するのは俺じゃないし。


「と、とってきたぞ!!」


 そう言って勇者は、木製の柄の先端に三センチほどの刀刃部を取り付けたようなものを持ってきた。 これがこの【世界】の【メス】なのだろう。


 ……見た瞬間に分かった。

 【この世界】には……【消毒】という概念がないということを。

 でなければ……衛生上、手術用のメスの柄が木製なんて、考えられないはずだ。


「………おい、元日本人。

 【この世界】の【消毒】って概念は、どうなっているんだ?」


 俺は思わず【勇者】に問いかけていた。


「……ああ、えぇと……基本的に【消毒】という作業はないな。

 その代わりに、【清浄】って魔法はある」


「【清浄】」


「……ああ。 体や着衣の汚れを除去したりする魔法だ。

 お前もさっきかけられていたと思うが……ほら、産湯の時の……」


「……そうだっけ?」

 言われてみて、俺は初めて気が付いていた。


 【胎児】の体は普通もっと汚れているはずなんだが……それを感じない。

 先ほどまでギャン泣きするのに一生懸命だったから気付かなかったが……泣いている間に【清浄】とやらがかけられていたようだった。


「多分、これが【消毒】に相当するんだと思う。

 それに……何かあっても、大体は【回復】系の魔法で何とかなる。


 【病気】や【毒】を回復するのは、【状態異常回復】の魔法……だったかな?

 【回復】は傷の回復専門だけど……【状態異常回復】は自己回復力を高めるらしいんだ。


 そう……【なんとかなっちゃう】んだ。


 そりゃ、【消毒】なんて概念は生まれないよね。

 ……俺も最初は面食らったけど……【毒】の回復も【病気】の回復もそれでいけるみたいだ」


「まあ、病原菌由来の【病気】の諸症状も【病原菌】自体ではなく【病原菌】の出す【毒素】によるものがほとんどだからな……なるほど、【毒素】を無効化しているのではなく、【回復力】や【免疫力】を強化しているわけか。

 ウィルス性疾患には効きが弱そう……いや、白血球を強化して、体内に入り込んだ【病原菌】や【ウィルス】自体を排出していると考えるべきか………。

 ……まあ、何とかなるなら、助かる。

 じゃあ【勇者】。

 その【メス】でやってくれ。

 もちろんその【清浄】とやらをやってからな。

 さっきも言ったけど、喉仏の二センチ下だ。

 切開して、気道を露出させるんだ」


「………」


 俺のその言葉に………【勇者】は【清浄】とやらを【メス】をかけたのだろうか、【メス】に手をかざしてむにゃむにゃ唱えると……【メス】が一瞬、青白い光を放っていた。


 確かに、表面のホコリかなんかが取れ、きれいになった……ような気がする。 ……大丈夫かこれ。

 そして【メス】を構えた瞬間、【勇者】は【スイッチが入った】かのように冷静な表情を見せた。


 その横手から……ふいに木の棒が伸びてきた。

 ソフィアさんだった。


「『研ぎ澄ませよ、研ぎ澄ませよ、研ぎ澄ませよ。

 その刃に切れぬものなし、その槍に穿てぬものなし』」


 ソフィアさんは……俺たちの会話の内容は理解できなくとも、何をしようとしているのかは理解できたのであろう。


 ソフィアさんの詠唱と思しき言葉とともに、【メス】は不意に光り輝いていた。

 そしてそれは数秒経っても今も、消えることはなかった。

 おお、助かる。


 これはきっと……手元を明るく照らすための【魔法】だな!


 【勇者】とソフィアさんは無言のままうなずき合った……阿吽の呼吸とは、こういうことを言うのだろうか。


 そして……俺たちは、異世界において【外科手術】を開始した。

・(グロ注意!!!)

 【勇者】の手技は……初めてとは思えないほどに見事なものだった。

 驚いたことに、一切の躊躇がなかった。


 俺のオーダー通り、声帯を避け喉仏の下二センチのところを、正中線に沿って真っ直ぐに切り裂いたのだった。

 表皮を切り裂き、薄い脂肪層と白い筋肉をのけるとそこには……洗濯機の排水ホースを連想させる【下気道】があった。


 一発で施術個所に到達できる手技………【剣技】系の【スキル】の影響かな?

