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魔王

「ゆーしゃ!! い、いくらなんでも酷いにゃ!!」


「その通りです!! 年端もいかない幼気いたいけな娘に……いくら事実とはいえ、何という事を教えるのですか!!


 まだ、早すぎるでしょう!!」


 先の勇者の言葉に、ンマットさんとソフィアさんが烈火のように勇者に噛みつく。


「……むぎゅー……」


 その二人の間で俺は、圧殺されそうなほどに強く抱きしめられていた。

 俺が【魔女】認定された、ということ。


 それ故に勇者が【勇者認定】を取り消された、ということ。


 それ故に勇者一行が国外に脱出した、ということ。


 先ほど勇者の口から語られた言葉をまとめるとそういう事になる。


 なるほどなぁ……まあ確かに、産まれてすぐに言語を理解し、三歳程度に成長し、そして直接ではないにしろ医療行為を行った俺。 


 そうかと思えば……一年半も眠り続け、今や五歳くらいに成長している。


 【魔女】……て言われれば、確かに【魔女】だわな。


 というか。


 そもそも……【魔女】って何なんだ?


 当然の問いが、俺の脳裏に浮かぶ。


 同時に俺の脳裏にその解が浮かんだ。 転生の女神さまにインストールされた【この世界の常識】がそれに答えてくれたのだ。


「な、なるほど、【魔女】……『神を冒涜し、その教えを汚す者』『神の理を乱す者』『神に仕える者を惑わせる者』か。


 基本的には『神の理を乱す者』って部分に、俺は抵触してしまったわけかな……?」


 俺は無意識のうちに呟いていた。


 神の理……つまり人が持っている常識。 ……言い換えれば、『神に仕える人が説く常識』。


 例えるなら、まさしく地球でいう中世以前の常識……地球は平らだとか、太陽が地球の周りを回っているとか、そういう風に信じられていた時代、それらは常識、つまり『神の理』であった。


 それを否定する者が、槍玉にあげられた時代があった。


 なるほど……俺のスキル『早熟』は、まさしく『神の理』に反する。


 まさに俺は、槍玉にあげられたわけだ。


「……ん? でもそれって……【魔女】じゃなくって【異端者】じゃないのか?


 ていうか……【この世界】って、魔法ありきの【世界】じゃないのか?


 それなのに、【魔女】が迫害されるのか?」


 俺の当然の問いかけ……それに反応したのは、俺をプレスする二人だった。


 といっても……俺の言葉に答えようとしたのではなく、俺の子供離れした言葉と口調に驚いたためらしかった。


 その俺に対する拘束が、ゆっくりと緩んでいく……まあ俺が生まれた時の姿を知っている二人とはいえ、一年半ぶりに見たのだから、改めて驚いたということなのだろう。


 代わりに応じたのは、勇者だった。


「まあ、【魔女】といっても、もっと【退廃的】な意味ですよ。


 サキュバス、淫婦、性悪女、そう言った意味合いですね。


 わかりやすく言えば、言葉の上での【聖女】の逆、というか。


 ふふふ……なんでも僕とラファエラは、姦通したことになっているらしいですから」


「はあああ!?」


 自嘲気味に言う勇者に、俺は思わず絶叫していた。

「だ、だから、ゆーしゃ……い、いくらなんでも言葉を選ぶにゃ……」


「そ、その通りです……年端もいかない幼気いたいけな娘に……いくら事実とはいえ、何というふしだらな事を教えるのですか……ま、ま、まだ、早すぎるでしょう……」


 勇者の言葉に、ンマットさんとソフィアさんが天丼気味に勇者に噛みつく……ただし今回は、少し恥ずかしそうだった。


 姦通とか淫婦とかサキュバスとか……たしかに、普通の幼女の耳には近づけたくない言葉であろう。


「……むぎゅー……」


 その二人の間で俺もまた、もう一度圧殺されそうなほどに強く抱きしめられていた。


 その俺に、勇者は自嘲の笑みのまま、続ける。


「要するに『出た杭が打たれた』。 そういう事ですよ」


「『出た杭が打たれた』?」


「まあありがちな話です。


 僕は【勇者】として【この国】……いや、今となっては【あの国】、というべきですか。


 僕は【勇者】としてあの国を救った。 しかし……平和になると邪魔になって排斥された。


 平和になったから、僕たちはもういらない。


 さっきも言ったとおり、姦通しただの魔女だのと言いがかりをつけられ、裁判にかけられたんです。


 それも……結論ありきの裁判に、ね。


 要するに、僕たちは……切り捨てられたんですよ」


「…………」


「つまり………僕を排斥するために、ラファエラを【魔女】と『決めつけた』。


 ラファエラを【魔女】と『決めつけられた』ら、僕が反発することが分かっていながら……ね。


 まあ僕も、まんまと排斥されてしまった訳です。


 【魔女】を匿い、姦通を重ねる【勇者】などもう【勇者】ではない、と」


「……………………」


「けど………キッチリ落とし前はつけてきましたけどね」


「………落とし前?」


 自然と問いかけた俺に……勇者は不敵な笑みを見せた。


「……はい。


 後方かく乱の意味を込めて、王城の主塔ごと……王位継承権一桁の方々を、全員『ぎゃふん』と言わせてきましたよ。


 今や立派な逃亡者ですよ、僕たちは。


 今頃は……王位継承権一〇位以下の人たちが、政治闘争に明け暮れていると思いますよ。


 僕たちを追いかけるなんてとてもとても……」


「いやそれ、絶対『ぎゃふん』が遺言になってるだろ!!」


 とっさに出た俺の自然な自然なツッコミ。


 しかし勇者は……俺のツッコミにも関わらず、不敵な笑みを浮かべるだけだった。


 【魔王】とは、こういう笑みを浮かべるやつのことを指すのだろうと……俺はなんとなく思った。

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