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ラフィの【誕生】

「大変だあああ!! 聖女様が産気付かれたぞ!!」


「戸板だぁぁ!! 戸板を持ってこい!!!」


「馬鹿野郎!!! 聖女様を戸板なんかに乗せられるかああ!!

 誰か王宮に連絡して輿の用意を!!」


「そんな暇があるかああああ!!」


 瞬間、施療院は、大パニックになった。

 魔王討伐のパーティの主構成員にして、天然痘罹患者をすら回復しうる神の奇跡の執行者。

 実績と実力を兼ね備え、平和をもたらした者の一人として崇められる【聖女】……その出産の報!!


 それは、とてつもない【慶事】だと言えるだろう。

 だがしかし……その【慶事】において、古来より何も役に立たない者がいる。


 それは……男だ。

 実際、俺たちの周り……その場に満ちる喧騒のほとんどはおろおろと騒ぎ立てる男たちの声。


「あ、あの……ま、まだ動けますから。 自分の足で、歩けますから……」

 静かに言う【聖女】asお母ちゃんの言葉はしかし……周囲の声にかき消されていた。


 確かに、【破水】即【出産】というケースは稀だ。

 基本的には……破水したらタクシーに乗って産科を備えた病院に行き、やがて来る【陣痛】を待つ。

 その陣痛にも周期があり、その周期が短くなるのを数時間待って、短くなってから初めて【産室】に入るのである。 【出産】は……基本的に長丁場なのだ。


 ゆえに【聖女】asお母ちゃんにはまだ比較的余裕はある様子だ。

 すたすた歩くとまでは言わないが……周囲の人間が気遣うほどの容態ではなかった。


「 静 粛 に ! ! 」


 突然、その空間に満ちていた喧騒を……少し前に話をしていた、中年の女性の声が切り裂いた。

 胎内にいる俺の体までビリビリ震えるほどの大音量。


 それは声楽家か役者かという声量だった……俺はまだ見たことはないが、もしかしたら少々ふくよかな女性なのかもしれない。


 その雷鳴にも似た一喝に、その場にいた全員が沈黙した。

 その沈黙が続くのを確認してから、中年女性……【修道院長】が言葉を続ける。


「御覧のように、取り込み沙汰となってしまいました。

 よって本日の回復魔法による施療は、急病人を除いて新規の受付を中止いたします。

 今施療を受けておられる方で施療が終わられた方、そしてすでに施療が終わられた方、このことを町の皆様にお伝えください。

 そしてどなたか……【勇者】様にもお伝えください。

 【聖女】様の御出産に慌てて良いのは、【勇者】様おひとりで十分。


 さ あ 、 み な さ ま!


 よ ろ し く お 願 い い た し ま す ! !」


 よく通る、非常によく通る【修道院長】の言葉に……周囲は落ち着きを取り戻していたようだった。


 やがて男たちは【修道院長】の言葉に従い、何人かは町に向けて走っていったようだった。

 女たちは、修道院に勤める者たちに、何か足りない物資はないか問いかけている様子。

 【修道院長】はそれを確認していたのか、しばらくたってから落ち着いた声で俺たちの傍らに寄り添った。

 そしてそのまま……おそらく、修道院の建物の奥に導こうとしていた。


「ではこちらへ、【聖女】さま。

 こういう時のために、別室を用意しておりますので」


「何から何まで……お手数をおかけいたします」

 恐縮した様子で言葉を返す【聖女】asお母ちゃん。

 その様に、修道院長は柔和な笑顔を見せていた(たぶん)。


「お気になさらず、【聖女】様。

 私共こそ、【勇者】様のお世話になっております。

 ……日ごろより、莫大な寄付を頂いておりますので。

 こういう時にこそお役に立てねば……【勇者】様に顔向けすることなどできません」


 【修道院長】……意外と現金なことを言うなぁ。

 その言葉に【聖女】asお母ちゃん、苦笑なのかため息なのか、よくわからない呼気を吐いていた。

 その【聖女】に………不意に【陣痛】が来たのだろう。

 無言のまま、急に体を半分に折る【聖女】asお母ちゃん。


「……【聖女】さま。 こちらへ………」


 そう言って【修道院長】は、【聖女】asお母ちゃんの体を抱えるように支え、修道院の建物の奥に導いていった。

 一方の、俺である。

 俺は今……とてつもない頭痛に襲われていた。


『う……うぎゃああ!!!

