ラフィの【魂】2
四話と五話の順番を間違えたw
再投稿ではなく差し込みしてますのでご注意ください。
目には見えない暴風が、【勇者】から叩きつけられていた。
目には見えない熱風が、【勇者】から叩きつけられていた。
それは【魔王】を圧倒するほどの【殺意】。
実際、【魔王】を圧倒したほどの【殺意】。
それが、俺に向けられていた。
それは自分の第一子に向けるべきものではないだろう。
当然、産婆さんに向けるべきものでもない……人類の天敵【魔王】を駆除したほどの【殺意】を当てられ、その場にいた修道院長とお付きの人たちは全員その場に昏倒していた。
当然抱きかかえられていた俺の体も地に落ちることになる……しかしその前に、俺は【勇者】に救い上げられていた。
俺の体を包む布切れごと……まるでコンビニ袋を持つかのように。
俺はそのまま【勇者】の目の前に吊り下げられていた。
……なんだか、コンビニ袋に入れられたゴミのような扱いだった。
【早熟】のお陰か……俺の首はすでに【座って】いるようだった。
そのせいで俺は……【勇者】の殺意に満ちた顔を、真正面から見ることになったが。
『スキル【早熟】が発動されました。
クラス【勇者】の取得に失敗しました。』
少々タイミングが遅れて、そんなメッセージが俺の視界に表示されるのが妙にシュールだった。
ていうか……やっぱりこいつ、本当に【勇者】か。
そんな場合ではないのだが、俺は妙に感心していた。
と……その時。
俺の目の前のメッセージウィンドウが、赤い文字とともに別のウィンドウに切り替わる。
『目の前の対象がスキル【鑑定☆☆】を使用しました。
全ステータスが閲覧されています。
スキル【鑑定☆☆】の取得に失敗しました。』
全ステータスが閲覧されています?
全ステータスって………あっ!!
俺は思わず自分のステータスを確認してみた。
視界の端にあるアイコンを視線でクリック(実はステータスオープンと言わなくてもいいらしい)すると、俺のステータスウィンドウが半透明でVR表示される。
『
名前:ラフィ(仮名)
種族:人間(転生者)
状態:新生児(すべてのステータスにマイナス補正)
LV:01
HP:05/05
MP:10/10
攻撃:01
防御:01
魔法攻撃:05
魔法防御:05
速攻性:00
』
ほほう、俺は魔法特化型か……って、ん?
『種族:人間(転生者)』って書いてあるな。
って……あ。
そういうことか……俺は、かなり遅れて理解した。
つまり。
俺は【勇者】の第一子……【勇者】からすれば初めての子供として期待と不安を抱いていただろう、だが生まれた子供を【鑑定】してみれば、なんとそこに【転生者】と書いてある。
なるほど、俺はDNAとしては【勇者】と【聖女】の子供なのであろう。
しかし……その中身の【魂】は?
【勇者】の怒りは、ここにあるのだろう。
すなわち。
【俺】が【勇者の娘】の【魂】を消し去るか乗っ取るかして、【勇者の娘】として生まれたのではないか……【勇者】は、それを問い詰めているのだ。
勇者からすれば、せっかく念願の子供が生まれたと思ったら……その中身が他人だった、ということになる。
女房浮気のNTRどころかNTRか……ずいぶん斬新な昼ドラだな、オイ!!
まあその心理はわからなくもないが……でも、しょうがないじゃん!!
俺だって、わざわざ選んでこの体に生まれたわけじゃないし!!
しいて言うなら、そっちが【裕福な家庭】だったのが悪いんじゃないか!!
俺はその不条理な状況の前に超フンガイしていた。
しかし……悲しいかな、新生児の体。
言葉を口にできるわけもなかった。
「でお……ちょーがなーじゃ……おえだっぇ……わだわだ……えあんで、こぉかーだ……うまえ……なーし……」
言葉を口にできたよ!!??
すげえな、スキル【早熟】!!???