 だがそれを聞いている暇はなかった。

 俺はそのまま指示を続ける。


「……お見事。

 あとは……おい、ストローの代わりになりそうなものはあるか?」


「……昔作った、試験管モドキなら、アイテムボックスにあるけど」


「……試験管? なんでそんなものを?」


「【調合】スキルを持ってるからな。

 薬品系のチートで荒稼ぎしようと思って作ったけど……【回復魔法】のお陰で、何の意味もなかった。

 そもそも、薬品に関する知識が、俺にはなかった………スキルの補助も、そこまで万能じゃなかったんだよ」


「なるほど、よくわからんが……試行錯誤もあったわけだ。

 どっちにしても……【試験管】じゃ太くって使えねえよ。

 もっと細いものを今すぐ用意できるか?」


「……無理だ。

 原料の調達にも、今ある試験管の熱加工にも、それなりに時間がかかる」


「……しょうがねえな。

 気道の露出した部分に、五ミリ程度の穴を開けてくれ。」


「……? わかった」


 【勇者】は素直に俺の指示に従った。


「上出来だ。 …………ぷっ……」


「………!!!??」


 俺は露出した下気道に指示通りの穴が開いたのを確認した瞬間………下気道に直接口を付け、俺は【聖女】の【肺】に直接空気を送り込んでいた。


 人の肺は血中の二酸化炭素の排出と酸素の取り込みを行っているわけだが、実は換気効率は非常に悪い。

 人の吐いた呼気には、まだ十分酸素が残っているのだ。


 だから俺は……ケイレンによってふさがった【上気道】を飛び越え、マウストゥーマウスならぬマウストゥー下気道で【人工呼吸】を行っていた。


 ……普通に考えたら、雑菌の侵入とか、えらいことになってんだろうなぁ。

 だけど今は、緊急事態だ。

 【魔法】の効果がどれほどのものかわからないが……こればっかりは祈るしかない。


「ひ、ひいいいいい!! あ、あれはまさか【吸血】………」

 修道女as産婆さんたちのうち何人かが、そう言って恐れおののいていた。

 なるほど……今の俺は、生まれてすぐに母乳ではなくうら若き女の首から血を舐めとっているように見えるかもしれない。

     スキル『吸血』の取得に失敗しました。

 ……いや、そりゃそうでしょうともよ。


 俺にメッセージウィンドウなどというものを表示させているG U Iグラフィカルユーザーインターフェースはお茶目さんなのだろうか……もしくはただのアホか。


 修道女as産婆さんを無視し、そんなことを考えながら人工呼吸を続けること、約一分………やがて【聖女】の顔に赤みが差し始めていた。

 それに伴って……今まで強く仰け反ったまま痙攣していた【聖女】の体から力が抜け、ただの【昏倒】状態になった。


 そして……【自発呼吸】が始まった。 慌てて俺は、下気道に空いた穴を指で押さえる。

 その様に……待機室を覆っていた緊張がほぐれ、その場にいた全員が大きなため息をついたのだった。


「……やっと山を一つ越えたぞ。」

 俺の言葉に、【勇者】は表情をぱあっと明るくさせた。


「じゃ、じゃあ……リーンはもう大丈夫……」


「アホ言え。 まだ山は一つしか超えてねえ。

 けいれん発作による呼吸停止、それによる窒息死を何とか防いだだけだ。

 といっても……あと出来ることなんて、ほとんどねえんだけどな」


 渋い顔をして言う俺に、【勇者】は一気に顔を紅潮させた。


「なっ!?」


「仕方ねえだろうが。

 そもそも妊娠中毒症ってのは……そもそもよくわかってねえんだ。

 ざっくり言えば自家中毒……つまり、妊婦の体が、自分自身を攻撃してるんだよ。」


「自分自身を攻撃? どういうことなんだ?」


「えぇと……つまり、女性は妊娠すると、ホルモンのバランスが大きく乱れるんだ。

 そうなると、つわり、めまい、高血圧、尿毒症……子癇。

 いろんなことが起こる。

 それら全部をひっくるめて、妊娠中毒症っていうんだ。

 そして、『おそらく』と言われている原因のその中の一つに『免疫機構の誤動作』ってのがある」


「免疫機構の誤動作?」


「ああ。

 【母体】にとって、【胎児】とはそもそも【異物】だ。

 いくら自分の子供といっても……DNA上は【近い】というだけで【別人】だ。

 いうなれば妊娠ってのは、臓器移植……まったく他人の内臓を移植されている状態に近い。

 だから……免疫機構的には、【攻撃対象】でしかない」


「………」


「それを防いでいるのが、【胎盤】だ。

 知っているか?