 あ、頭が割れるぅぅぅ!!!!!』


 それは【転生前】も合わせ……生涯の中で感じたこともない頭痛だった。

 その契機は………【聖女】の【破水】。

 【破水】、つまり……【出産】の最初のサイン、子宮口からの羊水の解放。

 要は妊婦の体が、胎内から胎児を追い出しにかかったのだ。

 【破水】して、必然的に減圧された子宮の中身……その【減圧】は、俺にある変化を与えていた。


『頭が割れる……ていうか割れてるううううううう!!!!』


 俺は思わず絶叫(できてないけど)していた。

 頭蓋骨が子宮の収縮により締め付けられ、俺は……絶叫(できてないけど)するしかなかった。

 頭蓋骨を締め付けられ、それがなぜ俺の頭痛につながっているか。


 それは……胎児の頭部の構造に起因する。

 簡単に言えば、胎児の頭蓋骨は顎を除いて四つのパーツに分解できる。


 顔、後頭部、右側部、左側部……頭蓋骨を形成するこの四つの部分は、胎児及び新生児において、まだ一つの骨として完成していない。

 いうなれば胎児の頭蓋骨は、花弁が四つの花の蕾のような状態なのだ……もちろんその蕾の中身は脳である。


 その理由は言うまでもないだろう。

 人体の中で一番巨大なパーツ【頭蓋骨】……それを狭い産道から円滑にくぐり抜けさせるためだ。


 頭蓋骨を蕾のように折りたたみ、省スペース化して産道をくぐり、生まれた瞬間に元に戻るのだ。

 実際……【新生児】の頭部には、骨がまだ固まってなくて【なんかぶよぶよした部分】があるのだ。


 まさしく【変形機構】だ。 なんと便利な機構!!!

 そんな見事な構造物を誰が設計したのかといえば……【神】であろうとしか言いようがない。


 だが、しかし。

 その機能的な構造によって……被害を被るものが、ひとりいる。


 それは……【胎児】そのものだ。

 それが、先ほどから俺が絶叫している理由である。


 それは……脳を含む頭蓋骨の内部の圧力が変動することにより、耐え難い頭痛が発生しているからだった。


 考えても見てほしい。

 世の中には……雨だの曇りだの低気圧だのと、ほんの何パーセントか気圧が変動するだけで頭痛を感じる人がいるのだ。

 また気圧だけではなく、脳を含めた神経索を丸々包む膜に微小の破損を生じて内容液が微量に減少し、内圧が低下してしまい、頭痛を覚えるケースもある。 慢性的な頭痛持ちにこのケースがみられる。


 そう……【脳】というのは【圧力】に対し、痛みを感じる器官なのだ。

 そこへきて俺は……頭蓋骨が内側に向かって変形している真っ最中である。


 もう【少々の減圧】とか、そういうレベルではない。

 文字通りの、【圧縮】だ。


 それがもたらすのは……まさに、激痛。

 それ以外に説明できない。

 それは現代においても解明されていないが、『赤ちゃんが泣いて産まれる理由』のその一つと言っていいだろう。


『うぎゃああ!!! し、死んじゃう死んじゃう!!!

 アタマ痛い………死ぬううううぅぅぅ!!!!!』


 無意識に俺の口をつくその言葉……今は【聖女】asお母ちゃんに聞こえなくて良かった。

 俺の頭痛は【聖女】の【陣痛】の周期に完全に一致しながら………そこからさらに三時間に及んだ。

 もう昼過ぎである。

 残念ながら、俺はまだ出産されていなかった。

 おそらく俺は『初産』であろうし……まだまだ時間はかかるのだろう。


 そして今は、その中休みともいうべき、陣痛の周期の合間。

 それは俺にとっても頭痛の周期の合間の休憩時間。


 その間に、家人と言っていい例の猫耳族【ンマット】も到着していた。

 しかし。


「ラフィ君、ラフィ君!!

 ンマットお姉ちゃんが来たからにはもう大丈夫……うにゃああ!!!