俺は自分の言葉の内容よりも言葉を口にできたこと自体に驚きを隠せなかった。
だがそれは……【勇者】の怒りをさらに加速させることとなった。
「……日本語……やはり【転生者】か……やはり、ラフィは……ラファエラは……」
【勇者】はそう呟いて、体を震わせながら視線を落とした。
なるほど……女の子だったら、俺はラファエラという名前になる予定だったんだな。
そして俺は、無意識に日本語を呟いていたんだな。
俺はどこか他人事のように、そう考えていた。
だって……さっきも言ったけど、しょうがないじゃん!!
【転生】しちゃったんだから!!
わざわざ『【勇者】さんちの【ラファエラ】ちゃんに【転生】させてください』って頼んだわけじゃないんだから!!
たまたま『【勇者】さんちの【ラファエラ】ちゃんに【転生】しちゃった』だけなんだから!!
その時だった。
「なっ……何をしているの、勇者……ッ!!」
勇者の背後から……別の殺意が燃え上がっていた。
それは、ソフィアさんだった。
見た目はやはり十代に入ったばかり、といった感じの少女だった。
しかし、やはり【魔王討伐パーティ】の一員であった。
その手のあったのは、少女の細腕にふさわしくない、大の男でも撲殺できそうな重量感のある厳めしい木の杖。
それが今……その先端から炎でできた刀身が生えていた。
なんとなく薙刀を連想させる形態……それをソフィアさんは、勇者の背中に突き付けていた。
「……私は貴方を信じている……あなたのすることには必ず意味があり、おそらくは正義もある。
だけど……その娘は私にとっても娘であると言ったはず。
それなのに……それほどの殺意を向けるなんて。
説明してほしい、勇者。
貴方の今の行動の……その意味を」
【魔王討伐】の一助となったはずの炎の刀身、それを勇者に向けながらソフィアさんは、震える口調で問いかけていた。
そして。
ソフィアさんは、続けて問いかける。
「それに……あなたたち、今、異国の言葉で話をしていなかった?
まして……生まれたばかりの子供と。
それって……どういうことなのかしら」
ソフィアさんの言葉に、【勇者】は……動揺を見せていた。
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「……う………そ、それは………」
【勇者】はそう言って大きな動揺を見せていた。
それは、言い訳の言葉を継ごうとして、まったく継げなくなるレベルの動揺。
先ほどまでの【暴風】のような殺意が、完全に消えていた……完全に消え去っていた。
なんだこれ……【勇者】は、何をそんなに動揺しているんだ?
俺はその【勇者】の動揺のきっかけになった。ソフィアさんの言葉を振り返っていた。
ソフィアさんは……俺と勇者が【同じ言葉】で会話していることに問いかけていた。
【同じ言葉】……それはすなわち、【日本語】と呼ばれるローカル言語。
『俺と【勇者】が【日本語】で話し合うことができている理由』を問い詰められ、【勇者】は激しく動揺を見せていたのだった。
まるで『俺と【勇者】が【日本語】で話し合うことができている理由』が【秘密】のことでもあるかのように。
思考がそこに至って……俺は納得していた。
「あ、ちょーか……ちょーゆーことか……」
舌っ足らずな言葉だが、無意識に俺の口が言葉を継ぐ。
「察するにお前……【転生者】であることを隠してたんだな………?」
「…………ッ!!!?????」
俺のその言葉に……【勇者】は矢に射貫かれたかのように、その場に硬直していた。
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「………何なの……?