 母親と胎児ってのは……実は直接はつながっていないんだ。

 【へその緒】ってのは【母親】と直接つながっているのではなく……【胎盤】に繋がっているんだよ。

 そしてその【胎盤】ってのは……【フィルター】なんだ。」


「フィルター?」


「【交換膜】って言ってもいいか。

 【胎盤】は、供給された【母親】の血液から【酸素】と【養分】を取り出し【胎児】に送る、また【胎児】からの【二酸化炭素】やら【老廃物】やらを回収し【母親】の血液に戻す、そのための【交換膜】でありフィルター。

 ……なんでそんなメンドクサイやり方を行っているかっていうとな……【母体】と【胎児】を直接つなげないためだ。

 直接つながると、【免疫機構】に【攻撃】されてしまうからな。

 ……そう、【母体】と【胎児】は、直接は繋がっていないんだ。

 だから【胎児】が【母親】の【免疫機構】に攻撃されることはない……そんな、インテリヤクザが法の抜け穴を探すみたいなやり方で、【妊娠】ってのは行われているんだよ。

 ここまでは、理解できたか?」


「……………」


 真剣に言う俺の言葉に、勇者もまたくそ真面目な顔をして頷いていた。

 俺は、口もとについた【聖女】の血をぬぐいながら、続ける。


「基本的には【胎盤】という防御壁があるから大丈夫なはずなんだけど……それでも【胎児】という【異物】を攻撃しようとするときもあるし、その副作用として、いろいろなことが起こる。


 だいぶ説明を端折るが……その経緯の一つが【子癇】……つまり、ケイレンだ。

 さっき………【子癇】には………『回復魔法が効かない』って言ってたけど……当然だよな。

 免疫機構の【誤動作】………とはいえ……ある意味、正しい動作………なんだから」


「………。 ………? どうした? お前……なんだか、ふらついているぞ……?」

 その【勇者】の指摘は、正しかった。

 俺には今……強烈な眠気が襲い掛かっていた。

 それはそうであろう。

 俺は【新生児】なのだ。

 【新生児】の仕事はおっぱい飲んで寝ることと、泣いて漏らして新米夫婦を困らせることだ。

 決してマタニティ教育をレクチャーすることではないし、まして人工呼吸することでもない。

 いくら【早熟】のお陰で【新生児離れ】したことをやっていても……本来の業務からは逃れられない。

 それが【睡眠】であった。


「………眠いんだよ。 【新生児】に時間外労働なんてさせんじゃねえよ。

 だけど……そうもいっていられねえ。

 俺のお母ちゃんが、瀕死の状態なんだからな」


 俺は目元をぐしぐしこすりながら、何とか踏ん張って睡魔と戦っていた。

 その様子を無言で眺める【勇者】。

 そこにどんな葛藤があったのか………【勇者】は言葉を続ける。


「だけど………ラファエラ。

 子供は……お前はもう、生まれただろ!?

 つまり母体は、リーンはもう、治っているはず……」


 俺は睡魔と戦っていたため……【ラファエラ】と呼ばれたことに気付いていなかった。

 崩れそうになる体を何とか支えながら、なんとか応じる。


「まあな。

 基本的に、出産後に中毒症が発生するってのは聞いたことがないんだが……あっ!!」

 俺は……その時、睡魔が一瞬遠のくレベルで驚いていた。

 そのまま、聖女asお母ちゃんを見る。

 正確にはその、お腹を。

 ……妊婦は妊娠によって体重が約一〇キロ増える。

 約六キロが胎児と後産(胎盤等)、残る四キロが……お母ちゃんに残る脂肪。

 そう、妊娠期間を通して……出産後、お母ちゃんは少し太ってしまうのだ。

 ちょっとぽっちゃりしてしまう……のは知っているのだが。

 それにしたって……いまの聖女asお母ちゃんのお腹には違和感があった。

 それはまるで……初期の妊婦のような。


「……もう一人いるぞ。

 俺の、妹か弟かは知らないが……俺以外にもう一人な。

 俺は、俺たちは……二卵性双生児だったんだ」


 俺のその言葉に、勇者は………まん丸く目を見開いて驚いていた。


「う……うううううーーーーーーーーーっっっ!!!」


 その瞬間、【聖女】が再び【子癇】を起こしていた!!

 俺は再び人工呼吸を始めながら、【勇者】に向かって叫んでいた。


「お前がやれ、【勇者】!! 【帝王切開】だ!!!!!


 【聖女】を……もう一人の【ラフィ】を救い出せ!!」


 その言葉に……【勇者】は愕然としていた。


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