 ゆ、誘拐されるにゃあああ!!!!」


「……関係ないは出ておいきなさい」


「猫の仔じゃないにゃああああ!! 首根っこを掴むんじゃないにゃああああ!!」


「……いいから。

 この場にあなたがいても、邪魔にこそなれ、役に立つことなんて何もありませんでしょう?」


「そ、そんなことはないにゃ!!

 【猫耳族】は多産で有名!!

 あたしも家族の出産には何度も立ち会ってるにゃ!!!」


「それは知ってますけど。

 けど……それをあなたが仕切ったわけではないのでしょう?」


「うん、だいたい見てただけにゃ。

 そもそも【猫耳族】は安産で手が掛からな…………うにゃあああ!!」

 そのままンマットは【誰か】に外に放り出されたようだ。


 ちなみにその【誰か】のセリフは……妙に冷たい印象を受ける、静かな口調であった。

『【ソフィア】さん……来てたんだ……』

 俺は聞き覚えのあるその声に……思わずその名を(呟けてないけど)呟いていた。


 ソフィアさんは……【勇者】パーティの一人。

 まあぶっちゃけ、俺のお父ちゃんの【愛人】の一人だと思われる。 ……ぶっちゃけすぎかな?

 それはつまり、【魔王討伐】に参加した一人ということになる。


 つまり……【勇者】と同行できるだけの【実力者】であるということ。

 俺はその姿を(当たり前だが)見たことがない。


「お久しぶり……大変ですわね、リーン……」


 言葉少なく、静かにそう言って【聖女】asお母ちゃんに優しく触れるソフィアさん。

 その瞬間……メッセージウィンドウが立ち上がった。


   『スキル【早熟】が発動されました。

    クラス【付与魔術師】の取得に失敗しました。』


 それは俺が今まで見たことがないメッセージだった。

 主に……『取得に失敗』という部分。

 【転生の女神】が【ゲームのような世界】といったこの世界……ゲーム脳的日本人的解釈をするなら、察するに……『取得に失敗』したのは【レベル差】のせいかな?

 

 実際のPCやコンシューマ向けロールプレイングゲームにおいても、相手のアイテムやスキルや所持金を強奪する類のものはあるが……その成功率は【相手が自分より強すぎない】ことに依存するケースが多い。


 ……まあそれを言いだしたら、【胎児】である俺より、先ほどの聖女asお母ちゃんに施療された人々のほうが弱いのかという話になるのだが……そこはそれ、何らかの補正が掛かっているんだろう、多分。


 【聖女】asお母ちゃんのレベルに依存しているのかもしれないし、そもそもスキル【早熟】の【仕様】なのかもしれない。 例えば、『相手のレベル**まで』とか『自分のレベル+αまで』とか。

 まあ実際ソフィアさんは【勇者】の【魔王討伐】に同行できるレベルの人でもあるのだし。


 また、【付与魔術師】という【クラス】も初見だった。

 名前から察するに武器や防具やアイテムなどに【追加効果】や【特殊効果】などの補正や、場合によっては【バフ】【デバフ】に特化したクラスなのであろう多分。


 つまり、本人の魔法で直接相手を攻撃するのではなく、『パーティメンバー(の武器)強化』か『敵の弱体化』を本分とするクラスの人、ということだ。


 ……うん、ソロでレベリングしにくそうな人だ。

 それでも俺の【早熟】を弾くほどのレベルということは……【魔王討伐】で経験値ウハウハだったのかな?