ラフィ……いいえ、女の子だからラファエラね。
貴女が何か喋っているのはわかるんだけど……何を言っているのか、よくわからないわ。
どこか異国の言語だとは思うんだけど……私の言っていること、わかる……?」
それはソフィアさんの問いかけだった。
ソフィアさんは、背丈に似合わぬ知的な視線を俺に向けながら、静かに俺に問いかけていた。
当然ながら、俺はそのソフィアさんの言葉を理解していた……なぜなら、【転生の女神】さまに、この世界の知識と言語を【インストール】してもらったから。
だが、しかし。
理解はできるが……発音できない。
だって、喋ったことがないんだから。
多くの日本人がそうであるように……文章として言語を理解することと、会話を含めて言語を喋ることは別問題なのだ。
そして悲しいかな……俺は【日本人】だった。
ソフィアさんの言葉を理解し、答える文章を脳裏に描くことはできても……言葉で応じることはできなかった。
……ていうか、ソフィアさんも大概だ。
新生児が異国のものとはいえ言語を口にしていることを、すんなり受け入れているのだ。
それは希代の電波ちゃんなのか……あるいは天才的に適応力が高いのか。
まるで『赤ん坊のように』あうあう言ってるだけの俺……ソフィアさんはじっくりと俺の言葉を待ってくれていた。
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その時だった。
ぱたん。
ぱたん。
ぱたん。
ぱたん。
それは、手のひらで布団を軽く叩いているような音。
周期的な音が、静まり返った【待機室】のなかに響いていた。
不審に思って……【勇者】と俺とソフィアさんは、音源に視線を向ける。
そう、ここは【待機室】……妊婦が【産室】に入る準備をするための部屋。
そこにいるのは当然、妊婦。
つまり……【聖女】as俺のお母ちゃん。
すでに俺を出産した後ではあるが……置かれたベッドの上にいるのは当然の話だ。
その聖女が、周期的な早さで……体をのけ反らせていた。
無表情のまま、まるで……そういう単純な動きをする機械のように。
びくん、びくん、びくん、びくん……秒を刻むというには少しだけ早いリズム。
それにあわせて……毛布が周期的な音を響かせる。
それはふざけているようにも見えた………その顔が、目を見開いて、口の端から泡を吐いていなければ。
知人のその奇怪な挙動に面食らって、その場に立ち尽くす俺たち。
その目の前で……容態が急変した。
びくびくびくびくびくびく!!!!
それは……全身痙攣と呼ばれる大発作。
その発症に、【勇者】とソフィアさんが思わず聖女に駆け寄っていた。
「リーン!! ど、どうしたんだ!? 大丈夫か!?」
「【聖女】!! 落ち着いて!! 気をしっかり持って!!」
問いかける二人の姿に、冷静さは見られなかった。
そして応じるはずの聖女asお母ちゃんは、痙攣したまま応じない。
その様に……周囲に倒れていた修道院長をはじめとして産婆さん一同が、何人か起き上がる。
そして修道院長が……目を見開いて息を飲む。
「こ、これは、【子癇】……ま、まさか、【聖女】さまが………」
それに、【勇者】が我を失って問い返す。
「なんだよ!! 【子癇】って何なんだよ!?
リーンは………どうなったっていうんだよ!!」
その暴力的な問いかけに、修道院長が血の気を失いながら……無言のまま、ゆっくりと頭を振る。
その無言の返答に……【勇者】が絶望的な表情を見せる。
【死】。
その言葉の、静かな伝達。
「そ、そんな………嘘だろ……リーンが……まさか……」
ためらうように言う【勇者】の言葉に、修道院長が静かに応じる。
「古来より……非常にまれですが、このように妊婦は時に【子癇】がみられることがあります。
急に強い全身痙攣が始まり、息が止まって……そのまま亡くなってしまうのです。
理由はわかりませんが、こうなってしまうと………なぜか【回復魔法】も受け付けないのです。
……残念ですが……」
その静かな言葉に……勇者はそのまま沈黙した。
意外なほどに勇者がそれをすんなり受け入れたのは………【出産】における妊婦の死亡率を知るからであろう。
現代日本においてはコンマ何パーセントかだが……近代にいたるまで、【出産】は一〇パーセントもの死亡率であったのだ。
つまり……出産において、妊婦の一〇人に一人は死ぬということ。
それが、【常識】であるということ。
絶句。
耐え難いほどの沈黙が、室内に満ちていた。
その一同の目の前で………聖女の唇の色が、次第に紫色に代わってゆく。
チアノーゼ。
子癇と呼ばれる痙攣のため自発呼吸できず……血液中から酸素が失われつつあったのだ。
死の影。
それが、間違いなく【聖女】の体を覆いつつあった。
絶望が、室内に満ちようとしていた。
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「え? 【妊娠中毒症】だよね? なんだったら、俺がみようか?」
俺のその言葉に【勇者】の口が、ゆっくりと……あんぐりと開いていった。