知らんけど。

 ソフィアさんは、続ける。


「子供を産むというのはそんなに……苦しいんですの? 私にはそうは思えないんですけれど」


 んー……ソフィアさん、女性にあるまじき発言だった。

 前々から思っていたのだが……どうもこの人は、一般常識というものにかけるようだ。

 それに(たぶん)苦笑しながら応じる聖女。


「………ふふふ。 貴女にも、いずれ解ると思います……」


 相当の疲労を抱えている聖女asお母ちゃんのその口調はしかし、あくまで優しい口調だった。

 まるで幼い娘の稚拙な問いかけに答える母親のような。

 応じて、ソフィアさんが軽いため息をつく。


「私もまあ、あの【勇者】のお側にいるわけですし……遠からずそうなる可能性は否定しませんけど」


 ……否定しないのか。

 そして聖女asお母ちゃんも、それに苦笑(たぶん)で応じるのか。

 それはすなわち、勇者asお父ちゃんの絶倫ぶり種馬ぶりを表していた。

 俺のお父ちゃん……あんなに紳士的な物腰なのに、最低だな。

 ……まあ、意外とは言わないけれど。 【テンプレ転生者】っぽいし。


「ですが……ソフィアさん。

 貴女にはもう少し早いと思います。

 少なくとも……あと五年は待ったほうが良いでしょうね」


『五年て……おい、ソフィアさんまだ幼女かよ!!

 俺のお父ちゃんは希代の幼児性嗜好犯罪者ペドフィリアか何かかよ!!??』


 俺の渾身の突っ込み。

 しかしそれは再度の陣痛を誘因するきっかけになってしまったようだった。


『だだだだだだだ!? ま、またキター!????』


「こ、これは……そろそろ本当に生まれるかもしれません……っ!!」


 俺の苦悶と聖女asお母ちゃんの苦痛の呻きが被る。


「まって、いま人を呼んできますわ……あ痛!!」


 応じてソフィアさんが、落ち着いた口調で……それでも家具にでも足を引っかけたのか、小さな悲鳴を上げてる。


「……こほん」


 ソフィアさんは小さく一つ、咳払いなど見せる。


 照れ隠しかな……なんかちょっとカワイイ。


 その時だった。


「リーン!!

 よ、よ、よかった……まっ、間に合った!!」


 勢いよく開かれた(たぶん)扉の音を周囲に響かせながら聞こえてきた声……それは【勇者】asお父ちゃんの声だった。


 ……そういえば、【魔王軍】の残党狩りにンマットとともに駆り出され、家族と過ごす時間が短いとかなんとか、ここ数日ずっとボヤいていたな。


 おそらく出先から飛んできたのであろう……荒い息とともに叫ぶセリフには、ずいぶん焦燥感が込められていた。

 しかし。


「邪魔ですよ、勇者。

 早くそこをどいてください」


 有無を言わせぬその言葉は、ソフィアさんのものだった。

 応じて勇者は(たぶん)唇を尖らせて反論していた。


「じゃ、邪魔って……そんな言い方はないだろ、ソフィア!

 せっかく出産に間に合ったんだから、せめて立ち合いぐらい……」


「はぁ? 立ち合い?

 邪魔以外の何者でもありませんよ、勇者。


 そもそも、男性が女性の出産に立ち会うなど……正気ですか。

 【どこの世界に】そんな風習がありますか……ありはしませんよ」

 そう言って勇者asお父ちゃんの言葉をバッサリ切るソフィアさん。


 いやぁ……【ウチの世界】の【風習】がご迷惑をおかけして、申し訳ありません。

 ソフィアさんの言葉に、言葉を詰まらせながらぁぅぁぅ言ってる【勇者】asお父ちゃん。

 その【勇者】asお父ちゃんの醜態に、ソフィアさんは続ける。


「勇者。 私たちは、家族なのです。

 【聖女】リーンの第一子……それは、私ソフィアの第一子でもあります。

 家族ですから、それは当然です。

 つまり、今から生まれるのは……私の子。

 ですので。


 早 く そ こ を お 退 き な さ い ! !


 私 の 子 に 必 要 な の は … … 今 は 勇 者 で は な く 産 婆 で す ! !」


「は、は、はいいいいいぃぃぃ!!!」


 ソフィアさんは爆発しながら……(たぶん)勇者asお父ちゃんの首根っこを捕まえて、部屋を退出していった。

 おそらくそのまま産婆だか修道院長だかを呼びに行ったのだろう。


 残された俺たちは……陣痛∪頭痛を忘れ、その後姿を眺めることしかできなかった。

 で。

 その直後だった。


 なんと。


 産婆だか修道院長だかが折り返し到着するより早く、また初産にしては珍しく、俺はスポーンと生まれた。


 【前の】世界でいうところの……約二三〇〇グラム、まあ少々平均よりは小さいが、俺は元気にこの世界に生まれ落ちた。


 ただし。


 俺のこの誕生に関して……少々問題が発生していた。

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